第百二十三話:ギガントゴーレム
現れたギガントゴーレムは緩慢な動作で両腕を振り下ろす。
私はとっさに身体強化魔法をかけ、王子を抱き上げると思いっきり前に跳んだ。
ずどん、と大きく地面が揺れる。パラパラと天井から小石が落ち、私達の周りに降り注いだ。
「なっ……! す、すまない。ありがとう」
「いえ、王子は後ろへ」
一瞬呆けていた王子を背中に隠し、ギガントゴーレムと対峙する。
危ないところだった。いくら緩慢な動作だったからと言って、先んじて気づけなければそのまま潰されていたかもしれない。
ギガントゴーレムの名に恥じず、その大きさは5mを超えていた。腕は丸太のように太く、ごつごつとした形状は下手な棍棒よりも凶悪な武器となるだろう。
頭部にある核は赤い光を湛えており、無機質な視線が私達を見下ろしている。
「アグニス、炎を!」
「わかってるよ!」
お姉ちゃんが即座に飛び出し、アグニスさんは大剣を抜いてその刃に炎を纏わせる。
常人では見切れないほどの素早さを誇るお姉ちゃんの動きにギガントゴーレムは対処できない。緩慢な動きでその姿を捉えようと動いているが、遅すぎる。
そうして翻弄している間にアグニスさんが切りかかる。炎を纏った剣がゴーレムの身体に打ち付けられ、ガキンと激しい金属音を響かせた。
「チッ、硬ぇ」
足元にやってきたアグニスさんを踏み潰そうと振り上げられた足を見て即座に一歩引きさがる。
確かに炎を纏わせた剣ならば魔法が付与されている分通りはよくなる。しかし、元々物理耐性の高いゴーレムに対しては生半可な攻撃ではやはり効果は薄いようだった。
「ゴーレムって何属性なんだろう?」
『基本的には土だよ。火山地帯とかだとたまに火属性もいるけど』
「土か。なら風だね」
背中から杖を抜き放ち、周囲を動き回っているお姉ちゃんに当てないように注意しつつ、風の槍を叩き込む。狙いは頭部、これ見よがしに点滅してるコアだ。
生み出された槍は狙い過たず頭部に命中する。ゴーレムの身体が大きくよろめいた。
やはり土には風がよく効く。相性って大事だね。
「ヴォォオオォォオオ!」
ゴーレムが吠え、思い切り地面を踏みつけた。地震と見まがうほどの揺れが私達を襲う。周囲の壁が軋み、天井にあった魔石がガラガラと崩れ落ちてくる。
苛立って、というわけではないだろう。ゴーレムには意思がなく、敵対者を排除するためだけに動く。だから、踏みつけたのは自身を支えるためだと思う。
十中八九ゴーレムの弱点は頭部のコアだ。転んでくれたら狙いやすくてよかったんだけど、流石にそこまで簡単にはいかないらしい。
「ぅおらぁ!」
しかし、これをチャンスをばかりにアグニスさんがゴーレムの足を踏み台にして大きく飛びあがった。その跳躍力はすさまじく、傾いで低くなった頭へと瞬時に辿り着く。そして、炎を纏わせた剣を赤く光るコアへと叩き付けた。
ぴしっとコアに亀裂が走る。ゴーレムが動揺するようにコアを激しく明滅させ、邪魔者を振り払うように大きく腕を振り回した。
コアさえ破壊すればゴーレムは活動を停止する。しかし、罅を入れた程度ではまだ活動を停止させるには足りないようだ。むしろ、動きがめちゃくちゃになった分動きを読みにくく、近づきにくくなった。
周囲で牽制していたお姉ちゃんがその場を離れる。代わりに詠唱を始めると、光り輝く光球を足元に向けて放った。
もはやこのゴーレムに私達は見えていないだろう。それでも、無茶苦茶に振り回される腕や足は周囲の壁や床を激しく攻撃し、その度に空洞内が大きく揺れる。
天井からは岩や魔石が降り注ぎ、いつ大きな落盤が起こってもおかしくない状況だった。
そこそこの広さがあるとは言っても所詮は空洞の中。もし大規模な落盤でも起これば命の危険がある。早々に片を付けた方がいいだろう。
『ハク、もう一体来たよ!』
そう思って杖を振り上げた矢先、アリアからの叫びが脳内に届く。
視線をさ迷わせてみると、暴れているゴーレムの後方から別のゴーレムが歩いてくるのが見て取れた。
「お姉ちゃん、アグニスさん、新手です」
「このタイミングでかぁ。私が攪乱するからアグニスはそっちの止めをお願い」
「任せろ。ちゃっちゃとぶった切ってすぐに加勢に行ってやるよ」
お姉ちゃんの行動は早かった。即座に二体目のゴーレムの下に向かうと足元を走り回って注意を惹きつける。一体目の止めを任されたアグニスさんは剣に炎を絶やさないようにしながら慎重に間合いを確かめているようだ。
私はどちらに回るべきか悩んだが、一体目のゴーレムはもはや私達を認識していない。暴れられると落石の危険があるのが厄介だが、アグニスさんならすぐにでも止めを刺してくれるだろう。ここはお姉ちゃんの援護に回るべきだ。
脳内で判断し、即座に風の刃を放つ。まだ距離があり、コアを狙うのは難しい。お姉ちゃんに当てては困るのでかなり控えめな威力だ。それでも相性の関係からか、当たった部位の岩は削れ、ボロボロになっていく。
だが、腐ってもゴーレムというべきか、その修復力はすさまじく、周囲の岩を利用してより太く再形成している。コアは修復できないようだが、それでも十分に厄介だ。
一発でかいのをぶち込んだ方が楽だろうか。いや、さっきからボロボロ崩れている空洞の耐久力を考えるとあまり大規模な魔法は使えない。ただでさえ落盤の心配があるのにさらに心配の種を増やすわけにはいかなかった。
となるとピンポイントのものに限られる。そうなると雷魔法が最適だが、土属性に対して雷魔法はあまり相性が良くない。同属性で攻撃するよりは効果があるが、決定打とするには少々物足りない。かといって風魔法でピンポイントに攻撃するとなるとボール系かウェポン系に限られる。ただ、それだと雷属性で攻撃してるのとあまり変わらない。
どうしようか。威力を出すなら上級魔法だけど、範囲系は使いたくない。うーん、範囲攻撃があるなら逆に狭い範囲に高威力を放つ魔法とかないのかな。
いや、あるにはあるだろう。属性の特徴として雷魔法はそういった傾向がある。ただ、他の属性で見られないだけで。
魔法はイメージが重要なのだから、イメージさえできれば他の属性でもできないかな? 言うなればそう、収束系魔法みたいなものを作れないだろうか。
私は脳内で魔法陣を思い描く。魔法を収束させるとなると、重要なのは精度だろうか。魔力を一点に集中させ、撃ちだすには道筋を作らなければならない。形は何でもいい。細い針のようにしてもいいし、弾丸のようにしてもいい。その小さな形の中に大量の魔力を集めることが出来れば。
ただ小さな弾を作るだけではただのボール系魔法と同じだ。そこにどうやって大量の魔力を内包するかが鍵。威力的には上級魔法ほどのものが欲しい。
となると、やはり圧縮させるべきだろう。範囲系魔法で使っている魔力をもっと狭い範囲に収束するならば、ばらまかれている魔力を圧縮すればいい。そうして濃度が高くなった魔力を弾に籠めて撃ちだす。敵に当たれば弾は炸裂し、内包した魔力によって高威力を叩き出す。
膨大な魔力を内包する弾はおそらく形を長く維持できないだろう。途中で暴発すれば味方を巻き込むかもしれないし、使い物にならない。ならば、確実に敵に届くようにするにはどうしたらいいだろうか。
一番簡単なのは速度を上げることかな。弾の強度を上げてもいいけど、それだと敵に当たっても炸裂しない可能性もあるし、それだったら炸裂する前に敵に届かせる方がまだ操作が楽だ。
爆発魔法を応用し、爆風によって推進力を生みだし飛ばす。うん、銃みたいなものだと思えばいいかもしれない。
それなら後は魔法陣に当てはめていくだけ。爆発魔法を入れるとなると少々文字が多くなるかもしれないが、上級魔法と考えるならそこまででもないだろう。
「よし、行けそう」
私は戦闘中にもかかわらず魔法陣の構想に没頭した。
もちろん、何も見ていないわけではない。アグニスさんがゴーレムの隙を伺っているのも見えているし、お姉ちゃんが牽制しているのも見えている。王子が剣呑な様子でゴーレムを睨んでいることも把握している。
しかし、なんというか、この戦いは安定しすぎていた。
お姉ちゃんが牽制すればゴーレムはほぼその場にくぎ付けとなるし、アグニスさんだってコアに攻撃を当てることが出来れば一撃で致命傷を与えるくらいには強い。私がそこまで介入しなくてもこの二人だったら恐らく対処可能だろう。
実際、私は初撃の一発以外はほとんど攻撃していない。別にさぼっているわけではない。ギガントゴーレムはまだ三体残っている。それらがこの騒ぎに乗じてくるかもしれないと考え、王子を守ることを優先しているだけだ。
当初はお姉ちゃんに守ってもらうつもりだったが、お姉ちゃんが前に出るというので私が守りに入らざるを得なくなってしまった。それに、お姉ちゃんが牽制しているとあまり強い攻撃を使いたくない。間違いでもお姉ちゃんに当たってしまったら大変だ。
それに戦いを重んじるアグニスさんが横やりを入れられて機嫌を悪くする可能性もなくはないし、苦戦しているならまだしも、優勢ならばそこまで援護する必要もないかと思われた。
『ハク、上!』
だから、ほんのわずかでも油断していたんだろう。切羽詰まったアリアの声を一瞬聞き逃してしまった。
気が付いて上を見上げてみた時には、巨大な岩が頭上に影を落としていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。