第五百二十六話:リクの遊び場
『せっかくだから、実際にやってみようか』
「やって見るって、どういうことですか?」
『ここをいじれば……』
「いったい何を、うっ……!?」
どくんと心臓が跳ねる。
意識していないのに、竜珠の神力が解放され、私の体を作り替えていく。
これは、勝手に竜神モードにさせられている?
いつもは、意図的に神力を解放しなければならないはずなのに、これすらも勝手にいじることができるのか。
まずいと思いつつも、私は動くことができない。
体が大きくなるにつれて、服が破れていく。
ああ、割とお気に入りだったのに……。
そんな思いとは裏腹に、どんどん体は大きくなり、人間の部分を消していった。
いつもなら、ドラゴンをそのまま人型にしたような姿になるのだけど、今回は、少し様子がおかしい。
体は自然と四足歩行の体勢を取り、それでかつ目線はさらに高くなる。
一体どこまで大きくなるのかと思いながら耐えていると、しばらくして変化が終わったようだ。
「これは、何と禍々しい……」
一緒についてきていたエルが、ぽつりとそう漏らす。
体は、きちんと動く。どうやら、体の主導権まで持って行かれるわけではないようだ。
しかし、体が大きすぎて、自分の姿を確認できない。
私は今、どうなっているんだろうか?
〈エル、私、どうなって……〉
「……今お見せしますね」
エルは、そう言って氷の壁を作り出す。
表面は鏡のように反射し、これなら確かに自分の体を見ることができそうだ。
私は、恐る恐る壁を覗き込む。
そこにいたのは、禍々しい容姿をした、竜の姿だった。
〈これが、私……?〉
体長は10メートルを超えるだろうか。四足歩行であり、全体的にほの暗い鱗と、ところどころに穴の開いた翼が特徴的である。
ところどころに、私の竜としての面影はあるが、大きさも、雰囲気も、何一つとして合っていない。
言うなれば、闇落ちした姿とでも言えばいいのだろうか?
近づくだけで、呪いにでも侵されそうな禍々しい竜である。
『うまく行ったみたいだね。いや、なかなかかっこよくなったじゃない』
〈どう見ても災厄をもたらす者って姿なんですが、なんですかこれ!?〉
『まあ、僕らは実際災厄をもたらす者だからね。その僕らの特性を前面に押し出したら、そりゃこういう姿にもなるよ』
どうやら、この姿は、リクの性質を反映した姿らしい。
確かに、リクを竜化したら、こんな姿になるかもしれないね。
しかし、竜神モードは、私の神様としての姿である。それを、こんな簡単に変化させることができるのは、末恐ろしいところだ。
流石、自分も神様というだけのことはある。その気になれば、神様だろうと死滅させられるとか言ってたしね。
『で、どう? いい感じじゃない?』
〈素直に元に戻してほしいです〉
『えー? 力はむしろ増してると思うし、役に立つと思うんだけどなぁ』
〈こんなのが現れたら大パニックですよ!〉
元々、竜神モードで人前に現れたら大惨事なのはあるかもしれないけど、この姿だったら、余計に大惨事になる気がする。
竜神モードなら、話ができる人もいたしね。姿も人に近いところはあるし、まだ親しみやすいというものだ。
しかし、この姿は、いかにも災厄を振りまきに来ましたって感じの見た目である。
これでは話すことなんてできないだろうし、それどころか、攻撃される可能性の方が高いだろう。
確かに、いつもの竜神モードと比べて、なんとなく力は増しているような気はするけど、あんまりこの力に頼って闇落ちしたくないし、早く元に戻してほしい。
『こういう方向性はダメ? かっこいいのに』
〈いいから戻してください!〉
『うーん、じゃあこういうのはどうだろう』
その瞬間、再び心臓が跳ねる。
思わずうなり声を上げると、体の形が徐々に変化していった。
10メートルを超えるような巨体はだんだんと小さくなり、いつもの竜人モードと同じくらいの大きさに。
ただし、その姿は、いつもの姿とは全く似ても似つかなかった。
〈な、なんですかこれは!?〉
まず真っ先に目に入るのは、全身ピンク色の鱗である。
私のアイデンティティである銀色の鱗が全くと言っていいほどなくなり、可愛らしいピンク一色だ。
それに加えて、体のところどころにフリルのようなひらひらとした飾りが生え、翼はかなり小さく、こじんまりとなり、目は大きく、頭にはリボンのような触覚が生えている。
さっきの災厄を振りまく姿とは打って変わって、あまりに可愛らしい姿。
言うなれば、魔法少女の変身とでも表したらいいのかと思うくらいの豹変ぶりに、私はしばらく震えるしかできなかった。
『どう? 目いっぱい可愛くして見たつもりだけど』
〈今すぐ戻してください!〉
『えー? さっきの姿が嫌だって言うから可愛くしてあげたのに、何が不満なのさ?』
〈全部ですよ!〉
確かにさっきと比べれば可愛いとは思うが、むしろ狙いすぎていてあざといと言った方がいいような容姿である。
私は竜の姿に誇りを持っているわけではないけど、それでも愛着のようなものは存在する。
竜達から見ると、可愛いと言われる容姿も、私から見ればかっこいいと思うし、あの銀竜の姿は、私にとって大切なものだった。
それを、こんな姿に変えられて、とても恥ずかしい。
変に挑戦しすぎて、失敗したみたいな、そんな空気感が漂っている。
「ええと、か、可愛らしいですよ?」
〈慰めはいらないから!〉
エルもこの姿にはドン引きなのか、少し顔が引きつっているように見える。
なんでこんな辱めを受けなければならないのか。一体私が何をしたのか。
『なかなか面白い反応するね。これはいじりがいがありそうだ』
〈頼みますから人前で変身させるようなことはしないでくださいね!?〉
今はまだ、エルとアリアくらいしか見ていないからまだ耐えられるが、これが人前でなったら、本当にまずい。
さっきの災厄の化身みたいな姿も問題だけど、こんなあざとい姿を見せるのも私の精神が耐えられない。
多少の強化や特性の付与など、使える部分もあるとしても、姿を私が指定できない時点で、とんでもないデメリットを背負っている。
とんでもない奴に竜珠を明け渡してしまったかもしれない。
今更ながら、後悔してきた。
『他にもいくつかあるから、もう少し試させてね』
〈いやぁ……!〉
その後も、リクに体をいじられていく。
私は、屈辱を感じながらも、これで世界は救われたんだと何とか自分を納得させるのだった。
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