第五百十七話:理想の住処
「わ、私の体は住処にはなりませんので……」
『そぉ? まあ、別にあの墓地に帰してくれるならそれでもいいんだけどね』
とりあえず、今は迷っているだけで、どちらでもいい状態らしい。
よかった。これで、私の体に乗り換えようとか思っていたとしたら、止めようがなかった。
でも、気になることもある。
仮に、その短剣を見つけ出し、墓地に返したとして、その後はどうなるんだろうか?
リクの話では、少しずつ世界中に広がって、未知の病原体を発見し、それに寄生することで、その場所でパンデミックを起こすことが目的である。
つまり、このまま帰したら、いずれ世界のどこかでとんでもないパンデミックが発生する可能性があるってことだ。
それは私の全く知らない場所かもしれないし、王都のようによく知る場所かもしれない。
いずれにしても、今回の広がり方を考えると、尋常じゃない人が犠牲になるだろう。
転生者達は、まだ治癒担当というどんな病気も治せる人がいたから助かったが、通常の方法で病気を治すとしたら、今やすっかりおなじみとなった、協会に置いてある治癒装置くらい。それも、重い病気を治すには結構な時間がかかるだろうし、今の生産数だと、対処できない可能性が高い。
そもそも、あの装置が配備されているのは基本的にオルフェス王国だけ。他の国は、近隣国に徐々に普及していっているくらいで、まだまだ貴重品だ。
もし、それらもない場所でパンデミックが起きたら? 考えたくもない。
「あの、病気を広めないようにすることはできないんでしょうか?」
『さっきも言ったけど、僕らは基本的に、召喚されない限りは積極的に病気を広めようとは思っていないよ。ただ、今回は、召喚されてここに来た。だったら、役目を果たさなきゃいけないよね?』
聖教勇者連盟がパンデミックに陥ったのは、墓地から持ち出したという短剣が原因ではあるが、そもそも、リクはそれ以前に誰かに召喚されてこの世界に来たという。
召喚者はいなかったが、召喚された以上は、病気を広めることが役目である以上は、いずれはやらなくてはならない。
遅かれ早かれ、どこかのタイミングで病気が広がることは避けられないわけだ。
「聖教勇者連盟で広まった、あの病気を持って、役目を終えたことにはなりませんか?」
『あれはあくまで模倣しただけだからなぁ。この世界の未知の病原体を広めたわけではないし、ノーカウントで』
「そんな……」
基本的に、召喚されたら病気を広めるが、あくまでそれは一つの病原体だけ。だから、それが広がった後に、抑え込んでしまえば、解決する話ではあるけど、それがどこで発生するかがわからないのがネックである。
そもそも、私に病気を瞬時に抑え込める力はない。
数人とかなら、聖教勇者連盟と連携して治すことも可能かもしれないが、広まった後では、感染のリスクもあるし、なかなか難しいだろう。
どう考えても、少なくない死者が出る。
私は、それを許容できるのか? 確かに、赤の他人であれば、そこまで心は痛まないけれど、それでも、罪もない人が犠牲になるのを見ていられるほどではない。
何とか止める術はないんだろうか。
『なんだか僕らが広まることを恐れているようだけど、何がそんなに心配なの? ちょっと人が死ぬけど、世界に対して警告ができるんだよ?』
「人が大勢死ぬのがわかっていて、黙って見ていられるわけないでしょう!」
『わっ、びっくりした。ふーん、どうやら君は、だいぶ人に優しい神のようだね』
リクは、若干不思議そうに首を傾げながらこちらを見ている。
意識はあるようだけど、やはり価値観は全然合わなそうだ。
まあ、病原体としての責務を全うしていると言えばそうなのかもしれないけど、それを広めることを、いいことと思っているのはどうかと思う。
病気なんて、ならない方がいいに決まっているのだから。
『そこまで言うなら、方法がないわけでもないよ』
「ほ、ほんとですか?」
『うん。まあ、君が納得するかはわからないけど』
そう言って、リクはその方法を説明し始める。
リクは、召喚された場所で、病気を広めることが目的である。
しかし、もし、その場所に目ぼしい病原体がない場合、今回のように潜伏場所である住処に籠り、少しずつ世界中に広がりながら、病原体を探すことになる。
ただ、このタイミングでまた別に召喚された場合は、そちらが優先されることになる。
つまり、この世界でパンデミックが起こる前に、別の場所で召喚されれば、この世界での危機は脱することができるわけだ。
もちろん、これは別の世界に行くことが前提となるし、その世界の人達にとっては、結局病気が広まることになるから、まずいことに違いはないけど、それでも、この世界のように、医療があまり進んでない世界で広まるよりは、少しでも医療が進んだ世界で広まった方が、抑えられる可能性が上がるというものである。
『僕らとしては、広まってくれないと困るから、あんまりお勧めしたくはないんだけどね。でも、僕らは病原体が世界に認知されるならそれでいいから、規模は問わない。より犠牲を少なくしたいと思うなら、そっちの方がいいんじゃないかなって』
「……確かに。でも、それって結局、別の世界から、召喚されないといけないんですよね?」
そもそも、リクのことを知っている人がいなければ、召喚もできない。
知っている世界があるとしたら、それはリクの元居た世界であり、そこの人達が呼び出すのを待つほかない。
流石に、それまでにこの世界の未知の病原体が見つからないとは思わないし、分が悪すぎる賭けではないだろうか。
『そうだね。だから、僕らが世界中に広まるよりも、居心地のいい場所を提供してくれたら、少しくらいは留まって上げてもいいかなって思ってるよ』
「……それはつまり、私の体に住まわせろと?」
『おお、話が早くて助かるよ。君のその玉は、凄く気になるからね』
よくできましたと言わんばかりに、手を叩いて喜ぶリク。
結局、そこに行きつくわけか。
リクにとって、私の竜珠がどういう風に見えているかはわからないけど、私の体に住まわせるのなら、不意にどこかでパンデミックが起こるということもないだろうし、ある意味で安全と言えば安全である。
ただし、私自身が無事かどうかって話はあるけどね。
仮に私が無事でも、私に近づいた人達が病気になるって可能性もあるし、素直には頷きたくない。
でも、この世界で無作為に広まられるのも困るし、どうしたものか……。
「……私の体に住まわせるとして、私や、私の近くに来た人達が、病気になる可能性はあるんですか?」
『基本的にはないよ。僕らは、あくまで病原体に寄生して、それを広めるだけだからね。今回みたいに、怒らせるようなことをしなければ、わざわざ病気を広めることはないよ』
「……」
懸念していたことは大丈夫そうだけど、どうしよう。
病原体の塊みたいな奴を自分の体に住まわせるということ自体に凄い忌避感があるけど、でも、これを飲まなかったら、どこかでパンデミックが起こることが確定するし……。
私はしばらく、答えを出せないでいた。