第百二十一話:対抗策
「いや、ハク、それは一番あり得ない選択肢だよ……」
「ハクは魔力溜まりに入ったことあるんだよね? だったら、あの辛さがわかるはずだよ?」
「あんな状態で戦うなんて正気の沙汰じゃねぇ。逆境でこそ燃えるってのはあるが、あれはそれ以前の問題だ」
皆口々に魔力溜まりに入るのはありえないという。
まあ、確かに魔力溜まりに入れば絶えず頭痛に襲われるし、あれを望んで体験したいって人はいないと思うよ? でも、別に痛すぎて動けないってわけでもないし、この選択肢の中だったら割とありな部類だと思うんだけど。
「確かに頭痛は辛いですが、この中では一番安全で被害の出ない選択肢だと思うんですけど……」
「本気で言ってるのか?」
王子が困惑した顔で私の顔を覗き込んでくる。
何、そんなに嫌なの? 私は坑道で戦って落盤の恐怖に怯えながら戦う方がよっぽど嫌なんだけど。
「ハク、魔力溜まりはとっても危険な場所なの。入ったら最後、自力ではほぼ脱出できない。絶え間ない頭痛と吐き気に襲われながらやがては餓死してしまう。ハクは運良く脱出できたからそこまで危険じゃないと思ってるのかもしれないけど、実際はとっても危険な場所なんだよ?」
お姉ちゃんが私を諭すように肩に手を置いて目線を合わせてくる。その顔は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには聞こえなかった。
まあ、実際にそうなんだろう。そんな話を前に聞いた気がする。
確かに私の時もアリアがいなければ助からなかっただろう。仮に体調が万全の状態だったとしても食料調達もままならなかっただろうし、寒さに凍えながら餓死していた可能性が高い。
だけど、それは不意に魔力溜まりに入ってしまった場合の話であって、ちゃんと対策していけばそこまで危険ではないと思うんだけどな。いや、危険なことは危険なんだろうけど、少なくとも分が悪くなれば撤退くらいはできると思う。
『まあ、普通の人間は入った瞬間動けなくなると思うよ? ハクが特殊なだけで』
『そうなの?』
『うん。そうでなきゃ、いくら私が手助けしてたと言っても一年も生きられないよ』
どうやら私の様に頭痛だけで済むパターンは稀らしい。普通は頭痛の他に吐き気や腹痛を催し、動けなくなるのだという。それは多少魔力を消費した程度では改善されることはなく、基本的に誰かに助けてもらわない限りは助からないという。
うーん、魔法を使って魔力を消費したら頭痛も収まったような気がするんだけどな。なんで私だけ違ったんだろうか。
ちなみにゴーレムは無機物のために体調不良のデメリットを受けないらしい。逆に言うと、そう言った魔物しか魔力溜まりにはいられないらしい。
「はあ、じゃあどうするんですか?」
「実質一択だな。坑道内に誘き出して戦うほかあるまい」
苦渋の選択と言わんばかりに苦虫を噛み潰したような顔をする王子。
坑道内で戦えばほぼ確実に落盤が起きる。そうなれば命の危険があるし、何より復旧作業でかなり時間を取られるだろう。
絶対空洞内で戦った方がまだましだと思うけど、他の人が動けないというのであれば仕方がない。
うーん、何かいい手はないものか。
「あの、どうして魔力溜まりにいると体調不良になるんですか?」
「魔力溜まりには魔力が満ち満ちているの。空気中に含まれている程度の濃度なら私達に害はないけど、魔力溜まりほどの魔力濃度になると魔力を吸収しすぎて体調不良を起こしてしまうの」
なるほど。私の認識とずれはないようだ。
魔力溜まりにいると強制的に魔力を補給される。万物は皆魔力を持っていて、人間の場合はその魔力を消費するのに魔法を使う必要がある。だから、魔法を使わずに魔力溜まりにいる場合、許容量を超える魔力を補給されてしまい、その結果体調不良に陥る。
だから、多少魔力を消費しておけば大丈夫だと思ってたんだけど、多分消費する量より補給する量の方が勝っているから意味がないと言っているんだろう。
だったら魔力が空になるくらいまで魔力を消費してから挑めばとも思ったが、ギガントゴーレムを倒すのに魔法は必須のため多少は残しておく必要がある。いくら供給されるとはいえ、それがすぐに自分の魔力として使えるわけでもないため、意味がない。
多少消費した程度では意味が薄く、かといってがっつり消費したらギガントゴーレムと戦えない。ちょうどいい塩梅を見つけられればいいが、魔力溜まりに入ってしまえばもう後戻りはできないし、一発でその塩梅を見つけられるわけもない。
となると、魔力溜まりで戦えるようになるためには、魔力を消費して挑むという以外の方法で魔力供給を絶てばいいわけだ。
『アリア、防御魔法をかければ魔力を遮断できないかな』
『あー……できるかも? あれって魔力の膜だもんね?』
私が王子にかけている防御魔法。あれは魔力の膜を張ることで攻撃を防ぐというものだ。
素の魔力というのは基本的に物を貫通する。干渉するのは魔力同士のぶつかりだけだ。魔法として定義したものならば防御魔法の様に特定の攻撃に対して干渉するようにもできるが、魔法を使う前のただの魔力の状態であれば干渉できるのは魔力だけ。
つまり、魔力の膜で体を覆ってしまえば魔力の供給を絶つことが出来るのではないだろうか。
「王子、少しいいですか?」
「なんだ?」
「……はっ!」
私は王子に向かって水の刃を放つ。完全に不意打ちだったため、王子は避けることもできずにその刃の餌食になる。
しかし、王子には防御魔法が張られている。水の刃はそれに弾かれ、ぱしゅんと音を立てて消えた。
「な、何を……」
「突然すいません。ですがこのように今、王子には私の防御魔法を張ってあります。これは魔力の膜を張ることによって攻撃を防ぐんですが、これを使えば魔力溜まりでも活動できると思うんですがどうでしょうか?」
王子はいきなりの攻撃に目を白黒させていたが、私の提案を聞くとなるほどと頷いてくれた。
敵の攻撃を防ぐことが出来、且つ魔力の供給を遮断できる。そんな魔法があることに皆は驚いていたようだったが、これなら確かに行けると確信できたようだ。
「その魔法、全員に掛けれるの?」
「うん。ちょっと魔力消費が嵩むけど、これくらいなら大丈夫」
流石に三人分ともなると結構な量ではあるけど、まあ、問題ないだろう。
丸一日ともなるときついけど、戦闘中くらいだったら余裕で持つはずだ。
「相変わらず、ハクには驚かされてばかりだ」
「それ、褒めてます?」
「ああ、それでこそ私の婚約者にふさわしい」
王子が恥ずかしげもなく言ってくる。それを聞いて、お姉ちゃんはにやにやとにやけていた。
いやないから。断ったから。私と王子が結ばれるルートはない。
「それでは早速取り掛かろう。ガラルさん、明かりをお借りしても?」
「もちろんですじゃ。皆様、どうかギガントゴーレムを打ち倒してくだされ」
王子は立ち上がると細かい準備を整えていく。
話していたせいか、辺りはすでに暗くなり始めている。
これ、今から討伐を始めたら夜になっちゃうんじゃ?
「ハク、ハクは王子と一緒に後ろにいてね。私とアグニスで前に出るから」
「サフィと共闘か? 中々に久しぶりだな。これが終わったら一騎打ちで勝負しようぜ」
「あー、うん、遠慮しておくね」
お姉ちゃんの肩をバシバシと叩いているアグニスさん。そういえばこの二人、知り合いなんだろうか? 結構気安い感じだったけど。
「昔、ちょっとね」
お姉ちゃんが小声で教えてくれたけど、昔知り合って戦ったことがあるらしい。
その時はアグニスさんが勝ったらしいんだけど、その時にお姉ちゃんを気に入ったらしく、今までもたまに会っていたらしい。
なんか意外だな。
「よし、みんな行くぞ」
そんな話をしながら準備を整え、私達は鉱山へと向かう。
壁に設置されている明かりをつけると奥まで照らされるが、しんと静まり返っているのが不気味さを掻き立てた。
トロッコに乗り、奥へと進む。さて、ギガントゴーレムはどこにいるだろうか。
感想ありがとうございます。