第百二十二話:魔力溜まりへ
トロッコに揺られること数十分。始めは等間隔に設置された光の魔石が坑道内を照らしていたが、やがてそれもまばらになっていき、不規則に点滅する程度のものになっていった。
恐らく、この辺りで落盤の被害があったのだろう。線路を塞ぐほどではないが、道の端にゴロゴロとした岩が転がっている。
それらに気を引き締めつつさらに進むと、坑道の大半を塞ぐように岩の山が立ち塞がった。これ以上はトロッコでは進めない。
辺りはすっかり暗くなり、かろうじて残っている数少ない光の魔石がぼんやりと辺りを照らしているだけだ。
私はガラルさんから預かったランタンに明かりを灯す。ランタンは普通の火を灯すタイプと光の魔石を使用したものがあるが、今回は後者の方だ。火と違って消える心配がなく、照らせる範囲も大きい。業務用なのか魔石のサイズもそこそこで、途中で魔力切れになる心配もないだろう。
「どうやらこの先のようだな」
目の前は岩で塞がれてしまっているが、完全に通れないわけではない。端の方の隙間から通ることはできそうだ。
ちらりと先の様子を伺ってみると、冷たい空気が流れ込んでくることに気が付く。青みがかった石の壁が広がり、坑道にしてはかなり広い空間はここが例の空洞であることを裏付けていた。
「ハク、例の魔法を頼む」
「わかりました」
私はお姉ちゃんとアグニスさんにも防御魔法を施す。
自分にもかけようかと思ったけど、これだけ消費していれば頭痛も起こることはないだろうと思うしいいかな。三人にかけるのと四人にかけるのじゃ割と消費が変わってくるし、私は危なくなったらかける程度でいいだろう。いざとなればアリアが何とかしてくれるだろうしね。
「……これでかかったのか?」
「はい、ちゃんとかかってますよ」
「見た目は何も変わらないな」
防御魔法は体を覆うように魔力の膜を展開する魔法だ。その気になれば視覚化もできるけど、特に必要もないので見た目には無色透明。魔力を感じられない人だったら気づくことすらできないだろう。
王子はともかく、二人は多分気づいてるとは思う。でも、見た目には何も変わっていないから不安になるのは仕方ない。
「これで本当にうまくいくのか?」
「ハクが言うんだし、大丈夫だと思うよ?」
実際にやったことはないからこれで本当に魔力を遮断できるかどうかはわからない。理論上は可能なはずだけど、何事も実験してみなければわからないからね。
今回は安全に試せる場所もなかったし、大丈夫だと信じる他ない。完全に遮断できなかったとしても、軽減することくらいはできるはずだ。少なくとも、落盤に怯えながら坑道内で戦うよりかは安全なはず。
見えないし精度も不確かという不安はあるだろうが、いざとなったら私が無理やりにでも脱出させよう。
「準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
「いつでもいいぜ」
王子の確認に前衛の二人が頷く。
ここから先は敵のテリトリー。暗闇からの不意打ちにも気を付けながら慎重に進む必要がある。
お姉ちゃんもランタンを持ち、落盤の隙間から奥へと進んでく。その後にアグニスさんが続き、王子、そして私が続いた。
空洞内はひんやりとした空気に包まれている。ところどころでぴちょんぴちょんと水滴が滴る音が聞こえ、それ以外に音は聞こえない。
話によればギガントゴーレムは割と暴れていたらしいのだが、敵対者がいなくなって鳴りを潜めているのだろうか。
ゴーレムの容姿は生まれた場所の岩や土の色が反映される。ここで生まれたゴーレムならば背景に同化している可能性もある。
探知魔法で探したいところだが、魔力溜まりということもあって魔力が濃すぎて使い物にならない。せっかく無機物でも魔力があれば探知できるようにしたというのに残念だ。
「……ほんとに大丈夫だな」
「ああ、頭痛も吐き気もしない。魔力溜まりにいるとは思えないほどだ」
まだ入って数歩だが、王子は自分の手を握ったり開いたりしながら体の感触を確かめている。どうやらちゃんと防御魔法は作用しているようだ。ひとまず安心。
私自身は防御魔法は掛けてないけど、特に体調不良にはなっていない。微妙に頭痛がするかな? って程度でほとんど行動に支障はない。
「……さらっと使ったが、こんな魔法聞いたことないぞ? ハクが自力で考えたのか?」
「はい。何かに使えないかと思いまして」
「……ルシエルが執着するのもわかるな」
常時発動魔法の有用性を高めるための実験の産物だけど、防御魔法って割とありがちだと思うんだけどな。
一応、身体強化魔法を応用した防御魔法というものはある。体の一部に魔力を流し、強引に防御力を上げるというものだ。でも、瞬時に全身に魔力を流すのは難しく、大抵は一部にピンポイントで魔力を流し防御することになる。効果も一瞬で、使い時を考えなければ無意味な魔法になってしまう。
それに対して今回考えた防御魔法は常時発動しているため不意の攻撃にも対処でき、全身を覆っているため防御し損ねるということもない。まあ、魔力を常に消費する上にその量が割と多めというのが難点だけど、何時間と戦闘しない限りは十分に効果があると思う。
やってることはそんなに難しいことじゃない。ただ、魔力の膜で全身を覆うだけだ。だから、普通に普及しててもいい魔法だと思うんだけど、王子は見たことがないらしい。なんでだろう?
「ほんとに、高純度の魔石がごろごろしてるね」
空洞のところどころにはとげの様に突き出した魔石がたくさんある。
魔石は純度が高いほどより結晶質になっていき、より透明度が増す。純度が高いということは魔力が豊富ということであり、品質で言うならここにあるものはすべて一級品と言っていいだろう。
ザック君の工房が欲していた拳二つ分どころか、それ以上のものすらある。
これ、一個くらい持って帰ってもいいかな? ゴーレムから手に入れられなくてもこれだけあれば十分事足りると思うんだけど。
「魔力溜まりというのが残念だ。ハクの魔法が使えれば採掘できるかもしれないが、ドワーフでは魔法が使えないだろう」
ドワーフは手先が器用で力持ちという反面、魔法に対してはあまり適性がない。使えないわけではないが、魔術師を名乗れるだけの実力を持つ者はそうそういないらしい。
「これ、持って帰ったらダメですかね?」
「一つや二つ持ち帰る分には構わないだろう。元々魔力溜まりにあるものはおいそれと採掘できるものではない。持ち帰った方が有意義というものだ」
盗掘になるのかな? と思って聞いてみたけど、別にそういうことはないらしい。元々この依頼を完遂すれば優先的な採掘が認められるという保証があるし、魔力溜まりにあるものだったら誰も取れないのだから取っても誰も気づかない。むしろ、取れるのなら持って帰って市場に流してやったほうがよっぽど役に立つのだとか。
そういうことなら遠慮はいらないかな。無事にギガントゴーレムの討伐が出来たら貰っていくとしよう。
「それにしても静かだな。ギガントゴーレムはどこに?」
しばらく歩いてみるが、ギガントゴーレムの姿は見えない。ここにいるはずなのだが、一体どこに行ってしまったのだろうか?
広い空洞とはいえ、五体もいれば気づきそうなものだけど。
探知魔法は役に立たないし、何か見つける手段はないだろうか。……【鑑定】してやればわかるかな?
【鑑定】は目の前の対象の情報を表示するスキルだ。ただの壁や石ころに向けてやってもあまり意味はないが、もし擬態しているなら適当に【鑑定】してやれば引っかかるかも?
そう思い、【鑑定】を発動する。鑑定結果には魔石、魔鉄鋼、魔力水など色々と表示されるが、その中にギガントゴーレムの表示はなかった。
この辺りにはいない?
きょろきょろと辺りを見回し、ふと後ろを振り向いた。その時だった。
「……ッ!? 皆さん、後ろにいます!」
叫ぶと同時に先程通り過ぎた壁が動き出した。
ガラガラと瓦礫を落としながら出現したのは、青く輝く岩で形成された人型のゴーレム。探し求めていたギガントゴーレムの一体だった。
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