第五百八話:神様と契約した妹
一夜が説明を終えると、神様は納得したように頷き、こちらに頭を下げてきた。
『誤解があったようだ。疑ったことを謝罪する』
〈い、いえ、わかっていただけたのなら何よりです……〉
神様にしては随分と礼儀正しい。
というか、状況がわからない。
恐らくは、この竜の角の持ち主であるということはわかるけど、なぜ一夜のことを契約者と呼び、共にいるのか。
一夜が無事だったことは喜ばしいことだけど、状況を説明してほしい。
『一夜、これは一体どういうことなの?』
[あ、うん。今説明するね」
そう言って、一夜は説明を始める。
ヘクスによって連れ去られた一夜だったが、ヘクスはまず、この神様、名前をルディというらしいが、それに会わせたのだという。
元々、ヘクスの目的は、自分の嫁として一夜を手に入れることだったようだけど、ヘクス自身、竜の角を使いこなしているようで、そうでもなかったのか、そうそうにルディに居場所を特定され、出会ったようだ。
その過程で、ルディの信者、すなわち契約者となり、信仰を集めるのなら、竜の角の使用を許可するという約束をしたようだ。
だからこそ、将来を共にする予定の一夜には、自分が崇拝する神様を紹介しておきたかってことだろうね。
ただ、その際に、ルディの方が一夜に興味を示した。
なんでも、一夜は、元の世界で、自分を崇拝していた少女と外見が似ていたらしい。
無理矢理この世界に連れてこられ、気を揉んでいた時に出会った似た女性を前に、ルディも心を許したのか、色々と話すことがあったようだ。
ヘクスも、一夜を正式に妃に迎えるために、さっさと帝国と決着をつけたいと思っていたのか、一夜をルディに預け、単独行動していたこともあって、一夜はルディと長らく話す機会があった。
そして、数日間話した結果、ヘクスではなく、一夜を契約者に選んだ方がいいと判断したルディは、次にヘクスが訪れた時には契約を切ろうと考え、その時を待っていた。
[でも、いつまで経っても現れないばかりか、死者を蘇らせる権能を使われた形跡を見つけて、慌てて駆けつけたら、こんな状況だったから、疑っちゃったってわけ]
『な、なるほど……』
色々言いたいことはあるけど、偶然とはいえ、神様と仲良くなってる一夜は異常だと思う。
私でさえ、近くにいたらいつ殺されるかわからないような死の匂いが充満したこの神様と一緒にいたいとは思わないのに、一夜は契約者となることを受け入れているようだし、肝が据わってるなんてもんじゃない。
竜相手に固まっていたあの頃の一夜はどこへ行ったのか。
それとも、魅了の影響で恐怖が薄れていたのか? 崇拝している相手なら、恐怖は感じないだろうし。
『今一度確認する。死者を冒涜したのは、そこに転がっている我が契約者で間違いないな?』
〈は、はい、その通りです……〉
『承知した。我が権能は、死者を操ることができるが、その力を他人が振るうことを良しとしない。我が契約を反故にした罪は大きい。彼の者には、罰を与えよう』
そう言って、ルディは体から暗闇を伸ばし、ヘクスの体を覆っていく。
その体は、見る見るうちにやせ細っていき、やがて骨と皮だけの醜い姿となった。
あれは、殺しちゃったのかな……。
いや、そうされて当然のことをしていたとは思うけど、えぐいなぁ。
でも、私もヘクスのことを許すつもりはなかったし、神様が手を下してくれたのなら、自分の手を汚さずに済んでよかったと考えるべきなのかな。
ベスさんが聞いたらどう思うだろう。流石に悲しむのかな。
〈ひとまず落ち着いてきたけど、これからどうしようかな……〉
辺りには、いつの間にか死体に戻ったゾンビ兵と、気絶した兵士達がずらりと並んでいる。
とりあえず、生き残りは手当てしてあげるのは当然として、この惨状は、いずれ国に伝わるだろう。
それは、キラコー帝国も同じだろうし、これが戦争の火種となってもおかしくはない。
まあ、鏡月団を始めとして、グラーニ王国からの支援があれば、対抗できそうな気がしないでもないけど、帝国も大きいし、すぐさま決着というわけにはいかないはず。
となると、これからこの周辺諸国は、長い戦争に明け暮れることになるわけで、そんなことをしたら、他の国はともかく、ロスカティス王国は持たない気がする。
どうにか丸く収めたいところだけど、どこか落としどころはあるだろうか?
『沙汰は下された。我は新たな契約者と共に、信仰を広めていくとしよう』
〈ちょ、ちょっと待ってください!〉
なんだか帰ろうとしているルディを、慌てて引き留める。
いや、ヘクスの時と同じなら、一夜は自由に動けるのかもしれないけど、そのまま持って行かれる可能性もあるし、しっかり話し合っておかなければならない。
『まだ何か用があるのか?』
〈えっと、その……まずは一夜を帰していただけませんか? 私の妹なんです……〉
『妹? 我が契約者は神の愛し子だったか。他神の愛し子を横取りするのは、礼儀にもとる。その言葉が真実ならば、解放するのは吝かではない』
〈よかった……〉
『しかし、愛し子であるならば、他神に奪われぬように加護を施し、呪文を与え、手厚く保護するのが神の務め。汝はその条件を満たしていないように思える。愛し子の将来を思うのなら、我に預けるのが賢明と判断するが?』
〈えっ!? そ、それは……〉
色々とずれている部分はあるが、確かに一夜を守ると言いながら、守り切れずにこんな体たらくになったのは事実である。
やってることは横取りだとは思うけど、正論ではあるから、少し言い返しにくい。
もちろん、一夜は愛し子ではなく、本当の妹なので、そう言う問題ではないんだけどね。
そもそも、ルディがきちんとした神様なのかもわからないし、仮にきちんとした神様だったとしても、住む世界が違う。
どのみち、渡すわけにはいかない。
[ルディ、ルディのことは好きだけど、ハク兄は私の大事な家族なの。だから、意地悪しないで上げて?]
『しかし、我が契約者よ。神としての格は、我が圧倒している。我が権能の一部でさえ、苦戦するような体たらくだ。どちらが優れているかは、明白だと思うが?』
[優れているとか優れてないとか、そう言うことじゃないの。家族はとても大切なもの。ルディだって、気持ちはわかるでしょ?]
『なるほど、確かに家族は大事にしなければならない。しかし、我と汝は、すでに家族同然。我のことは大切ではないのか?』
[ルディのことも大事だよ。だから、一緒にいればいいんじゃないかな]
『一緒に?』
[うん。契約者とか関係なく、一緒に楽しく暮らすの]
なんか一夜がとんでもないこと言いだしたぞ。
ルディと一緒に暮らす? いやまあ、どのみち異世界の神様は全員見つけないといけないし、近くにいてくれるのならありがたいと言えばありがたいけども。
なんでこんなに気を許しているのか知らないけど、勘弁してほしい。
私は、読めない展開に、冷や汗を流した。
感想ありがとうございます。