第百十八話:王子も一緒
「ふむ、なるほど。それでその依頼を受けたいと?」
「はい、護衛依頼中ですし、やはり厳しいでしょうか?」
私の説明に対し、王子はしばし腕を組んで考え始めた。
私がやろうとしていることは依頼を複数受けるという行為だ。例えば討伐依頼を受けたとする、その魔物がいる場所には薬草が群生していて、それの採取依頼があったので同時に受けた。この場合、依頼を効率的に受けることが出来て報酬も増えるため、DランクやCランクの冒険者はよくこの方法で依頼を受けることがある。だから、依頼を複数受けること自体は悪いことではない。
ただし、依頼が護衛依頼だった場合は話が別だ。護衛依頼とは、旅の道中の安全を守るものであり、依頼主は第一に守るべき対象である。この時に他の依頼を受けて、例えば討伐依頼を受けていたなら護衛依頼の依頼主を危険に晒すことになるし、薬草採取の依頼でも馬車の足を止めることになるので護衛依頼に差し支える。
依頼主の方も自分を守ってもらうために雇っているのにその冒険者が他のことにうつつを抜かしていたらいい気分はしないだろう。一応、依頼主の許可が下りれば複数の依頼を同時に受けることは可能だが、そんな人滅多にいない。いくら今回は護衛の必要があまりないとしても、許可が下りるかどうかは微妙だった。
「その依頼、確かギガントゴーレムの討伐という話だったな?」
「はい。魔石が目当てです」
王子は難しい顔をしながらうんうん唸っている。時折、「いいところを見せるチャンスが……」とか「しかし皇帝との繋がりも……」とかぶつぶつ言っている。
聞こうと思えば風魔法を使って言葉を拾えるけど、今はそこまでする必要はないだろう。そもそも今はこちらが頼んでいる側なのだ、気づかれないにしても無粋な真似はしない方がいいだろう。
「……うん、まあ、いいだろう。その依頼、受けることを許可する」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
かなり悩んでいたようだが、やがて諦めたような顔になると許可を出してくれた。
本来こういったことは褒められたことではないけど、王子の懐の広さに感謝するしかない。
「ただし条件がある。私も同行することが条件だ」
「王子が一緒に来られるのですか?」
「ああ。私も剣術は嗜んでいる。自分の身くらいは守れるだろう」
王子が剣術を嗜んでいることは知っている。よく自慢してくれたからね。
一回、実際に見せてもらったことがあったけど、素人目線の感想とはいえ、結構強いと感じた。
私が道場で習っている型とは全然違うけど、体幹もしっかりしているし、動きも素早い。正面から正々堂々と戦い、相手を切り伏せるという感じかな。多分、師匠は騎士団の誰かじゃないだろうか。
王子の強さ自体はそこまで問題ではない。ただ、今回は相性が悪いと思う。
なにせ相手はゴーレムだ。高い物理耐久は並の剣術では歯が立たないだろう。実際に戦ったことはないからどの程度かは知らないけど、多分それくらいの耐久はあるんじゃないかな。
そもそも護衛対象である王子を戦闘に出すこと自体が間違えてるけどね。
「ちょうどバルト陛下もその依頼について話していてね。本当は私の力で解決したかったのだが、流石に今回は分が悪い。ハク達を頼らせてもらうことにしよう」
ゴーフェン各地を取り巻く問題とは鉱山に巣くう魔物のことであり、オルナスもどう対応したものかと思案していたらしい。
今回、ちょうどよく王子が訪ねてきてくれたこともあり、誰か優秀な人材はいないものかと相談されたようだった。
王子もこの問題は早急に解決した方がいいと思ったらしく、色々と考えていたようだったが、どうにも一人で抱え込んで考えていたらしく、最悪自ら出向いて討伐しようかと考えていたらしい。
まあ、王子もゴーレムの特徴を知らないわけじゃなかったらしく、行動にまでは移していなかったようだが、随分と無謀なことを考えていたものだ。
「共に討伐に出向けばいいところを見せられるかもしれない……」
未だ悩んでいるのか、王子はぶつぶつと何かを言っている。
まあ、行動に移される前に私達が介入できてよかったと考えよう。
結局王子も来ることになっているが、護衛を連れて行くにしても先走られるよりは何倍もましだ。なぜか王子は私達を勘定に入れていなかったようだし。
まあ、冒険者が解決するよりも国の騎士達が解決した方が国として恩を売れるし、得策ではあるか。実力が伴っていればだけど。
正直言って護衛の騎士達はあんまり強くない。いや、強くないことはないんだけど、お姉ちゃん達よりは弱い。
護衛なのにと思うけど、これでも精鋭らしいから王様の采配が悪いわけではない。騎士達が弱いんじゃなくてお姉ちゃん達が強すぎるだけだろう。
「今回の依頼はゴーフェンからの正式な依頼となる。ギルドは介入せず、直接依頼を受けてもらいたい」
「それは構いませんが、なぜ?」
ギルドは戦争などに参加しない中立な立場であり、それゆえにどの国においても存在を許されている。Bランク以上になれば国外だろうが面倒な手続きなしに滞在を許されるし、王城などの特定の人物しか入れないような場所にもちゃんとアポを取れば自由に出入りすることが出来る。
代わりにギルドは王や要人達の依頼を積極的に上級冒険者に紹介するし、上級冒険者達もこぞってそれを受ける。
そんな私達冒険者の身分を保障してくれるギルドを通さないということは、Bランク冒険者という肩書なしに私達個人に対して依頼するということ。当然報酬もギルド既定のものではなくなるし、それなりに高額になる。
まあ、交渉次第では安く買い叩けるかもしれないけど、国を左右する問題を解決しようというのに半端な値引き交渉をするとは思えない。
すでにギルドでも依頼が張り出されているのだから、そちらを受けてくれた方が国としては懐は痛まないはずだが、なぜわざわざ個人依頼のような形にするのだろうか?
「ああ、それなんだが、ギルドで依頼を受けるのを妨害している者がいるらしい」
ギルドにあったあの依頼は鉱山にギガントゴーレムが出てから数日で発行されたもので、割と前から張り出されているらしい。
推奨ランクはB以上で、該当するランクの者は少なく、またドワーフの国ということでゴーレムに対抗できる魔法を使える者も少なく、しばらく依頼は放置されていた。
だが、それでも外部からやってきた冒険者が受けることもあり、討伐は時間の問題だと思われていた。
しかし、依頼を受けた冒険者がいざ討伐に向かおうとすると奇妙なことが起こった。それは準備していた道具が盗まれたり、急に体調を崩したり、とにかく何か不幸な偶然が起きて結局討伐に行けないという。
最初はただの偶然だと思われていた。しかし、その後もその依頼を受けた冒険者が次々とそういった目に遭い、ギルドの間ではその依頼を受けると祟られるという噂が立って誰も依頼を受けなくなったという。
しかし、それらの偶然には裏があり、国が調べた結果、何者かによって仕組まれたものだということがわかった。その正体まではわからなかったが、何者かが依頼が受けられることを嫌い、工作したと思われる。
「証拠は結局見つからなかったそうだが、それをやった可能性が高いと思われる貴族が一人いるそうだ」
王子はカップを手に取りながらその貴族についての詳細を語り始めた。
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