第五百十四話:忍び寄る病魔
それから、定期的に浄化魔法を試しつつ、一週間ほどが経過した。
清潔度で言えば、かなり高い水準を保っているはずなのだが、あれから治った人は一人もいない。
むしろ、新たな感染者も出始めているし、さらに言うなら、重篤化しすぎて死にかける人すら出てくる始末。
ひとまず、治癒担当を重点的に治療し、ましになったところから能力を使って病気を治してもらっているから、何とか死者は出ていないものの、一歩間違えれば本当に死者が出てもおかしくない。
これは明らかにおかしい。
確かに、高度な薬などはないけれど、基本的に、体の免疫力を高めることで、病気は自然回復していくことが多い。
実際、治癒魔法で治癒能力を高めれば、ある程度ましになっている人はいるし、全く効いていないわけではないと思う。
それでも治る人が少ないのは、免疫力を上回るほど強力なウイルスってことなんだろうか。
治癒魔法を使ってようやく対抗できるほどのもので、ただ安静にしているだけでは治ることはないと?
こうなってくると、特効薬が必要になってくると思うけど、流石に、この世界でそんな薬を作る技術はない。
いくら転生者が色々とあちらの世界の技術を持ってきているとはいっても、流石に薬の作り方を知っている人はいないようだし。
私はある程度ならわかるけど、そもそも、どんな病原体かもわからないのに、特効薬を作ることなんてできない。
少なくとも、この病原体が、どんな性質を持つのかを把握しなければ、スタートラインにすら立てないのだ。
「そこのところ、どうなんですか?」
「病気の専門家でもいればまだ何とかなったかもしれないけど、流石にそう都合よくはいないよ。一応、下町の方から医者を呼び寄せたりはしたけど……」
コノハさんが、医者に診せてみたが、お手上げ状態。
遠くの町から、高名な医者に意見を聞いたりもしたが、それでも詳しいことはわからないらしく、八方塞がり状態である。
「そもそも、治したのにまたすぐに再発するのがおかしいの」
「それは確かに。治した時は、ちゃんと他の患者からは離した状態でやってるんですよね?」
「当たり前でしょ。むしろ、治した後は近づかないようにとすら言ってる。それでもかかるんだから、もうわけがわからないよ」
転生者の能力を使えば、体の中の病原体を完全に消し去ることもできるはず。
にもかかわらず、再発するということは、どこかしらで病原体に触れているということになる。
しかし、治した人々は他の患者からは隔離した状態でやっているし、その後患者に近づくようなこともしていない。
施設内は私が定期的に浄化しているし、どこかにウイルスが付着していて、それに触れてしまった、というのも考えにくい。
少なくとも、治して一日足らずで再発するのは明らかにおかしいのだ。
この病気、ただの病気ではないのは確からしい。一体何が原因なんだ?
「病原体について調べるのは、機材もないですし流石に無理ですね」
「うん。だから、もし調べるとしたら、やっぱりその遺跡になるんじゃないかな」
「まあ、手掛かりもないですしねぇ」
ここまでくると、病気を貰ったであろうその遺跡に赴き、原因の一欠片でもいいから見つけるくらいしか方法がない。
墓ってことだったし、もしかしたら呪いのような性質があるのかもしれないしね。
まあ、ただの呪いなら私の浄化魔法で解呪できるはずなんだけど。
「あ、皆さん、ここにいましたか」
「アイリーン? どうかしたの?」
そこにやってきたのは、シュピネルさんの友人である、アイリーンさんである。
アイリーンさんは、幸いにも病気にかかっていないのか、普通に出歩いているようだ。
今まで姿が見えなかったけど、わざわざこんな場所までくるなんて、どうかしたんだろうか?
「ちょっと、シュピネルが気になることを言ってまして、一応、お伝えしておこうかと」
「ちょっと、シュピネルに会ってきたの?」
「ごめんなさい。心配だったものですから……」
「感染の危険があるのに……まあ、今はいいわ。それで、なんて言ってたの?」
「はい。奇妙な夢を見るという話でして」
そう言って、アイリーンさんは、シュピネルさんが見たという夢について話しだす。
その夢は、何かに追われる夢だったという。
薄暗い場所で、道なき道をひたすら逃げる。ただ、何に追われているかはわからず、ただ追われているんだという意識から、足を動かしていたようだ。
しかし、やがて追いつかれてしまい、掴みかかられる。
その時、初めて相手の顔らしきものを見た。
それは、青白い面をつけ、黄色いマントを纏った人型の物体。
ぞわぞわと神経を逆なでされるような感覚と共に、その物体は一言呟く。
『カエセ』
その言葉と共に、覆いかぶさるように顔を寄せた後、目が覚めた、とのこと。
「どう思いますか?」
「病気の時に見る悪夢、という風に捉えられないことはないけど……」
「気になりますね」
ただ単に、病気の時に見る悪夢で片付けられるけど、それにしては、鮮明過ぎる。
何かに追われて、その人物は返せと言ってきた。つまり、何かを奪われたということになる。
確か、その遺跡は墓という話で、副葬品もたくさんあったらしい。
シュピネルさんの話では、何も持って帰らなかったという話だけど、もし、誰かがこっそり持ち帰っていたとしたら、それを取られた恨みとして、病気を蔓延させた、とも考えられないだろうか。
ある意味、呪いのようなものである。
これは、少し調べた方がいいかもしれないね。
「コノハさん、その遺跡に行った人達が、何か持ち帰ってしまい、それが原因で病気が広がったって可能性もあるかもしれません」
「それはあるかも。この世界なら、呪いも普通にあり得そうだしね」
「その時の調査員の持ち物を調べられますか?」
「待ってて、今調べてみるから」
そう言って、コノハさんは足早に去っていく。
もし、何か持ち帰っているようなら、それを返せば、事態は収まるだろうか。
そんな単純な話でいいなら楽でいいんだけど、どうなるか。
「でも、進展しそうで何よ、り……?」
その時、不意に視界が揺れた。
誰かに殴られた? と思ったけれど、どうやら私自身が立ち眩みを起こしたらしい。
立ち眩み? 私が?
確かに、連日浄化魔法を広範囲にかけている影響で、神力の消費は激しいが、私の許容量から考えて、その程度で疲れることはないはず。
病気に関しても、結界でガードしているし、そうそうかかるわけがないのだが……。
「あ、待って……」
もしかしたら病気を移された?
そう思った瞬間、一気に吐き気がこみあげてくる。
気が付けば、体は熱っぽいし、だるさも出てきた。
本格的に、病気にかかった可能性があるかもしれない。
「こんな、時に……」
せっかく進展がありそうだという時にこれとは、情けない。
いや、一応は神様もどきである私が病気になる方がおかしいのだけど、それだけ強力な病気、呪いってことなのだろうか。
「ハクお嬢様!?」
「ごめんエル、ちょっと倒れるかも……」
エルがとっさに支えてくれるが、足元がおぼつかなくなってくる。
私は、その場に崩れ落ちるようにして、意識を手放すことになった。