第百二十七話:魔力の塊
少しだけ時は戻って。
意識が朦朧としていた。アリアが治癒魔法をかけてくれたからぎりぎりのところで意識を失うことはなかったけど、周囲の様子を窺う余裕はなかった。でも、度重なる地震や王子の必死な声から多分残りのギガントゴーレムが現れたんじゃないかとは予想ができていた。
正直言って、王子がギガントゴーレムに勝てるとは思っていない。剣術には自信があるみたいだったけど、王子は私と同い年。せいぜい、一緒についてきた護衛の騎士と同等かそれ以下だろう。そもそも、仮にAランク冒険者並みの実力を持っていたとしても、魔法が使えなければ話にならない。
王子が使える魔法はまだ初級魔法程度だと聞いていた。私に教わりたいとかも言っていた気がする。そんなことしなくても、王子の歳なら学園に行けば教えてくれるだろうに。
そういえば王子って学園に通ってるのかな? そこそこ頻繁に会っているけど、大体会うのは夕方な気がする。お昼は学園に行ってるんだろうか、それとも単に城に籠ってるだけなのだろうか。
まあ、そんなことは今はどうでもいい。重要なのはさっさと私が復帰しないと王子の身が危険だということだ。
派手に落盤を起こしたせいでお姉ちゃん達とは完全に分断されてしまっている。今戦えるのは王子一人だけだ。どう考えても勝ち目はない。
早く起きないと……だめだ、痛すぎて動けない。というか足が折れている気がする。さっきからじんじん痛むし、ほんのわずかに動かしただけで激痛が走る。
アリアが治癒魔法をかけてくれているけど、この調子じゃ少なくとも復帰するのに数時間はかかるだろう。しかも、その後再起不能になるって言う条件付きでその時間だ。今後の事を考えた場合もっとかかるだろう。
私は常人よりは回復能力が高いみたいだけど、流石にすぐに骨折が治るわけもない。さて、どうしたものか……。
『ハク、しっかりして! すぐに治してあげるからね!』
アリアの必死の声が聞こえる。返してあげたいけど、今は【念話】をするのも億劫なくらい頭が回っていない。
……そういえば、アリアって魔法が得意なんだよね? 普通は必要らしい詠唱も使っているのは見たことがないし、威力や精度だって並外れているのはよく知っている。最近は魔法の研究の相手をしてくれる時くらいしか魔法を使っていないけど、戦力としては十分に数えられるはずだ。
『あり、あ……』
『ハク!? 大丈夫だからね! 絶対助けるから!』
『王子を……手伝って、あげて……』
『なっ!? で、でもそれじゃあハクが!』
『わたし、は、だいじょぶ、だから……』
王子の護衛依頼を受けてここにやってきたのにその王子を守れなかったのでは冗談では済まされない。王子は私を信頼して指名依頼をしてくれたわけで、私がついていれば大丈夫だと思ったからこそ依頼してくれたのだ。いや、もしかしたら多少私情が混ざっていたかもしれないけど、それでも信頼してくれたからにはそれに応えなくてはならない。
今の状況は完全に私の怠慢が原因だ。魔術師なら余裕だろとたかをくくっていたせいでこんなことになっているのだ。それで王子を死なせるようなことは絶対にあってはならない。
本当ならアリアにこんなことを頼むのはよくないのかもしれない。アリアは人間が苦手だし、人間を助ける義理もない。でも、ここで戦わなければ確実に王子は死ぬ。アリアに嫌われるのは嫌だけど、王子に死なれるのも寝ざめが悪くて嫌だった。
『今治癒魔法を止めたらハクが死んじゃう!』
『だい、じょうぶ、だよ……』
本来ならとっくに意識が飛んでいるところをアリアの治癒魔法のおかげで繋ぎ止めているのだから、ここでアリアが王子の加勢に回り、治癒魔法をやめてしまえば私は意識を保っていられなくなるだろう。
幸い、大怪我ではあるが命に別状はないと思う。ここで意識を失ってもここを切り抜けられれば後に目覚められるだろう。だけど、それではアリアが気が気ではないらしい。それなら、自分で自分に治癒魔法をかければいいだけだ。
私はわずかに手を動かして自分に治癒魔法をかけ始める。ぼんやりとしか浮かんでいないせいで効力としてはあまりよくないが、それでも意識を繋ぎ止めるくらいには効果があるはずだ。
自分で治癒魔法を使う私を見て、アリアはしばし逡巡したように表情を歪める。そして、私にかけていた治癒魔法を中断した。
『絶対死んじゃダメだからね! 約束だよ!』
後ろ髪を引かれる想いで私から離れるアリア。
その約束を果たせるかどうかはアリアにかかっているが、アリアはそれには気が付いていないらしい。
まあいい。アリアがその気になってくれたのならしばらくは安泰だろう。今でこそ単発の威力だけなら私の方が上だが、細かい操作技術はアリアの方が上だ。倒せはしないまでも、脚止めくらいは容易だろう。
「さ、て……」
こふ、と口から血が溢れてくる。しかし、一人になったことで少し冷静になれたようだ。先程までの治癒魔法のおかげもあって、だいぶ頭が回るようになっている。
この状況、片目が開かないし、起き上がれもしないから具体的にどういう状況になっているのかはよくわからないけど、残りのギガントゴーレムが現れて、王子がそれに応戦しているという状況なのは間違いないだろう。
ギガントゴーレム一体くらいだったらアリアだけでも突破は可能だろう。王子に見られないように姿を隠しながら、というなら少し厳しいかもしれないが、それくらいの実力はある。
もし二体以上いたなら、突破は難しいだろう。アリアが攻撃を食らうとは考えにくいが、もし食らってしまえば一撃でお陀仏だ。そうならないように慎重に相手をするにしても、二体相手では分が悪すぎる。
できれば一体しかきていないのが理想だが、常に最悪のパターンを想定しておくべきだろう。
仮に二体以上だった場合は突破は困難。ならば逃げるかと言われれば、そういうわけにもいかない。私を押しつぶした落石は相当広範囲に落ちたようだ。お姉ちゃん達と分断されるくらいには広範囲に広がっているらしい。
そうなると、脱出口がない。奥に進むにはゴーレムが邪魔だし、後ろは岩で塞がっている。仮にゴーレムをかわして奥に進めたとしても、その先に出口があるかはわからないし、そもそも私が満足に動けない以上はすり抜けるのも難しいだろう。私を置き去りにすればワンチャンあるかもしれないが、アリアがそれを許すはずもない。
アリア一人で戦うには負担が大きすぎるし、やはりここは私が出るべきなのだろう。しかし、私の治癒魔法では足の骨折すら短時間では治せない。
これ、割と八方塞がりなのでは? 逃げるに逃げられないし、戦っても勝ち目は薄い。一縷の望みがあるとしたらお姉ちゃん達がどうにかしてこっちに来て加勢してくれることだが、この落石を突破するには相当時間がかかるだろう。いや、アグニスさんなら力技であるいは? ……いや、あまり派手にやると二次被害があるだろうしお姉ちゃんが止めるだろう。援軍は厳しい。
うーん、せめて起き上がれれば魔法の一つや二つくらい撃ち込めると思うけど、こうも体が痛いと何とも。なんか頭痛もするし。
確かにここは魔力溜まりだけど、頭痛が起こるほど魔力は溜まっていないはずなんだけどな。怪我のせいかな?
もぞもぞと身体を動かしていると気づく。確かに手足や頭は痛いけど、腹部はそこまで痛くはない。出血している感覚はあるけど、熱を持っているだけで痛みはない。いや、最初は痛かったはずだ。少なくとも、アリアに治癒魔法をかけてもらっている時は痛かった。
お腹に意識を集中してみる。すると、そこには大量の魔力が滞留していることに気が付いた。
もしかして、傷口から周囲の魔力が流れ込んできている? ああ、だからこんなに頭が痛いのか。勘弁してほしい。
流れ込んできた魔力は私の身体に滲み込んでいく。それは純粋な魔力ではあるけど、すぐに私の魔力となることはない。魔力溜まりの魔力はそういうものであり、だからこそ人にとっては毒とされているのだ。
だが、この感覚は何だろう。まるでぬるま湯につけられているかのような心地よさを感じる。確かに頭痛はするけれど、それすら慣れ親しんだ当然のものであるが如く、当たり前のように受け止められている。
魔力が体を流れ、全身に行き渡っていく。それと同時に、胸の中に熱い何かを感じた。心臓の様に脈打つそれは魔力に触れるたびに大きくなっていき、パンパンに膨れ上がっていく。それがなんであるかを自覚すると、それを待っていたかのように大きく弾けた。
ああ、これは……私の魔力だ。
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