第百二十四話:絶体絶命
もはや避けるという行動をとるには遅すぎた。ただ呆然と岩が降ってくるのを見つめていた。
「ハク! くそっ!」
王子が駆ける。呆然と立ち尽くす私を救わんと地を蹴る。
それは無謀な賭けだっただろう。下手をすれば王子も巻き込まれて岩の下敷きになるというのに。
身体強化魔法は掛けてなかったというのに動きがゆっくりに感じる。必死に伸ばされた手を他人事のように呆然と見つめながら、ぐしゃりと言う音が響く。
「「「『ハク―!!』」」」
意識が遠のく。全身が痛い。ただただ、みんなの悲鳴のような声が聞こえる。
落盤は思いの外広範囲だったようだ。私を中心にしてちょうどお姉ちゃん達と王子を分断するように降りしきった。
持っていたランタンは岩に潰されて砕け、辺りは暗闇に包まれる。ああ、まずい。非常にまずい。お姉ちゃん達はまだしも、王子を一人にするわけにはいかない。
気合で意識を繋ぎ止め、動こうと全身に力を籠める。痛い。全身が圧迫され、体が思うように動かない。なんとか、しないと……。
「ハク! ハク!!」
近くでガラガラと必死に岩を掻き分ける音が聞こえる。悲痛な叫びが空洞内に木霊し、消えていく。どこからかくぐもった声で同じように叫んでいるのはお姉ちゃんだろうか。分断された岩の向こう側から叫んでいるのかもしれない。
ああ、大丈夫だろうか。一体は後一撃も当てれば倒せるとはいえ、二体を二人だけで相手にするのはきついのではないだろうか。もちろん、二人の実力は本物だ、負けることはないだろう。しかしそれでも、心配なことに変わりはなかった。
「ハク! 無事か!」
「ぁ……」
顔の前にあった岩が取り除かれ、王子の顔が覗く。必死の形相で目には涙を湛えていた。
ああ、手がボロボロじゃないですか。王子なのに、自分を大切にしないとだめでしょう?
そんな軽口を叩きたかったが、口から零れたのはわずかな吐息だけ。これでは心配させてしまう。
防御魔法を自分にかけなかったのは失敗だったかもしれない。そうすれば、ここまでの怪我はしなかっただろうに。
今、私の身体どうなってるんだろう? 潰れてめちゃめちゃになってるんだろうか、それとも運よく急所を外れて骨折程度で済んでいるのだろうか。痛すぎてよくわからない。
『ハク、生きてた! 待ってて、すぐに治療するから!』
岩が退けられた瞬間、頬に暖かな感触がした。姿は見えないが、恐らくアリアだろう。
ぽぅっと全身が淡い光に包まれる。暖かな感触が全身をかけ、痛みを和らげてくれる。アリアの治癒魔法だ。
「これは、治癒魔法? ハク、頑張れ!」
隣で王子が縋りついて体を揺さぶってくる。正直、揺さぶられるたびに鈍い痛みが走るから止めて欲しいけど、それを言うだけの気力はない。
アリアの治癒魔法が優秀だと言っても、全身を岩に潰された人間を瞬時に元気にするだけの力はない。治癒魔法はあくまで治癒力を高める魔法であり、完全に修復する魔法ではないのだ。
だいぶ楽になったとはいえ、まだ動くには程遠い。早く回復してお姉ちゃん達の加勢に行かないといけないのに、全く、なんで油断するかな。
思わず自分を叱咤する。どんなに強い人間でも油断してしまえばそこに付け込まれる。常に警戒していなければ戦場では生き残れない。頭ではわかっているつもりなんだけどな。行動に現れていないのは癖なのか何なのか。悪い癖だ。
ひとまず命の危機が去ったことを感じたのか、王子がほっと胸を撫で下ろす。未だ予断を許さない状態とはいえ、ひとまず助かったというべきだろう。
しかし、そんなつかの間の休息もすぐに終わりを告げる。
ずしん、ずしん。空洞を震わせる足音が聞こえる。そう、足音だ。
暗闇から姿を現したのは巨大な人型。青色の岩を体中に張り付けたかのような容姿はドワーフ達の生活にも用いられる身近な存在だが、今この場においては恐怖の象徴でしかなかった。
先程の吠え声に呼び起されたのか、落盤によって目を覚ましたのかはわからない。しかし、頭部にあるコアは私達を敵と認識したのか、激しく明滅を繰り返していた。
ギガントゴーレムは全部で五体いるという話だった。先程二体出会ったのだから、残りの三体が出てきたところで不思議はないだろう。
仄暗い空間の中に光る三つの赤い光。その視線がすべて、私達に注がれていた。
落盤に潰され、私は動けない。お姉ちゃん達とは分断され、援軍は望めない。今この場で戦えるのは王子と、私に治癒魔法をかけ続けているアリアだけだ。
ゴーレムは魔術師にとってはそこまで脅威ではないと言っていた。しかし、それが適用されるのは一対一の時だけだと知る。
動きが遅いゴーレムは攻撃の動きも緩慢だ。非力な魔術師でも容易に避けることが出来る。とはいえ、絶対に避けられるというわけではない。
ゴーレムが巨大になればなるほどその攻撃範囲は広くなっていく。いくら動きが緩慢でも、多少の素早さがなければ当たってしまうかもしれない。そして、一発でも当たれば致命傷、もはや魔術師に勝ち目はない。
魔術師がゴーレムに有利というのはゴーレムの弱点が魔法であり、且つ攻撃される前に多数の魔法を撃ちこめるからだ。
一対一なら攻撃されるリスクを考えても有利に立ち回れるだろう。しかし複数が相手ではどうだ?
一体を相手にしている間に他のゴーレムが近づいてくる。攻撃してくる。ゴーレムは意思を持たない故に自身が傷つくことを恐れず立ち向かってくる。
いくら魔術師が優秀だったとしても多勢に無勢では敵わない。仮にここでアリアが治癒魔法を中断し、正体がばれるのを覚悟で戦闘に参加したとしても勝ち目は薄い。
Aランクゴーレムが三体というのはそれだけ脅威ということだ。本来なら一度撤退し、体制を整え直すのが正解だが、退路を断たれている今それもできない。つまり、負けるとわかっていても戦うしかないのだ。
「こんな時に……!」
王子はとっさに立ち上がり、腰に佩いた剣を抜く。武骨なロングソードは王子の持ち物というだけあってよく鍛えられた一級品であったが、ギガントゴーレムを相手にするには少々心許ない。何の魔法もかけられていない剣で切り付けたところで弾かれ、刃を欠けさせるのが落ちだ。
それでも王子は立ち向かう。愛したものを守るために。
「行くぞ!」
王子が駆け出し、手近な場所にいたゴーレムに切りかかる。ガキンッと硬い音が響き、王子がよろめいた。
ゴーレム達はそんな王子の様子を歯牙にもかけず、緩慢な動きで腕を振り下ろしてくる。
とっさに飛び退くものの、振動によって足を取られ、動きを封じられる。その隙を狙って別のゴーレムが足を振り下ろす。間一髪のところでそれを避け、再び振動に足を取られる。
その繰り返しだった。ただでさえランタンをなくし、暗闇からの一撃に精神をすり減らしているというのに思うように動けない。かろうじて避けているものの、その風圧だけで倒れてしまいそうになるほどの衝撃が走り、王子は悉く翻弄されていた。
万が一にも勝ち目はない。それでも王子は果敢に攻め続ける。それが役割だと言わんばかりにゴーレムを睨みつける顔は決意に満ちていた。
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