第百十九話:鉱山へ
貴族の名はエルバート・フォン・マグニス伯爵。オルナスの鉱山でギガントゴーレムが出てきた際、領地を飛び出して出向いてきたのだという。
マグニス家は代々魔道具作りに力を割いていて、今流通している魔道具のいくつかはマグニス家の発明らしい。中でも魔導銃と呼ばれる誰でも高速で魔法を発射できるという魔道具は作り込みが凄まじく、年々改良がなされていっているらしい。
マグニス領でも同じように鉱山が魔物に占拠された事件があったようだったが、魔導銃のおかげか早々に解決したらしく、首都が危機に瀕しているということで飛んできたというのがエルバートさんの言うところらしい。
エルバートさんはギガントゴーレムの討伐にとても意欲的であったが、何度か討伐に出向いたものの倒せなかったらしく、「倒すための魔道具を開発するから少し待って欲しい。必ずや私がギガントゴーレムを倒して御覧に入れましょう」と意気込んでいたそうだ。
これだけならただ危機に馳せ参じた忠臣のように思えるが、彼はとにかくプライドが高く、自分の思う通りに行かないと当たり散らすような人らしい。
ギガントゴーレムの依頼を受けた冒険者が不幸な偶然に出会い始めた時期とエルバートさんがオルナスにやってきた時期は符合しており、証拠はないが、先を越されないために妨害しているのではないかという仮説が立っているらしい。
「普通にギルドの依頼を受けたらまた妨害される恐れがある。だから、国からの秘密裏の依頼ということで処理したいそうだ」
「なるほど」
今回の件はギルドも把握しているらしく、このまま誰にもとられない凍結依頼と化すならば国から個人で依頼してもらった方がいいと判断されたようだ。
表向きは個人への依頼ではあるが、報酬は冒険者としてギルドから払われるらしい。別途で報酬を払う他、鉱山での優先的な採掘を融通してくれるらしい。これは冒険者に対して行うには破格の条件で、どれだけ国がこの問題を重視しているのかがわかる。
報酬も増えて特典も付くなら私に断る理由はない。そもそも、これはザック君の工房を助けるためであり、別に報酬に関しては気にしていない。まあ、多少は報酬があった方がやる気は出るけど、そこまで重要なことじゃないからね。
「それじゃ、行くのは私とハクと、王子様でいいかな?」
「ああ、私はそれで構わな……」
「ちょっと待ったぁ!」
お姉ちゃんがまとめようとしたところで、扉を乱暴に開け放って入ってきたのはアグニスさんだった。
どれだけ勢いよく明けたのか、扉が少し傾いている。
王城の物を壊すんじゃないよ、高いんだから。
「話は聞かせてもらったぜ。その依頼、俺も同行しよう」
「聞いてたんですか……」
まあ、別に人払いをしていたわけではないし、王子の部屋に行く前にアグニスさんに会ったからそのままついてきても何ら不思議ではない。アグニスさんは私との再戦を望んでいるようだからね。絶対受けないけど。
ちょっと性格に難ありだけど、彼女はAランク冒険者。Aランクの魔物を相手にするのに王子を入れても三人では確かに少し心許ないし、アグニスさんなら炎の魔剣で多少対抗もできるだろう。それに、そろそろ発散させておかないと王城で暴れ出す可能性もある。だったら連れて行った方がまだましかな?
「わかりました。アグニスさんも一緒に行きましょう。王子もそれでよろしいですか?」
「ああ、構わない。人数がいた方が成功率も上がるだろう」
「じゃあ、アグニスさんも加えて四人で行くってことでいいかな?」
「異論はない」
今回、王子の護衛である騎士達は連れて行かない。騎士達は物理攻撃が主体だし、そもそもそんな危険な場所に王子を連れていくこと自体反対だろうしね。
王子が同行するのはこれがオルフェス王国の支援であるということを示すためだ。ゴーフェンとは友好関係にあるし、困った時はお互い様という言葉もある。王都の外壁工事の関係で多くの支援をしてくれているゴーフェンに恩返しするという意味もあり、他に適任もいないことからこの采配は当然とも言えた。
まあ、このメンバーならよほどのことがない限りは王子に危険は及ばないでしょう。念のため防御魔法をかけておこうか。常時発動魔法を応用すればこういうこともできる。消費はちょっぴり多めだけど、これでもだいぶ抑えた方だ。これ以上は二重魔法陣を使わないと無理。
でもそれもありかな? 戦闘中にとっさに使うなら二重魔法陣は少し使いにくいけど、落ち着いているタイミングで使う分にはそこまで手間でもないし、予めかけておくなら二重魔法陣でもいいかもしれない。
「よし、なら早速行くぞ! 血が騒ぐぜ」
「え、今から?」
現在時刻はお昼過ぎ。鉱山までどのくらいかかるかはわからないけど、今から出発して間に合うものだろうか。半日以上かかったら途中で野宿する必要があるんだけど。
「まあ待て。この話をバルト陛下に持って行く。しばらく待機していてくれ」
そういうと王子は席を立ち、傾いた扉から出ていった。
ていうかこの扉どうしよう。怒られるよね? 直せるかな……。
元凶であるアグニスさんはピクニック前の子供の様にそわそわと落ち着きがない。よっぽど強者と戦うのが楽しみらしい。
まあ、Aランク冒険者のアグニスさんを満足させられる魔物なんてそれこそAランク以上の奴だろう。ちょうどいいと言えばちょうどいいけど、あんまり羽目を外しすぎては困る。
探知魔法があるとはいえ、基本的には遊撃になるだろうし、ずっとアグニスさんを見てられるわけでもないからちょっと心配だ。
いや、それよりは王子の心配した方がいいかな? 万が一がないわけでもないし。
防御魔法は掛けたけど、正直試してないからどれくらいの強度かわからないし、Aランク相手だったらあっさり壊れてしまうかもしれない。
とはいえ、ゴーレム相手に一番打点が出せるのは多分私だ。攻撃役になることを考えると、一人は王子の傍に居られる人が欲しいところ。
うーん、お姉ちゃんしかいないよねぇ、どうせアグニスさんは言うこと聞かずに突っ走っていく気がするし。もちろん私は後衛で隣にいるつもりだけど、攻撃と防御を両方こなさなきゃいけないのは大変だからね、お姉ちゃんには悪いけど防御に徹してもらおう。
「待たせたな。許可が下りた。いつでもいけるぞ」
しばらくどういう風に立ち回るかの話し合いをしていたら王子が戻ってきた。結構早かったな。
王子もなんだかんだで気が急いているのかアグニスさんと同じく早く行きたいらしい。
一応、鉱山まではそこまで離れておらず、またトロッコが出ているためそこまで時間はかからないという。
それでも着く頃には夕方になってそうな気がするけど……まあ、いいか。どっちにしろこっちも時間はあまりないし、早い方がいいのは確かだし。
「それでは、準備ができたら行きましょうか」
王子は行く気満々みたいだけど、流石にその格好は綺麗すぎる。せめて動きやすい服装に着替えておくれ。
私たち冒険者組はいつでも大丈夫な服装ではあるけどね。王子は前線に出るということ自体がおかしいけれど、せめて準備くらいはしてください。
渋々着替えた王子に案内され、トロッコ乗り場へと向かう。
皇帝から許可を得ているのか、王子が書状を見せるとすんなりと乗ることが出来た。
ガタゴトと揺られながら走ること1時間ほど。鉱山の拠点と思われる施設へとやってきた。
すり鉢状になっている土地にはいくつかの小屋が建てられ、削りだした石材がところどころに山となっている。
「おや、あなた達は冒険者の方ですかな?」
トロッコから降りると、小屋の中からドワーフの男性が出てきた。
ごつごつとした筋肉質の腕で顎髭を撫でながら品定めでもするかのように全身を見つめてくる。
恐らく、この採掘場の関係者なのだろう。頭にはヘルメットを被り、背中にはピッケルを背負っていた。
「ああ、そうだ。皇帝の命により、この地に巣くうギガントゴーレムを討伐しに来た」
「おお、やはりそうでしたか。ここまで辿り着ける方は久しぶりですじゃ。どうぞこちらへ、詳しい話をお聞かせしましょう」
そう言って小屋へと案内する。
私達は後を追い、小屋の中へと入った。
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