第五百二十五話:病気の終息
その後、聖教勇者連盟へと戻り、短剣を受け取った。
一応、確認を取って見たけど、確かにこの短剣にリクがいるらしい。
また別の短剣だとか言われなくてよかった。
「にしても、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、のはずです」
準備は整ったので、さっそくリクの引っ越しを開始しようと短剣を取る。
コノハさんは、いくらリクが約束してくれたとはいえ、本当に病気にかからないのかどうか、心配なようだ。
確かに、絶対に病気にかからないという保証はない。
相手は病原体の親玉みたいな存在だし、それを体の中に住まわせるとなったら、何かしら悪い影響が出ても不思議はない。
しかし、それ以外に手がないのも事実。
ここで放置して、いずれ世界中に広がっていくのを待っているよりは、こうして自分の体を檻として、留めておく方が確実だろう。
大丈夫、いざとなれば神様に手を貸してもらうのも考えている。
ルーシーさんも、そう言うことであれば、いつでも手を貸すと言ってくれたし、問題はないはずだ。
「何かあったら、すぐに言ってね。力になるから」
「ありがとうございます。では、行きますね」
コノハさんとエルに見守られながら、短剣を胸にある竜珠へと近づける。
見た目の変化はないが、しばらくすると、頭の中に声が聞こえてきた。
『引っ越しは完了したよ。いや、凄いねここ、神気が溢れてる。しばらくはのんびりできそうだよ』
「それは何よりですが、約束は守ってくださいね?」
『わかってるよ』
なんの感覚もないが、どうやらちゃんと移動できたようだ。
これで、病気の原因は何とかなったはず。
後は、今病気にかかっている人々を治療してやれば、以前の姿を取り戻すのも時間の問題だろう。
「終わったの?」
「はい。大丈夫みたいです」
「見た目は何も変化がないね。目に見えないって言うのは厄介だ」
コノハさんは、しばらく私の体を眺めていたが、やがて顔を上げると、頭を下げた。
「ありがとう。おかげで、病気も終息に向かいそうだよ」
「お役に立てたなら何よりです」
「何かお礼をしないとね。なにがいいかな?」
「いえ、別にお礼なんて……」
「まあ、ハクならそう言うよね。でも、いつまでもおんぶにだっこじゃ申し訳ないから、後で何かしらお礼はするよ」
そう言って、ウインクをするコノハさん。
聖教勇者連盟は、私にとんでもない負い目があるから、それで遠慮しているって言うのもあるかもしれないけど、それとは関係なく、これはコノハさんの気持ちだろう。
本当に、お礼とかは考えていないんだけど、まあ、そこまで言うなら受け取っておくとしよう。
何をくれるのかと考えつつ、本当の終息に向けて、私も手伝いをすることにした。
それからしばらくして、病気の感染は終息した。
今までは、なぜか治療してもすぐに再発してしまっていたが、リクが大人しくしてくれたおかげか、今はきちんと治療すれば、再発する心配はなさそうだ。
今までいくら治してもきりがなかったのに、あっけなく治ったことに疑問を抱く人もいたが、今はとにかく、治ったことを喜ぼうということで、久しぶりに聖教勇者連盟は活気を取り戻したように思う。
まあ、まだ治ったばかりだし、リクとは関係ない病気にかかる可能性はあるので、いましばらくは経過観察が必要だとは思うけど、まあ、そう酷いことにはならないだろう。
「そう言うわけで、無事に邪悪なものは取り除けましたよ。これ、お返ししますね」
「おお、まさか本当に戻ってくるとは……」
私は、ガラルさんの家に向かい、例の短剣を返しに来た。
本当は、この短剣は遺跡にあった副葬品だし、返した方がいいのかもしれないけど、ガラルさんなら、そう悪いことにはならないだろう。
武器の声を聞けるというのが、本当に精霊が宿っているのか、それとも武器自身に意思があるのかはわからないけど、あれだけ武器のために行動できるのなら遺跡で眠っているよりはいいのかもしれない。
ガラルさんは、受け取った短剣をそっと抱きかかえ、安心したようにため息を吐く。
その扱いはまるで、愛する異性を抱きかかえているかの如くだった。
「ありがとう。また無事に再会できるなんて思いもしなかった」
「もう大丈夫だとは思いますが、その短剣は、元々神聖な何かの可能性があります。今更遺跡に戻してこいとは言いませんが、これからは何でもかんでも拾ってきちゃだめですよ」
「あ、ああ、わかってる」
リクが宿っていた影響なのか、リクがいなくなった後でも、短剣には未だに神力を感じる。
儀式用の短剣だったからって可能性もあるけど、何かしら特別なものだったのは間違いないだろう。
まあ、大丈夫だとは思うけど、また遺跡から何かを盗み出して、それが原因で病気だの呪いだのにかかっては困るので、ほどほどにしてもらいたいものだ。
「それでは、私はこれで失礼します」
「おう。本当にありがとうな」
ガラルさんの家を後にし、私はそのまま、少し離れて町の外まで移動する。
この数日間で、病気は限りなく終息した。
リクがいなくなっても、病原体自体は残っているはずなので、治癒担当がそれらを完膚なきまでに排除し、根絶させる必要はあるだろうが、それもおおよそ完了している状況。
これ以上、聖教勇者連盟が病気に苦しむことはないだろう。
ただ、数日前と、変わったことがある。
それを確かめるために、こうして町を離れてきたわけだ。
「……やっぱり、変形してるよね?」
私は、胸元にそっと触れる。
そこには、私の神力を込めた竜珠が埋まっているが、その形が、以前とは変わっているのだ。
完全な球体に近かったものが、少しいびつに変形している。
色も若干暗くなっているように感じるし、明らかに異常があるのは確かだろう。
原因はわかっている。リクがここに宿っているからだ。
私は、リクに条件を突きつける際に、代わりとして、竜珠はどうしてくれても構わないと言った。
恐らく、その言葉を受けて、本当に好き勝手やってるってことなんだろう。
今思うと、あの発言は軽率だったかなと思わなくもないけど、でも、下手に強気に出過ぎて拒否されても困るし、代償は必要だった。
今のところ、形が少し変形しているだけで、これと言って体に異常はないけど、このまま放置すれば、何かよからぬことが起こりそうで、一度確認をしておきたかった。
「……リク、聞こえていますよね?」
『うん? 何? 今忙しいんだけど』
「竜珠の形が変わってるんですが、一体何をしているんですか?」
『ああ、それ? なに、そんな大したことじゃないさ。ちょっとしたお遊びだよ』
そう言って、リクは少し楽しそうに話しだす。
竜珠に関しては、予想以上に住み心地はよかったらしい。
病原体の神様として、不浄の場所を好むのはあるけど、それ以上に、神力がつまったこの空間は居心地がいいと感じているようだ。
それで、色々と探っているうちに、この竜珠が、私の体に強く影響を与えていることを知った。
具体的に言うと、私が竜神モードになる際に、竜珠の神力を解放するけど、それに気づいたらしい。
だから、これに手を加えれば、私の竜神モードとしての姿を、色々といじることができると考えて、今こうして育成を進めているところなのだとか。
『ああ、弱体化とかはしないから安心して。あくまで姿を変えたり、特性を追加したりするだけだから』
「まったく安心できないんですが」
私の知らぬ前に、切り札である竜神モードがいじくられてるとか怖すぎる。
リク曰く、弱体化はしないとのことだけど、どこまで信用できるものか。
でも、どうしようもないのも事実。
私は、どんな姿にさせられるのかと、強い不安を抱いていた。
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