第五百三十一話:鏡の中に潜む神様
しばらく待っていると、ふと、扉の先から物音が聞こえてきた。
これは、椅子から立ち上がった音かな?
その後、コツコツと足音が聞こえてきて、扉の前で止まる。そして、か細い声で、話しかけてきた。
「……だれ?」
「あ、突然の訪問失礼します。ハクという者です」
「……聞かない名ね。どこかの冒険者?」
「一応冒険者でもあります。少し、お話を聞かせていただけないかと思って、無理を言って通してもらいました」
「……そう。何が聞きたいの?」
声は小さく、聞き取りにくいが、意外にも、話すことには前向きなようである。
私は、さっそくリクが見たという、無数の青い目を持つ神様について聞いてみることにした。
「無数の、青い目……?」
「はい、ご存じありませんか?」
「うふ、ふふふ……知っているわ。あの方は、私のすべてを受け入れてくれる……」
「受け入れる? どういうことですか?」
なんだか興奮したように、少し声色が変わる。
話によると、マーレさんは、遺跡に行った時に、多くの不幸を目の当たりにしたという。
トラップによって串刺しになる冒険者、落とし穴によって奈落の底に沈んでいく冒険者、多くの犠牲を目の当たりにした。
中には、自分をかばって怪我をしたりする者も大勢いて、マーレさんは自分が許せなくなったようだ。
いくら自分がちょっと歴史に詳しいからと言っても、遺跡のトラップを見抜けるわけではない。足手まといの自分がいることによって、多くの犠牲が出たと思うと、とてもじゃないけど冷静ではいられなかった。
そうして、失意のうちに家に戻り、自分の部屋に入ると、そこにはその化け物がいたのだという。
最初は恐怖したが、接しているうちにだんだんと冷静になっていき、逆に安心できる存在へと変わっていった。
自然と、自分の過ちを懺悔したが、相手はそのすべてを受け入れ、慰めてくれた。
自分は許されてもいいのだと知って、心が軽くなったが、あくまで許されているのは、その相手と話している時だけ。
一歩外に出れば、そこかしこから聞こえる陰口に、マーレさんは何度も病んでしまった。
その度に、過ちを吐露し、それを慰めてもらう。それを繰り返しているうちに、やがて部屋の外に出る必要はないと思い至ったようだ。
このままここにいれば、いつでも慰めてもらえる。自分は許される。
だからこそ、部屋に閉じこもって、外界との接触を断ったらしい。
「あの方はとても素敵な人よ。こんな私でも、見捨てずにいてくれる。私は、あの方のために生きると決めたの」
「で、でも、相手は人間ではないでしょう? そこまで心を許していいのですか?」
「外見なんて関係ないわ。むしろ、人間の方が醜く汚いもの」
扉越しに聞こえる声は、とても恍惚としていて、身をゆだねているようだった。
これは、魅了でもされているんだろうか?
以前、一夜を連れてきた時もそうだったが、ルディの角には、相手を魅了する効果が秘められていた。
だから、相手が神様であるなら、魅了の一つや二つできても不思議はない。
もし魅了されているのだとしたら、結構厄介な状態だ。
いや、問答無用で殺されていないだけましなのかもしれないけど、下手に突きまわしたら、逆上して襲い掛かってくる可能性もある。
さて、どうしたものか。
「その方に、私も会わせていただくことはできますか?」
「いい心掛けね。それなら、頼みを一つ聞いてくれるかしら? そうしたら、会わせてあげる」
「頼みですか?」
そう言って、マーレさんは言葉を続ける。
頼みというのは、大きな姿見を持ってきてほしいというもの。
その相手は鏡の中から現れる存在であり、鏡は多ければ多いほどいい。
しかし、部屋に閉じこもっていては、鏡を調達することは難しい。だから、代わりに持ってきてほしいということのようだった。
鏡から現れる。この証言からして、探している神様であることは確定したようなものだ。会えるなら、持ってくるくらいはした方がいいのかもしれない。
「わかりました。すぐに用意します」
「なるべく早くお願いね」
さて、急遽鏡を用意することになったわけだけど、いろんなものが入っている【ストレージ】にも、流石に姿見は入ってない。
どこかで調達する必要がありそうだけど、どこに売っているだろうか。
「ひとまず、この町のお店を回ってみようか」
この町で売っているなら簡単なんだけど、果たして。
私達は、一度家を後にし、お店がある通りへと向かってみる。
お店は結構な数があり、そのほとんどが飲食店のようだ。
最初の通りすがりに聞いたように、珍しい魔物の肉を使った料理とかもあって、ちょっと目移りしてしまうけど、今はそれよりも鏡である。
しばらく回って見たが、鏡を扱っているお店はないようだった。
うーん、この町では売ってないのかな?
よくわからないので、適当なお店の人に聞いてみることにした。
「鏡? ああ、以前までは売ってたんだがな、今じゃ持ち込むこと自体が禁止されてるな」
「え、どういうことですか?」
話によると、例の遺跡騒ぎがあった後、帰ってきた多くの冒険者達が、突然鏡を割り始めたらしい。
最初は、悪夢によってパニックになっていたからだと思われていたが、その行動は次第にエスカレートしていき、やがて他の家に押し入って、鏡を割っていくまでに発展したようだ。
事態を重く見た町長は、その冒険者達を拘束し、事情を聞いたが、彼らは鏡から化け物が現れると、よくわからない言動を繰り返すだけ。
しかし、その誰もが遺跡に行って帰ってきた人達ばかりだったので、これは呪いの一種ではないかと考え、原因と考えられる鏡を置いておくのは、リスクがあると考えて、町の鏡は一時町の外に運び出されることになった。
そして、呪いの全容が明らかになるまでは、この町では鏡を一切持ち込むことを禁止することとなり、町から鏡を扱う店は消滅したということらしい。
「ま、そんなわけだから、この町で鏡を手に入れるのは諦めた方がいい。まあ、もしかしたら誰かしらは隠し持ってるかもしれんが、譲ってもらうのは難しいだろうよ」
「そうですか……ありがとうございます」
まさか、鏡を持ち込むこと自体を禁止されているとは思わなかった。
でも、その理由はわかる。証言からして、例の神様が関わっているのは間違いなさそうだし、マーレさんのように、崇拝するのではなく、危機感を抱いて排除しようとしたのがその冒険者達なんだろう。
実際、鏡がなければその神様は現れることができないのだから、鏡を排除するのは間違った行為ではないだろう。
ただ、そうなってくると、鏡を届けるのが難しくなってくる。
いや、鏡を調達するだけなら、別の町から買えばいいだけの話だし、持ち込みに関しても、【ストレージ】に入れておけば、気づかれることなく運べそうではあるけど、そもそも鏡を持って行くこと自体が正解なのかという話。
恐らくだけど、マーレさんは鏡を隠し持っている。だからこそ、例の神様に会うことができたんだろう。
神様に会うことを考えるなら、願いは叶えるべきだろうけど、鏡を持って行ったことによって、変に強化されたりしたら困る。
鏡に関係している神様だし、鏡の数が増えたら、何が起こるかわからない。
下手をしたら、私達まで魅了されて、信者となってしまう可能性もあるわけだ。
そう考えると、下手に鏡を持ち込むことは控えた方がいいのかなとも思う。
「どうしようかな……」
私は、今後の行動をどうするべきか、腕を組んで悩むことになった。
感想ありがとうございます。