第四百九話:お互いの利益
「私共としては、魔石を提供するのも吝かではないのですが、一つ問題がありまして……」
マツさんが言うには、妖怪から取れる魔石には、強い霊力が込められているらしい。
これは、退魔士達が妖怪を退治する際に用いる、妖怪を封じるための霊力の代用として使え、現在も、呪符を始めとした対妖怪アイテムの材料として、広く消費されているらしい。
ここにいる転生者達は、魔物である。この世界で言うところの、妖怪であると言っても過言ではないだろう。
そんな彼らが暴れ出せば、退魔士としても止めなくてはならなくなり、余計な仕事が増えるので、魔石を上げること自体は特に問題はない。
しかし、そうやって広く使われているものだから、在庫は少なく、満足な量を常に提供できるかどうかはわからないとのこと。
「基本的に、魔石は退治した退魔士に権利があります。協会でもある程度は確保しようとしていますし、退魔士の中には協会に譲ってくれる人もいますが、量は安定しません。どの程度の頻度で必要なのかはわかりませんが、どこかで穴が出てくるかと」
「つまり、安定して供給するのなら、直接妖怪を倒して、手に入れた方がいいってことですね」
「そ、その通りです」
だいぶ遠回しに言っていたが、つまりはそう言うことだ。
退魔士協会としては、年々人不足に陥っていて、妖怪の対処が難しい。そして、転生者達は妖怪から入手できる魔石が必要。
この二つの要求を同時に満たすのなら、転生者達が妖怪退治をし、直接魔石を手に入れるのが一番手っ取り早いだろう。
あちらは人手不足が多少解消できるし、こちらは魔石を手に入れられる。
妖怪がどういうものかはわからないが、あちらの世界で言うところの魔物と一緒なら、転生者達ならそこまで苦戦はしないだろう。
最悪、神力という名の霊力を使ってごまかすことはできるだろうし、どちらにとってもメリットのある行為だと思う。
「ローリスさん、どう思います?」
「うーん、魔石問題が解決するのはいいけど、それだと労働力として使うって言うメリットがなくなるのよねぇ」
現在、転生者達は、夜勤限定とはいえ、警備の仕事に就いている。
これは、転生者達がこの世界でも暮らせるようにお金を稼ぐ目的もあるが、大きなところでは、正則さんの労働力としての意味合いがある。
転生者達は、正則さんに拠点や食料などの補助をしてもらう代わりに、労働力で返す。
魔物に転生したというアドバンテージがあるから、強さという意味ではこの世界で右に出る者はいないだろうし、敵対している組織もいる状況では、最強の護衛としての使い道がある。
一応、異世界からの物品の取引を視野に入れているから、それで相殺できないこともないかもしれないけど、それを考えると、その機会を奪ってまで、魔石を取るために妖怪退治に専念するって言うのは、正則さんにとってはデメリットの方が大きいわけだ。
これが、全員でなく、一人だけとか、あるいは一週間のうち一日だけとか、それくらいの自由度があるなら話は別だが、そうでないなら、なかなか頷くことはできなさそうである。
しかし、かといってこのまま帰るかと言われたらそれも難しい。
今のところ、魔石を入手できる可能性があるのはここだけだし、協力することは決定事項と言ってもいい。
問題は、その頻度をどうするかという話だ。
「その妖怪って、どれくらいの頻度で現れるんですか?」
「日によってまちまちですな。一日に複数現れることもあれば、数日間音沙汰がないなんてこともある。気まぐれで、いつ現れるかもわからないのが辛いところです」
わかりやすく、森の中とかに入ったら魔物がたくさんいる、みたいな感じなら話は早いのだが、妖怪はそう言うことではないらしい。
どちらかというと、町の中によく出没し、時にいたずらを仕掛けたり、時には腹を満たすために襲い掛かったり、といった具合のようだ。
一応、特定の場所を拠点として、徒党を組んでいる妖怪もいるようだけど、そう言った妖怪は力も強く、安易に手出しもできないため、何もしない限りは放っておくしかないって感じらしい。
案外、退魔士協会も力がそこまでないのかもしれない。人も少ないって言ってたしね。
「現れたら即向かう、みたいな感じなんですかね」
「その通りです。移動手段は各種用意していますが……」
「うーん……」
妖怪が現れるのはまちまち。つまり、常に待機していないと、見逃す可能性がある。
ワンチャン、仕事をしながら、出た時だけ向かうって言うスタイルでもいいんじゃないかと思ったけど、流石に、警備の持ち場を急に離れるわけにはいかないし、やるならどちらかに絞らないといけないだろう。
転生者を労働力として使うって言うのは、ローリスさんが頼み込めば多少は免除してくれるかもしれないけど、それがずっと続くのは、お互いにとってデメリットでしかない。やはり、どちらにも利がないといけない。
となると、転生者の中から、何人か選んで、その人が妖怪退治担当、他が普通に仕事をするって感じになるかな?
交代制にすれば、そこまで不満は出ないだろうし、転生者達も、安寧の生活に必要だというのなら、そこまで文句もないだろう。
まあ、場合によっては、全く出番がない転生者と、めちゃくちゃ忙しい転生者が出るだろうから、そこで少し揉めるかもしれないけど、それはもう仕方のないことだ。
「とりあえず、本当に魔石が手に入るかもわからないんだし、試しにやってみたらいいんじゃない?」
「それもそうですね」
「おお、それでは協力してくださいますか?」
「まずはお試しで。妖怪退治というのが、どういうものかもわかっていませんからね」
これで、妖怪を倒しても魔石は手に入りませんでした、というのなら、完全に撤退していいだろう。
もはや、カガリ様がいたあの神社でゆっくりと回復に努める以外にないと思う。
でも、もし妖怪から取れる魔石が効果があるのなら、試してみてもいい事案だろう。
マツさんは、深々と頭を下げ、感謝の意を述べる。
かなり切実そうだったから、人手不足が本当に深刻なんだろうな。
施設は立派なのに、残念なことである。
「で、ではまず、妖怪退治の何たるかをお教えしたいと思います。椿姫君、皆さんをご案内して」
「かしこまりました。では皆さま、こちらです」
そう言って、応接室を後にする。
さて、ちょっと面白くなってきた。
妖怪退治に興味はないけど、妖怪自体には興味がある。
果たして、あちらの世界で言うところの魔物と本当に同じなのか。
昔聞いた、ろくろ首とか、一反木綿とか、そう言った妖怪もいるんだろうか。
未知のものに出会うというのは少し怖いけど、御伽話で聞いたような存在に出会えるかもしれないというのは、少しワクワクするね。
「こちらは、演習場になります。妖怪に対して、どのように対処すべきかを学ぶ場所ですね」
そう言って、連れてこられたのは、広い体育館のような場所だった。
遠くには的があり、確かに演習場って感じがする。
あちらの世界でもこちらの世界でも、あまり形は変わらないのかもしれない。
いや、設備自体はこっちの方が断然立派だけど。
演習場には、何人かの人が訓練しているようだ。
まずは、彼らを見て覚えろってことなのかもしれない。
私は、邪魔にならないように後ろに陣取りながら、様子を眺めるのだった。
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