第四百十七話:実力差
合図とともに、奥川さんがポケットから銃取り出し、容赦なく撃つ。
早撃ちのレベルとしては相当早く、伊達に退魔士として活動していないなと思わせるものだった。
対して、ローリスさんは動かない。反応できていないのか、ただその場に立っているだけだ。
奥川さんの口元がにやりと笑う。勝ちを確信したんだろう。
しかし、次の瞬間、事態は一変する。
「隙だらけにゃ」
「なっ……!?」
先程まで経っていた場所にローリスさんの姿はなく、代わりに、奥川さんの背後に出現するローリスさん。
とっさに振り向こうとした奥川さんに、鋭くとがった爪を見せつけ、完全に動きを封じる。
その気になれば、すぐにでもその首を搔っ切ることができるだろう。
勝負ありだ。
「椿姫さん、終わりましたよ」
「……え? はっ、い、いつの間に……」
「ねぇ、私達のこと、舐めすぎなんじゃないの?」
そう言って、ローリスさんは再び元の位置に戻ってくる。
私からすると、単に跳躍して戻ってきた感じだけど、普通の人間からすると、その動きすら見えないんだろうか。
先程の移動も、単にダッシュしていただけだし、戦術としては、そう難しいものじゃない。
まあ、お姉ちゃんみたいに、光の速度で動くってなったらそれでも対処できないだろうけど、ローリスさんのは、あくまで猫としての身体能力である。
と言っても、これまでの経験から、色々と上乗せされているのは確かだろうが、これくらい見切れないようじゃ、そりゃ妖怪にも勝てないなと思う。
「ど、どんないかさまを使いやがった!?」
「いかさまも何も、ただ走って背後を取っただけだけど? もしかして、見えなかったのかしら?」
「そ、そんな馬鹿な……」
よほど自信があったのか、奥川さんは信じられないと言った様子で地面に蹲っている。
確かに、早撃ちの技術は凄いと思った。狙いもきちんと足を狙っていたし、急所を外しつつ、相手の動きを奪うって言う完璧な精度をしていた。
もし、射撃大会とかに出たなら、余裕でメダルが取れるだろう。
ただ、あくまでそれは、人間の範疇である。
ローリスさんは、元々は猫ではあるが、今やワーキャットとして世界中探しても類を見ないほどの強さを誇っている。
その気になれば、相手のスキルを奪ったりもできるし、完全に無力化することだってできるだろう。
これは、ローリスさん以外の転生者でも同じことだと思う。
対処の方法はそれぞれ違えど、ただの人間が敵うような相手ではない。
最低でも、あちらの世界で言うAランク冒険者並みの力を身につけなければ、不可能だ。
「これでわかったかしら? 私達の実力」
「……ま、まだだ! 他の奴らはどうかわからないだろ!」
何とか自尊心を守りたいのか、そんなことを言い出す奥川さん。
まあ、確かにその通りではあるんだけど、すでに妖怪が出現しているというこの状況で、悠長に全員と戦うなんてことをしている場合ではないのは確か。
それなのに、勝つまでやめないと言わんばかりに吠えるその姿は、とても滑稽と言える。
まあ、見方を変えれば、こちらのことを心配してくれているという風に取れなくもないけど、態度が態度だし、理解はされづらいよねぇ。
「椿姫さん、まだ時間はありますか?」
「え? ま、まあ、今のところは大丈夫だとは思いますが……」
「なら、早めに済ませてしまいましょう」
そこまで言うなら、お望み通り全員と戦って上げよう。
と言っても、私は戦う気はないが。
妖怪退治は、あくまで転生者達がやるべきことであり、私はそのサポートをするだけ。
この先、私達がいなくても何とか出来るようにするというのが、今回の目的なわけで、私ありきの解決法になってしまっては意味がないからね。
そう言うわけで、第二ラウンドへと続く。
だが、その結果は見せるまでもない。
先程も言った通り、転生者達は、皆伝説級の魔物である。そんな化け物相手に、ちょっと銃の扱いがうまい程度の人間が太刀打ちできるはずもない。
一応、今は【擬人化】の影響で、銃弾を受ければ多少の傷はつくだろうが、それでも本来の体ならかすり傷にもならないようなものだ。
もし、これらに傷をつけたいなら、シンシアさんが使っているような特性の弾薬を使うか、魔導銃のような魔法で攻撃する以外にないだろう。
結局、奥川さんは誰にも勝つことはできず、ただ弾薬を無駄にしただけで終わった。
「な、な……」
「だから言ったじゃない。私達を舐めすぎだって」
完膚なきまでに叩き潰したせいか、奥川さんは同じ言葉を何度も呟いて呆然としている。
結果に驚いていたのは椿姫さんも同じで、まさかこれほどとは、と感心した様子だった。
カガリ様からの書状で、私達のことはある程度わかっていたはずだけど、わかり切れていなかったってことなんだろうね。
何事も、実際に見て見ないとわからないものである。
「それで、どうします? そろそろ行った方がいいと思うんですが」
「は、はい、そうですね……。もう、それだけ強いなら、あなた方だけで行っても問題ないんじゃないでしょうか」
そう言って、奥川さんの方を見る。
奥川さんは、意気消沈した様子で、すぐには動けそうもない。
本当は、実際に退魔士の戦い方を見せてほしかったけど、この様子じゃ無理だろうな。
正式に許可も得たので、場所を聞き、向かうことにする。
できれば転移できる場所ならよかったんだけど、そう言うわけにはいかないようで、自力で向かうことになった。
「退魔士って言うからにはどれだけ強いのかと思ってたら、拍子抜けだったわ」
道中、ローリスさんがそんな風に愚痴を言う。
まあ、確かに、退魔士として、妖怪を退治する仕事をしているわけだし、役割的には、あちらの世界の冒険者に近いだろう。
冒険者にもピンからキリまでいるが、魔物を退治できるような冒険者は、それなりに武器の扱いを心得ている。
そう言う意味では、奥川さんの銃さばきは素晴らしかったが、冒険者は、ただ武器の扱いがうまいだけでは成り立たない。
相手の攻撃を避けたり、有利な地形に誘い込んだり、相手の攻撃を封じたり、様々なことをする必要がある。
実力差があれば、単なるごり押しでもなんとかなるだろうけど、今回は、こちらがAランク、下手したらSランク級の魔物だったのに対し、あちらは初心者から脱却したばかりのDランク冒険者ってところだろうか。
そう考えると、結果は見えているよね。
「それだけみんな強いんですよ」
「でも、退魔士があんな弱っちいとすると、妖怪はどの程度のレベルなのかしら?」
「どうでしょう。魔石のことを考えると、ちょっと判断つきにくいですが」
あの程度の退魔士が相手どれるというなら、そこまで強くない気もするが、魔石もどきに秘められていた魔力量を考えると、結構強いんじゃないかという考え方もある。
魔力の量は、強さに直結するからね。
「ま、やってみればわかるか」
「そうですね。一度戦えば、ある程度はわかるかもしれません」
どうせ、今から戦うんだし、そこまで気にする必要はないだろう。
もし、とんでもなく強くて、転生者達でも太刀打ちできないってなったら、その時は申し訳ないけど退魔士の人達に任せて、私達は離脱するって言うことも考えている。
まあ、多分大丈夫だとは思うけどね。
そんなことを考えながら、妖怪がいるとされる場所まで向かうのだった。
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