第五百二十一話:短剣の行方
「……なるほどね。それは本命の短剣じゃないと」
「どうやらそのようです。他に、短剣を持ち帰ったという人はいないんですか?」
「少なくとも、事情聴取では特に引っかからなかったわ。吐いたのはそいつだけ」
「となると、誰かが隠してるってことでしょうか……」
考えられる可能性としては、誰かが隠し持っている可能性。あるいは、遺跡などは関係なく、全く別の場所のことを言っている可能性ってところだろうか。
前者に関しては、なぜそんなことをするのか理解できないけど、よっぽど気に入ったとか、あるいは呪いか何かで手放せない状況にあるとかだろうか?
いや、隠している以上は、自分の意志で隠しているはず。流石に、思考を操ってってなると、魅了系の何かしか考えられないし。
後者に関しては、リクの言葉が重要である。
リクは、とある墓から持ち出されたと言っていた。
一見、例の遺跡も墓であったらしいし、一致はしているように見えるけど、墓というだけなら、他にも候補はあるだろう。
聖教勇者連盟の人間が持ちだしたのは間違いないだろうけど、事情聴取をしたのは、例の遺跡に行った人物だけ。
他の墓から持ち出されたのであれば、事情聴取をすり抜けている可能性は高い。
まあ、そんなピンポイントに別の墓に行き、且つ短剣を持ち帰っている人がいると言われたらちょっと微妙なところかもしれないけど、可能性はゼロじゃない。
まずは、全員に事情を聞くべきではないだろうか。
「流石に、全員に事情を聞くのは難しいかも。感染が広がりすぎて、まともに動ける人は少ないし、まともに話せないくらい弱っている人もいる。途中でこちらも感染する可能性も考えると、余計に被害が広がる可能性もあるし」
「うーん……」
元凶を絶たなければならないのは確かだけど、誰も好き好んで病気にかかりたい人はいないだろう。
そもそも、現在の状況でも、聖教勇者連盟の機能の一部がダウンしている状態。人手不足であり、調査に回せる人材も少ない。
指示を出している竜に頼んで、応援を呼んできてもらうという手もあるけど、私ですらかかるような病気を前に、外からさらに人材を呼び込むのは怖い。
仮に、これで無事に見つかって、病気が終息してくれるなら、多少無茶をする気も起きるけど、必ずしも見つかるかどうかはわからないわけだし、あまりに危険な賭けだ。
闇雲に全員に話を聞くのは、リスクを考えるとちょっと難しい。
となると、きちんと推理をして、短剣を持ち去った犯人を見つけるしかないか。
「コノハさん、ここ最近で、他に墓と思われる場所に行った人はいませんか? もし、他の墓から持ち出されたというなら、その人が隠してるかも」
「例の遺跡だけじゃない可能性があるってわけね。わかった、調べてみる」
そう言って、コノハさんは部屋を後にする。
もし、この線が辿れるなら、おのずと見つかりそうではあるけど、もし外れだった場合は、あまりにヒントが少なすぎる。
いや、もし他に墓に行っていないのなら、例の遺跡から持ち出されたものとみて間違いないのだから、容疑者は絞れるか?
もし、隠し持っているとしたら、その理由は何だろうか。
恐らく、副葬品として眠っていたものなら、それなりの価値はありそうだけど、聖教勇者連盟は、そこらの仕事と比べてもかなりの高給取りのはずである。
いや、今はそうでもないのかな?
昔は、ちょっと依頼をこなすだけでも相当なボーナスが期待できたし、なんなら行った先で家を漁って自由に持ち帰ることができていたようだから、かなりウハウハだっただろう。
しかし、教皇が廃され、神代さんが仕切るようになってからは、そう言った腐敗した金の流れはなくなり、適正な給金が支払われるようになった。
もちろん、危険が伴う仕事だから、それでも十分高いとは思うけど、過去の栄光と比べたら、かなり少なくなったのは確か。
表向きは、神代さんに苦言を呈す者はいなさそうだけど、過去の体制が気に入っていた人もいるかもしれないし、そう言う意味で、お金目的で盗っていった可能性はあるかもしれない。
今持っている短剣のように、コレクション目的で集めている人もいるかもしれないしね。
「……この短剣の人が隠し持っている可能性もあるかな?」
私は、正直に白状したのだから、てっきりこの短剣は本当に遺跡から持ち出されたものだと思っていたが、もしかしたら、遺跡の短剣を手放したくなくて、偽物を掴ませた可能性もなくはない。
見た感じ、この短剣はかなり綺麗で、装飾も華々しく、それなりの価値があるように見えるけど、持ち帰ったものが、それ以上に価値のあるものなら、トカゲの尻尾きりのように差し出しても不思議はないしね。
「調べたいところだけど、この体じゃなぁ……」
結局、私の体は未だに病気の身である。今動けば、感染を広げることになりかねないし、下手に動くことができない。
やるとしたら、エルやアリアに頼むことくらいだろうか。
感染の危険はあるけど、今のところ、二人とも病気にかかっている様子はないし。
「……? はーい」
と、そんなことを思っていると、扉がノックされた。
返事をすると、扉が開き、一人の女性が入ってくる。
「ハクちゃん、大丈夫ー?」
「おお、エミさん、お久しぶりです」
やってきたのは、チーム『流星』のメンバーの一人、エミさんである。
初めて会った時から結構経つが、エルフであるためか、その容姿はあまり変化がない。
相変わらず、見た目の割にちょっと子供っぽいところもあるけど、ひとまず、元気そうで何よりである。
「コノハちゃんに頼まれて、治しに来たよー」
「ああ、そう言えばエミさんの能力は治癒関係でしたね。わざわざすいません」
「気にしないで。それじゃあ、行くよー」
そう言って、エミさんは私に向かって、軽く手を振るう。
優しい光が体を包み込み、次の瞬間には、熱は収まっていた。
念のため、【鑑定】でも調べてみたが、病気の表記がないので、完全に治ったとみて間違いなさそうである。
流石、治癒のスペシャリストだけはある。
「ありがとうございます。元気になりましたよ」
「よかった。それじゃあ、他にも待ってる人がいるから、行くねー」
治ったのを確認するや否や、エミさんはそそくさと部屋を後にした。
エミさんは、割とおっとりしている感じがするけど、やはり人手が足りないのだろうか。
特に、エミさんの能力は、今の状況では適任だし、引っ張りだこ状態なのかもしれない。
さて、これで病気の心配はなくなったし、存分に調査することができる。
「エル、一緒に来てくれる?」
「ハクお嬢様のご意向のままに」
念のため、コノハさんに通信魔道具で連絡を取った後、部屋を出る。
さて、犯人は誰なんだろうか。
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