第百十七話:魔石を手に入れるために
昼間はあちこちの家から煙が上がり、カンカンと鉄を打ち付ける音がしていたが、今の時間帯ではそれも収まっている。
ザック君に案内されて向かった先は通りに面した場所にある一軒の工房だった。以前訪れた魔道具屋と同じ通りにある。
なかなか小綺麗な店構えで、中に入ると様々な魔道具が棚に並べられて飾られていた。工房の奥にはカウンターがあり、その奥にある椅子に一人のドワーフが腰かけている。
茶色いエプロンを身に着け、手で顔を覆っている。だらりと椅子に凭れ掛かる姿は非常に疲れているという印象を受けた。
「親父、帰ったぞ」
「ザックか? どうだ、魔石は見つかったか?」
「いや、今日もダメだった。ごめん……」
「そうか……。いや、いい。そんな大きな魔石滅多にないからな、仕方ないさ」
哀愁漂う姿はザック君に共通する部分がある。
彼は勢いをつけて立ち上がると、今私達に気付いたのか目を丸くしていた。
「おや、客か?」
「いや、それがさ……」
ザック君が私達のことについて説明する。
設計図を見せて欲しいというくだりに入ると、あからさまに怪訝な顔をしてこちらを見つめてきた。
「こういっちゃ悪いが、素人が設計図を見たところでどうしようもないと思うぞ? 気持ちはありがたいが……」
「承知しています。ですが、もしかしたら何か役に立てるかもしれません。どうか見せていただけませんか?」
「そうは言ってもなぁ……」
腕を組みながら渋っている。まあ、当然と言えば当然だろう。
魔道具作りの経験があるならともかく、全くの素人では話にならない。それに相手はまだ子供だ。信用して見せろと言われても困るだろう。
お姉ちゃんは黙って私達の会話を見守っている。どうやら成り行きに任せるようだ。
「嬢ちゃんが材料の魔石を提供できるって言うなら話は別だが、全くの部外者に情報を明かすわけにはいかないんだ。すまんな」
「そうですか……」
まあ、依頼者の守秘義務みたいなものもあるだろうし、そう簡単に見せてもらうわけにはいかないか。もしここで情報が洩れればこの工房の信用を失わせることにも繋がりかねないし、あまり突っ込むのも危険だろう。
設計図を見れば確実に打開策が浮かぶというなら強引にでも見せてもらおうと思ってたけど、別にそういうわけじゃない。設計図を見たいのはただなんとなくだ。なら、これ以上立ち入るのは迷惑になるだろう。
「その魔石が手に入れば作れるんですよね?」
「作れる、と言いたいが、正直微妙だな。今すぐ取り掛かっても間に合うかどうか……」
魔道具がどのようにして作られるのかはわからないけど、残り二週間ではかなり厳しいらしい。急ピッチで作ってぎりぎりというところだそうだ。
どうにか工程を突き詰めて最適化しても、少なくとも後三日以内に魔石が見つからなければ魔道具は完成できないとのこと。
見つかるかはわからないけど、出来ることなら見つけてあげたいな。
「わかりました。こちらでも探してみます」
「ありがとな。だが、気持ちだけで十分だよ」
儚げに笑う彼の顔にはもう諦めの色が滲み出ていた。
この依頼を達成できなければこの工房は潰れることになる。依頼一つを完遂できなかったからと言ってそこまでするかと思うが、相手はそれを実行できるだけの権力がある。
別に私達はこの工房の関係者というわけではないし、潰れようが潰れなかろうが関係ないと言えば関係ないけど、こうして関わってしまった以上、出来ることなら助けたい。
また来ることを告げて、工房を後にする。さて、どうやって調達したものか。
翌日、私達はギルドを訪れてみた。
今は一応王子の護衛任務中であり、別の依頼を受けるのはあまり褒められたことではないけど、もし目当ての魔石を持っていそうな魔物の討伐依頼があるなら受けてみようかということになったのだ。
拳二つ分もの大きさの魔石となると最低でもBランク相当。確実に狙いに行くならAランクは欲しいところだ。
私は文字が読めないからお姉ちゃんに確認してもらったところ、目的に該当する依頼が一つだけあったらしい。それはギガントゴーレムと呼ばれるAランクの魔物の討伐依頼だ。
ゴーレムは錬金術によって生成される個体と自然の魔力によって生成される個体の二種類が存在する。依頼のゴーレムは後者の方で、魔石が取れる鉱山ではよく出現するらしい。ただし、今回の様にランクが高いものが出現するのは稀だそうだ。
ゴーレムは高い物理耐性を持つ代わりに魔法には比較的弱い。しかし、中には周囲の土などを使って自動修復するゴーレムもいるらしく、魔術師がいても場合によっては苦戦を強いられる。しかも今回の場合、一体だけではないようだ。
複数に囲まれれば当然不利になる。動きは遅いが、下手に動いて囲まれたら死を覚悟するしかない。
受付さんに話を聞いたが、どうやらこの依頼、場所は例の鉱山のようだ。しかも依頼主は国。これってもしかして、鉱山が封鎖された理由ってギガントゴーレムが出たからなのでは?
ドワーフという種族は力が強く、手先が器用という反面、魔法にはあまり適性がない。あって属性一つだ。だから、魔術師の数が少ない。
ギガントゴーレムはAランクの魔物らしいが、魔術師がいればそこまで高くはないだろう。
自力では倒せない以上、討伐は冒険者頼みとなる。しかし、Aランクの魔物相手だと並の冒険者では相手は務まらない。この依頼は張り出されてから結構な日数が経っているようだったが、未だに完遂されていないのはそのせいだろう。
さて、Aランクの魔物であれば魔石の大きさには期待できるだろう。私は魔術師だし、お姉ちゃんだって多少の魔法は使える。何ならアグニスさんだって炎の魔剣を使えば戦えるだろう。
この依頼を達成できれば鉱山の問題も片付くと考えられるし、そうすればたとえ魔石が手に入らなくても鉱山から魔石を入手できる。まさに私達にうってつけの依頼だ。
ならばさっそく受けるかと言われたらそういうわけにはいかない。
私達は現在王子の護衛依頼中であり、そんな中でホイホイと他の依頼を受けるわけにはいかない。ギルドに来たのはもしかしたら解決策となる魔物討伐の依頼があるかどうかを確認しに来たのであって、そのまま受けに来たわけではない。
少なくとも、依頼主である王子には確認を取らなければならないだろう。勝手に動いて後で責任を追及されても困る。
というわけで、一度城へと戻ることにした。
そろそろお昼ということもあり、会議も一段落付いている頃だろう。
「よう、今日は早いな。また俺と勝負する気になったか?」
「いえ、遠慮しておきます」
城で待機していたアグニスさんは相変わらず血気盛んだった。
あれからずっと城で待機しているらしい。今か今かと皇帝と戦う時を楽しみにしているようだった。
まだ行動に移していないだけましだが、下手をすればいきなり皇帝に襲い掛かるなどして国際問題になりかねないのが怖いところ。
そこらへんは王子がうまく手綱を握っていると信じたいが、どうだろうか。
そんな疑念を抱えながら王子の部屋を訪れると、ちょうど帰ってきたところなのか、メイドに紅茶を入れてもらっている王子の姿があった。
「おや、ハクか。すまないね、護衛なのに暇を与えてしまって」
「いえ、大丈夫です。それより、少し相談したいことが……」
「まあ、そこで立ちながらというのも何だろう。こっちに来て座るといい」
王子に手招きされ、せっかくだからとそのまま招かれる。メイドさんが椅子を引いてくれたのでお礼を言いながら座ると、即座に私の分の紅茶も用意してくれた。相変わらず仕事が早いメイド達だ。
「それで、相談というのは?」
「はい、実は……」
一度カップに口を付け唇を湿らせた後、王子に促されて私は町での出来事を話し始めた。
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