第百二十話:事件の経緯
「どうぞこちらへおかけくだされ」
小屋の中は休憩室の様になっていた。部屋の中央に長机が置かれ、簡素な椅子が並べられている。
私達が席に着くと、ドワーフの男性は奥にあるキッチンでお茶を入れ振舞ってくれた。
「わしはここの責任者のガラルという者ですじゃ。この度は魔物討伐にきていただき感謝します」
深々と頭を下げるガラルさん。
ここの責任者ということは、鉱山の採掘をしてた鉱夫ってことだよね。
探知魔法を見る限り、この辺りには私達以外の気配はない。他の人はみんな避難したのだろうか。
「私はアルト・フォン・オルフェス。オルフェス王国の王子だ。そしてこちらが冒険者のサフィ、ハク、アグニスだ」
「なんと、隣国の王子様が自ら御出陣とは、他国の問題に加勢していただけてとてもありがたい話ですじゃ」
王子だと知り、先程以上に深々と頭を下げるガラルさん。王子はそれを手で制し、話の続きを促す。
「大体の話はバルト陛下から伺っているが、詳しい話を聞かせてもらえるか?」
「はい。あれは二か月ほど前になりますじゃ……」
それまで、鉱山では多くの鉱夫達が日夜鉱山を開拓し、多くの魔石や鉄鉱石を始めとした鉱石類を産出していたという。しかしある時、採掘中に洞窟を掘り当ててしまった。
そこは自然にできた空洞なのか、かなりの広さがあり、高純度の魔石が大量に露出していたことから、穴を拡張し、採掘しようということになった。
しかし、拡張中に大きな地震があり、軽い落盤事故が起こった。幸いにも負傷者は出なかったが、空洞の一部が崩れ落ち、採掘が困難になったのだという。
しばらく落石の撤去作業をしていたが、その時空洞の奥からずしんずしんと大きな足音を立てて近づいてくるものがあった。それがギガントゴーレムであり、作業中の鉱夫達を蹴散らして空洞から出てきた。
ギガントゴーレムは全部で5体おり、坑道内で派手に暴れまわった。鉱夫達は命からがら逃げだし、多くは助かったが、暴れた反動で再び落盤が起き、何人かは生き埋めになってしまった。
しかし、幸運にも落盤で道が狭くなったこともあってギガントゴーレムは表に出てくることはなく、坑道内に閉じ込められる形となった。
助かった鉱夫達はすぐさま国に連絡し、討伐隊が組まれることになったが、相手は物理耐性が高いゴーレム。斧やハンマーによる力任せの攻撃が主体の騎士団では相手にならず、冒険者に討伐を依頼する形になった。
しかし、その冒険者もなかなか現れず、最初に数人が来た以外はほとんど来なかったのだという。
ギガントゴーレムの監視のために一人残り待っていたが、二か月経っても一向に現れる様子がなく、諦めかけていたときに現れたのが私達だったというわけだ。
「ギガントゴーレムどもは今も坑道内にいるはずですじゃ。冒険者の方々、どうか討伐してくだされ」
もっとこう、外に出て暴れまわっているのかと思ったけど、どうやら敵は狭い坑道内にいるらしい。
ギガントゴーレムというくらいだからかなり大きいだろうに、なぜそんな場所に出現したのやら。
「ギガントゴーレムが五体もいるんだ。相当魔力が濃い場所があったのかな?」
お姉ちゃんが首を傾げる。
本来、自然発生するゴーレムは自然の魔石が周囲の魔力を取り込むことによって生成される。空気中に含まれる魔力程度の量ではせいぜい小型か、あっても人間サイズ程度のものにしかならないそうだ。
だからギガントゴーレムなんて滅多に生まれるものではないし、それが五体なんて通常じゃ絶対にありえない。
考えられる可能性としては何者かが故意にギガントゴーレムを作り出し放ったか、相当魔力が濃い空間があったかということになる。
現れた場所から考えると後者の可能性が高いだろう。ギガントゴーレムが現れたという空洞は高純度の魔石が多く生成されていたという話だし。
高純度の魔石というのはそれだけ多くの魔力が込められているということだ。自然の魔石が多くの魔力を取り込むには周囲に魔力が満ちていないといけない。
「おそらく魔力溜まりだな」
「やっぱりそうなりますよねぇ」
王子が難しそうな顔で呟くと、お姉ちゃんもそれに賛同する。
魔力溜まり。懐かしい響きだ。
魔力溜まりとはその名の通り魔力が満ち満ちている場所の事。あまりにも魔力が濃すぎて生き物にとってはそこにいるだけで体調を崩してしまう危険な場所でもある。
私も体験したことがあるけど、あの頭痛は中々に辛いものがあった。一年もいたから慣れたと言えば慣れたけど、普通の人はかなり辛いだろうな。
「ギガントゴーレムを退治するというだけならまだ何とかなるが、魔力溜まりにいるとなると少し厳しいな」
「ああ、あれは戦闘どころじゃなくなる。俺でもあれは勘弁だ」
戦闘狂のアグニスさんまでもが難色を示している。それだけ魔力溜まりは危険ということだ。
落盤によって表に出てこなかったのは幸運と言えたが、閉じ込められた場所がよりにもよって魔力溜まり。当然、討伐しようとなればそこに踏み込む必要が出てくる。
頭痛を多少我慢すれば戦えないことはないとはいえ、冷静な判断力を失う可能性もあるし結構厄介かもしれない。
長く魔力溜まりにいればそれだけ体調を崩してしまうし、やるなら短時間でけりを付けないといけない。五体も相手にしてそんなことが可能なのだろうか。
「どうにかして誘き出すしかないだろう。幸い、ゴーレムは単純な行動しかしない。うまく誘導すれば坑道におびき出せるかもしれない」
「だけど、それだと落盤の心配をしないといけないんだよね……」
お姉ちゃんの言う通り、仮にうまく誘き出せたとしても坑道が戦闘に耐えられるかどうかがわからない。実際、過去にはゴーレムが暴れて落盤しているわけだし。
下手に坑道内で戦闘をすれば落盤に巻き込まれて命を落とす可能性もある。坑道で戦うのは分が悪い。
「ガラルさん、ギガントゴーレムがいる空洞から出口までの距離は?」
「かなり離れております。そこに辿り着くにはトロッコを使わなければ一時間はかかりますじゃ」
「外まで誘き出すのは厳しいか……」
坑道内がだめなら外まで誘き出すとも考えたが、流石に距離が離れすぎている。ゴーレムは足が遅いし、トロッコに乗って誘導するのも難しいだろう。
そもそも、そんなに長い距離を誘導しようとすれば必ずどこかで落盤を起こしてしまう。それに、外に誘き出せたとして、仕留め損ねてしまったら危険な魔物を外に放ってしまうことになる。そうなればオルナスにも危険が及ぶかもしれない。
そう考えると、外に誘き出す案は現実的ではない。
「うーん、どうしたものか……」
魔力溜まりで戦うのは厳しく、坑道内で戦うにも危険が付きまとい、外に誘き出すのは難しい。
これがもし一体だけだったならまだやりようはあった。しかし、五体ともなると乱戦は必至。なるべく被害を押さえて戦おうとなると一番現実的なのは魔力溜まりと思われる空洞内で戦うことだろうか。
魔力溜まりでは体調不良になってしまうとはいえ、頭痛程度だったら我慢すればまだ戦えないことはない。それに、魔力を多少消費すれば頭痛を軽減できる。
「やはり魔力溜まりと思われる空洞で戦うのが一番現実的だと思います」
「「「えっ?」」」
私の意見を述べたら三人そろってきょとんとした目で私を見てきた。
なんで? そんなにおかしかったかな。