第五百十一話:寒い年
第二部第十九章、開始です。
ロスカティス王国の一件から、しばらく経ち、だいぶ冷え込んできた。
ベスさんとは、定期的に連絡を取っているが、今のところ、キラコー帝国に動きはないらしい。
すでにあれから三か月近く経つし、動いていてもおかしくはないんだけど、どうしたんだろうか。
まさか気づいていないなんてことはないだろうし、独立を認めていないのなら、すぐにでも動き出しそうな雰囲気があったんだけどな。
まあでも、本隊を動かすとなれば、山越えを考慮しなくてはならないわけで、それには結構な物資が必要となる。
それに、裏切り者の件も結局解決はしていないようだし、それに時間を割いている可能性もあるね。
いずれにしても、すぐに攻めてこないのであれば、ベスさんが同盟を結べる可能性が上がる。
もちろん、一度は断った国ばかりだろうから、すぐに関係を再構築できるとは思わないけど、時間を稼げている今のうちに、どうにかするしかないね。
「あっちに関してはしばらく大丈夫そうだし、こっちのことに集中しようか」
私は、いつもよりも少し厚着した格好で、ギルドへと赴く。
というのも、今年は例年より、気温がかなり低いらしい。
おかげで、暖房に使う薪が足りていないらしく、ギルドの方にも、薪を取ってきてほしいと依頼が殺到しているようだった。
確かに、いつもよりなんとなく寒い気はしていたけどね。
何かの前触れかとも思ったけど、こういう年は、たまにあるらしい。
だから、こういう時のために、植林を行っている地区があるらしく、そこから取ってくるのが、その年のお決まりとなっているようだ。
まあ、備えができているのはいいんじゃないかな。
本来なら、Bランク以上の冒険者は、木こりの依頼なんて受けないんだけど、寒さの影響で体調を崩している冒険者も多いらしく、人手が足りない状況。
だったら、私も手伝った方がいいよねということで、こうしてギルドを訪れたのである。
「木こりの依頼を受けに来ました」
「ああ、ハクさん、わざわざありがとうございます!」
受付さんは、そう言って手早く依頼を受理してくれる。
植林がされている区画だけど、普段は関係者以外は立ち入りできないらしい。
結構厳重だなと思うが、こういう時のための備えなんだから、普段から使われていたら困るのか。
一応、植林に関する研究はされており、土魔法を用いることで、ある程度成長を早めることはできるし、魔道具を使って乾燥を早めることもできるらしいから、普段から取っても多分何とかはなるっぽいけど、まあ、命綱はしっかり結んでおきたいよね。
立ち入りのための許可証を貰い、さっそく向かうことにする。
「この程度の寒さで音を上げるなんて、人間は脆弱ですね」
「まあ、毛皮とかないからね。その分、魔道具とかを作れる知恵があるわけだけど」
エルの言葉に、少しフォローを入れておく。
まあ、エルがそう感じるのは、エルが氷竜だからって言うのもありそうだけどね。
私も、寒さに対してはそれなりに耐性を持っているが、それでも寒いものは寒いし。
吐く息が白くなるのを見て、早く暖かくならないかなと思いつつ、植林区画へと向かう。
門番に許可証を見せれば、すぐにでも入ることができた。
「えっと、ここら辺にある木は大体伐っていいんだっけ」
「そのようです。伐りすぎるなとは言っていましたが」
「まあ、禿げあがったら困るからね」
本来なら、丸太を運ぶ作業はかなりの重労働だ。
いくら冒険者が屈強だとしても、一人が運べるのはせいぜい一本。荷車などを用意したとしても、十本も運べないだろう。
大量に運ぶとしたら、それこそ何十人規模のパーティを組んで、協力して運ぶしかない。
ただ、この世界には魔法がある。
私の場合だったら、例えば浮遊魔法とかを使って浮かせてしまえば、何本でも一気に運ぶことができる。
まあ、普通の魔術師なら、魔力の問題でそんなに長い時間は維持できないだろうけど、それでも普通の人よりは運べる数は多いだろう。
そう言う意味も込めての、伐りすぎるなってことなのかもしれないね。
「じゃあ、ひとまず三本ずつくらい運ぼうか」
「了解です」
木を伐るための斧も貸してもらえるようだったけど、私には必要ない。
さっと手を掲げて水の刃を放てば、あっという間に木は伐り倒される。
最近あんまり魔法を使う機会がなかったけど、衰えてはいないようだ。
伐った後は、枝を落として、丸太の状態にする。
その気になれば、【ストレージ】にしまうなどして、一気に何百本と運ぶこともできるけど、そこは限度を考える。
いくらみんな薪がなくて困っているとはいっても、木こりの依頼を受けたのは私達だけじゃない。
その人達の取り分をなくすわけにもいかないし、これくらいでちょうどいいだろう。
伐った木は浮遊魔法で浮かせて、このままギルドに持ち帰ることにする。
エルに関しては、同じように氷の刃で伐り倒し、手で抱えていた。
さすが、竜だけあって力は強い。
「お疲れ様です。納品に来ました」
「あ、お帰りなさいませ! 助かります!」
ギルドに帰り、丸太を納品する。
今回の報酬は、緊急依頼ということもあって、それなりに高い。
まあ、重い丸太を運んでくる労力に見合っているかと言われたら、ちょっとわからないけど、大した危険もなく稼げるという意味では、冒険者にとっても稼ぎ時かもしれない。
体調不良でダウンしている人はちょっと可哀そうだけどね。
「みんな大丈夫かなぁ」
一応、お兄ちゃんやお姉ちゃん、ユーリなんかは、特に体調を崩したりはしていない。
まあ、みんな体が頑丈だから、ちょっとやそっとでは体調は崩さないと思うけど、例えばシルヴィア達やアルトなんかはちょっと心配である。
後で、確認の意味も込めて、会いに行った方がいいだろうか。
特にアルトは、色々と国を飛び回っているみたいだし、変な病気貰ってこなきゃいいんだけど。
「あ、いたいた。おーい、ハクー」
「カムイ?」
そんなことを考えながら、ギルドを出て歩いていると、カムイがやってきた。
カムイも心配ではあるけど、獣人は病気になっても、あまり重症化しないケースが多いらしい。
体が頑丈ってことなのかな?
人によっては、この程度の寒さものともしないって人もいるみたいだし、そのせいもあるかもしれない。
「どうしたの?」
「いや、本部の方から、ハクにヘルプが入ってさ」
何事かと思っていると、どうやら聖教勇者連盟の方から、頼みたいことがあるらしい。
なんか珍しいな。いつもは、私のことを確認こそすれ、頼みごとをしてくることなんてあまりないのに。
私に頼みたいことというと、やはり竜関連だろうか? 一応、私は竜との橋渡し役みたいな役割を持っているし。
とりあえず、詳しい話を聞いてみようか。