幕間:死を司る神様
異世界の神様、ルディの視点です。
ある日、我は唐突に異世界へと連れてこられた。
召喚によって、突然呼び出されることはたまにあるが、こうして強引に連れてこられるのはあまり経験がない。
一体誰だと思いつつも、辺りを見回したが、呼び出したであろう人物はどこにもいなかった。
ただ、その場に残されていた気配から察するに、我は外宇宙の神に嵌められたらしい。
まったく、今度は何をやらかそうというのか。
別に、奴らが何をしようと知ったことではないが、こうもたびたび邪魔をされると、腹も立ってくる。
しかも、今回は、いつの間にか我の体の一部を抜き取っていったようだ。
大した傷ではないが、あれには我が権能の一部が含まれている。下手な人物の手に渡るのはまずい。
そう思って、我は体から別たれた棘を探すことにした。
幸い、棘はすぐに見つかった。
持っていたのは、一人の人間。どうやら、謎の人物に棘を渡されたらしく、これを使えば、死者を操ることすら可能だと言われたようだ。
確かに、我は死を司る神。死者を甦らせ、使役することも可能ではある。
ただ、それを行うのは、我でなければならない。
死者への敬意を持たない者が、ただの道具として死者を利用することは看過できないし、仮に敬意を持っていたとしても、我の力を勝手に利用されるのはいい気はしない。
ただ、これはチャンスでもある。
なにせ、ここは異世界だ。知らない場所に呼び出されることはあっても、世界を超えることなどそうそうない。
召喚者がいない以上、帰るためには、ある程度の信仰を集め、信者達に帰還の呪文を唱えてもらわなければならない。
であるなら、この人間を利用し、信仰を集めさせるというのは、なかなかにいい案だと思う。
我が直接出向くのは、色々とリスクもあるしな。
そう言うわけで、死者を操る術を使うことは禁止した上で、その人間には契約者となってもらい、信仰を集めてもらうのを条件に、我が権能の使用を許可した。
後は、人目に付かないところで、静かに時を待てばいい。
そう思っていたのだが……。
『よもや、愛し子がいようとはな』
我は、常に辺りに死を振りまいていると言っていい。
我が神気に触れるだけでも、人は発狂し、自ら死を選んでしまう。
我が見ている時ならば、信者とすることで自死ではなく、新たに死の救済を求める者を探してくれることもあるが、それでも手を加えなければ危うい状況なのは確か。
だからこそ、我を前にしても動じることなく、平然と相対できるというのは、それだけで強力な切り札となる。
以前いた世界では、そうした愛し子がいた。
まだ幼い少女だったが、我を前にしても逃げることなく、発狂することもなく、無垢な笑顔をこちらに向けてくれた。
我の前に現れる者は、大抵が死を願っている。我がそうさせてしまうというのもあるが、死の救済を願う者は、自然と我に惹かれるのだ。
だからこそ、まともな話ができる者などそうそういなかったし、いたとしても相手をしようなどと考えたこともなかった。
だが、実際前にしてみると、なかなか愛おしいものである。
我は、その少女にできうる限りの加護と呪文を与えた。
死を司る神なのに、生きろと言うのかと笑われたこともあったが、別に、我は何でもかんでも死を与えようなどと思ったことはない。
ただ単に、我を前にした人は大抵が死を選んでしまうだけで、必要とあらば、助けることもする。
その少女も、今では立派な魔術師となったが、今はどうしているだろうか。
そう気を揉んでいたこともあったが、ここにきて、この異世界でも、愛し子に出会ったのである。
[え、あ、えっと……]
その人間は、我が愛し子とよく似ていた。
それに加えて、我を前にしても、発狂することなく、怯えてはいるものの、何とか言葉を紡ごうと、必死な様子だった。
契約者の話では、魅了の権能を使ったらしい。だからこそ、僅かばかりでも耐性ができていたというところだろうか。
契約者は、しばらくこの人間を預かってほしいと言い、去って行ってしまった。
やれやれ、我が人間の子守を押し付けられるとは、随分と舐められたものよ。
だがまあ、この人間には興味がある。
いくら魅了があったとはいえ、普通は我を見れば発狂する。自死を選ばなかっただけでも、かなりの胆力を持っていると言っていいだろう。
我は、その人間に歩み寄り、声をかけた。
それから、我とその人間、ヒヨナとの、奇妙な生活が始まった。
[ルディって言うの? 私は一夜、よろしくね]
話してみると、意外と気さくで面白い人間だった。
当初、ヒヨナは我のことを竜だと思っていたらしい。
実際に竜を目にしたことがあり、その竜達はとても優しい者達で、だからこそ、我も同じ類の存在なのだろうと考えたようだ。
我の神気を浴びてなお、その発想ができるのは、素直に称賛できる。
ヒヨナは様々なことを話してくれた。
好きなもの、嫌いなもの、興味があるもの、家族のこと。
特に家族に関しては、兄が一人いるらしい。その兄に、ここに連れてきてもらったら、契約者に攫われたようだった。
なんとも数奇な運命だが、話しているうちに、我はすっかりヒヨナのことを気に入ってしまった。
それはそうだ。我が愛し子とかなり似ているばかりか、気さくに話しかけ、怖がる様子もない。
まさに逸材。安易に愛し子を増やすべきではないのはわかっているが、それでも、保護する対象として見るには十分すぎた。
我は、いくつかの加護と、呪文を授けた。
呪文に関しては、さっぱりと言った雰囲気だったが、知識として頭の中にあるだけでも違う。
それに、重要なのは、我と話をしてくれるということ。最低限、脅威から身を守れるならば、なんでもよかった。
そうして話していること数日、不意に、我が権能の気配を感じた。
それは、あれほど使うなと言っていた死者を操る権能。
まさか契約者が、と思ったが、我との約束を破るはずがないと思い、すぐさま向かった。
すると、待っていたのは、一匹の竜だった。
傍らには、我が棘を手にした奇妙な人族もいる。
辺りは蠢く死者で埋め尽くされており、どう考えても、こいつらがやったことは明白だった。
死者を冒涜することは、我を冒涜することと同義。罰を与えようと思ったが、どうにも話が違うらしい。
その場にいた竜の証言により、権能を使ったのは我が契約者だと判明。
まさか、信者ともあろうものがそんな愚かなことをするとは思わなかったが、ヒヨナがこの竜は嘘をつかないというのだから間違いない。
その後、その棘はその竜、ヒヨナの兄の下へと渡ることになった。
なんでも、元々ヒヨナは別世界の住人であり、ここに来たのは、単なる観光のようなものらしい。
だったら我がついて行けばいいとも思ったが、異世界で見知らぬ神が活動することは、あまりいい顔をされないらしい。
確かに、外宇宙からやってきた神々のように、好き勝手に支配しようというのは現地の神からしたらいい気はしないだろう。
ヒヨナを取られると思い、少し食い下がって見たが、ヒヨナは我よりも、その兄のことの方が大事なようだ。
まあ、仕方ない。家族は大切にすべきだし、肉親だというのなら、その絆も強いはず。ましてや、どうやらこの兄も、数奇な運命を辿ってきたようだし、礼儀を考えても、横取りするのは非常識だろう。
我は、条件を付けて、ヒヨナを手放すことに決めた。
ヒヨナが別世界の住人であり、この世界にあまり来れないというのなら、せめてこの世界に来た時くらいは、共に過ごしたい。
ヒヨナは、我が認めた数少ない愛し子。このまま永遠に離れ離れは、心苦しいからな。
次いつ来るかはわからないが、少なくとも、人間である以上は、数百年とは経たないはずだ。
もし約束が守られなかった時は、考えがある。なに、彼の竜は真面目な性格のようだ。約束を反故にすることはあるまい。
我は、今日も一人で待つ。
次に来る、ヒヨナの笑顔を思い浮かべながら。