第五百九話:約束
『あの、一夜? 何言ってるの?』
[あ、ハク兄。いいでしょ? 私、ルディと一緒にいたい]
『いや、そんな捨てられた猫を拾ってきた時みたいなこと言われても……』
どういうわけかはわからないが、一夜のルディに対する好感度はそれなりに高いらしい。
まあ確かに、割と礼儀正しい性格っぽいし、下手なことしなければ一緒に暮らしても問題ないのかもしれないけども。
でも、辺りに漂う死の匂いは看過できない。
こんなのが一緒にいたら、私はともかく、お兄ちゃん達が参ってしまう。
元の世界に帰るのだとしても、異世界の神様をあちらの世界に送るなんて考えたくもないし、そこで信仰を増やされても困る。
あちらにはあちらの神様がいるし、どう考えても異物だしね。
一夜も、その辺わかってるんだろうか。相手は神様だぞ?
『できれば、独り占めしたいというのはあるが、同意も得ずに他神の愛し子を奪うほど落ちぶれてはいない。汝が許可を出すのなら、我は契約者の指示に従おう』
〈えっと、そもそもの話ですね……〉
仕方ないので、私は一夜がこの世界の住人ではないことを話す。
この世界に来たのは、観光のようなものであり、しばらくしたら元の世界に帰ってしまう。
そして、別世界で無断で信仰を集めることが、非常識であるということも伝えた。
まあ、ルディの世界ではどうか知らないけど、クイーンとかの例を見ると、まさにそう言うことをやられて困っている状況なはず。
であるなら、私のこの意見にもある程度同意を示してくれるはず。
『別世界で信仰を広めるのが非常識というのはわかる。だが、汝はそれをやっているのでは?』
〈色々事情があるんです。少なくとも、私は信仰を増やす目的で一夜と一緒にいるわけではありません〉
この際だから、私が元は別世界の人間だったということも話す。
なんか、ずっと隠してきたことなのに、見知らぬ神様に暴露してしまうのかとちょっと不安に思ったけど、どうせここから誰かに伝わることはない。
いや、クイーンにはもしかしたら伝わるかもしれないけど、だからどうしたって話だよね。
とにかく、私は世界を乱そうとしているわけではないということがわかってくれたら十分だ。
『事情は把握した。汝も辛い人生を歩んできたのだな』
〈え、ええ、まあ……〉
『ならばせめて、我が契約者がこの世界に来た際、共に行動することを許してもらえないだろうか。契約者の兄……兄? であるというのなら、契約者がこの世界に来るまでの間、手助けをしよう。いかがだろうか?』
つまり、一夜があちらの世界に帰れば追うことはないけど、もし次にこちらの世界に来たら、一緒に行動したいと。
見返りは、私のことを手助けしてくれるらしい。
何をしてくれるのかいまいちよくわからないけど、未熟な神様だと思ってるっぽいし、神様としての手伝いって感じなのかな。
まあ、悪くはない、のかな?
異世界の神様は、ことごとく居場所が知れない中、一緒にいてくれるというのだから、探す手間が省ける。
クイーンと敵対しているかはわからないけど、恐らくは敵対していそうだし、いざという時の戦力としても期待できるかもしれない。
その雰囲気さえ抑え込んでくれるのなら、どうにか一緒に暮らすことは可能になりそうだけど……。
〈……その、威圧? を抑えることができるのなら、構いませんよ〉
『威圧? 死者の匂いのことか? 死を司る神故、完全に抑え込むのは難しいが……ならば、こういう形はだろうだろう』
そう言って、地面に転がっていた竜の角を拾い上げる。
そう言えば、忘れていたね。
『何かあった時に、その棘に語り掛けよ。さすれば、いつでも駆け付けよう。もちろん、我が契約者が現れた際にも、伝えることを条件とする。共にいるのが難しいのなら、必要な時にだけ共にいればよい。我は、契約者との蜜月の時を過ごせればそれでよい』
〈なるほど……〉
つまり、さっき現れたのと同じように、普段は別の場所にいて、呼んだ時で来るってことね。
確かに、それなら一緒にいない分、威圧感を気にする必要はない。
ただ、それだとみすみす逃がしてしまうことになる。
いくら呼びかけたら来るとはいえ、応じないことだってできるのだから、異世界の神様を見つけておくという意味ではマイナスだろうか。
『……ルーシーさん、どう思います?』
『そうですね。竜の角という媒介があれば、流石に追うことは可能かと思います。現状は大人しいようですが、いつ牙をむくかもわかりませんし、そばに置いておくよりは、そちらの方がいいと思いますよ』
どうしたらいいかわからずに、近くにいるはずのルーシーさんに助けを求めると、そう言う答えが返ってきた。
いつでも追えるのなら、それでもいいか。
なんだかんだ、一夜のことを気に入っているっぽいし、礼儀正しい性格でもあるだろうから、いきなり約束を反故にはしないだろう。
もちろん、異世界の神様だから、完全に信用していいものではないと思うけどね。
実際、ヘクスは契約を破ったからという理由で、干からびさせられたわけだし、一夜にもその危険がないわけじゃない。
一夜のことを考えるなら、遠ざけた方がいいのは確かなんだろうけど、下手に拒否して今ここで暴れられても困る。
現状、私ではルディには勝てないと思うしね。
だから、ここはここで妥協しておくのがいいと思う。
〈わかりました。それで行きましょう〉
『理解に感謝する。我が契約者よ、再びこの世界を訪れた時は、共に語らおう』
[まあ、それが落としどころかな。わかった、次来た時はいっぱい話そうね]
実態がないから、いまいち滑稽に見えるが、二人は愛を語らうように、体をすり合わせていた。
なんかすっごい複雑な気分なんだけど……。
『では、契約者の兄よ。我はここで失礼する。約束を忘れるでないぞ』
〈わ、わかりました〉
『ではさらばだ』
その途端、すぅっと暗闇が消えていき、一夜と竜の角だけが残された。
どうやら、去っていったらしい。辺りに充満していた死の匂いも、徐々に薄れて行った。
どっと体が重くなる。相当緊張していたようだ。
「なんなのあの化け物は……」
「流石に肝が冷えましたね……」
元凶がいなくなったおかげで、鏡月団の皆さんも動けるようになったのか、その場に座り込んでいる。
あの威圧感を前に、立っていただけでも凄い。
私も、ほっと息をついて、元の姿に戻る。
気が付けば、朝日が昇り始めていた。
かなりの激闘と、神様の介入があったけど、結果としては、一夜は取り戻せたし、当初の目的は達成したと言っていいだろう。
後は、この惨状によって引き起こされる国の行く末を考えるだけか。
私は、一夜の体を確かめながら、ひとまず無事に帰ってきてくれたことを喜ぶことにした。
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