第四百六話:神様と退魔士協会
本殿に通されると、そこには一人の女性がいた。
教科書でしか見たことのないような十二単を身に纏い、目を閉じながら静かに佇んでいる。
巫女さんは、私を案内した後、すぐに部屋を後にしてしまった。
今、この空間には、私とその女性の二人しかいない。
「ふむ、思ったよりも小さななりじゃな。新参だとは思っておったが」
「えっと、あなたは?」
「おっと、いきなり無礼であったな。わしはカガリ。この神社で祭られている神の一柱じゃよ」
扇で口元を隠しながら、妖艶に笑う女性。
見た目は結構若そうだけど、神様なら、見た目の年齢は当てはまらないか。
とりあえず、神様だというなら、敬意を払わなければならない。
私は、一礼し、座るように促されてから腰を下ろした。
「いきなり呼びつけてすまなんだ。久しぶりに、別の神の気配を感じたものでな」
「私を神様にカウントしていいんですか?」
「新参だろうが何だろうが、神は神じゃろ。まあ、見覚えがないのはちと不思議じゃが、おぬし、どこの神なのじゃ?」
そう言って、不思議そうな顔をこちらに向けてくる。
さて、どうしたものだろうか。
私が神様だというのは、まあ、もどきとはいえ間違ってはいないからいいとして、どこまで話すべきなんだろうか。
別の世界から来ましたでいいんだろうか?
一応、大昔には、あちらの世界もこちらの世界と交流をしていたようだし、その時のことを知っているなら、特に不思議なことでもないだろう。
「私はこの世界の神様ではありません。別の世界から来たのです」
「ほう? 確かに以前は別世界との繋がりもあったが、ここ最近は全く音沙汰がなかったというのに。また交易でもしに来たのかえ?」
「そう言うわけではないんですが……」
どこまで話そうと思ったが、神様相手に、嘘はあまりつかない方がいいだろう。
その気になれば、嘘なんてすぐに見抜くことができるだろうし、そもそも悪いことしに来ているわけでもない。
そう言うわけで、私は転生者達のことも含めて、話すことにした。
「……なるほど。こちらの世界から転生した者を、再びこちらの世界に住まわせようとしていると」
「はい。問題があったでしょうか?」
「まあ、転生させた以上、その魂はその世界で昇華されるもの。本来であれば、戻ってくることは好ましくはないが、別に、戻ってくるなという決まりがあるわけでもない。元はこちらの世界の管轄じゃし、そこまでとやかく言うつもりはないよ」
転生には、転生を司る神様が関わっているらしい。
本来なら、その世界の中で完結されるべきものだが、その当時は、別の世界に行きたいという魂がちらほら見られたのもあって、別世界に転生させるということが流行っていたようだ。
おかげで、その魂の管理を誰がするのかという問題が起こったが、基本的には、住む世界の神様が担当するということになっていた。
世界を超えて、再び戻ってくるというのは想定外ではあるが、元々はこの世界の住人だというなら、そこまで気にするようなことでもないため、住むこと自体はとやかく言うつもりはないらしい。
ただ、問題もあるようだ。
「あの頃は、いわゆるチート能力を付与するというのが流行っていたせいもあって、転生者は強力な能力を持っていることが多い。この世界に戻ってくるのはいいが、問題を起こすようであれば、対処も考えねばならんぞ?」
「それに関しては、転生者達も重々承知しております。あくまで、力は使わず、この世界で普通に暮らしたいと考えているだけですので」
「そう言うことならいいのじゃが。もし何かあったら文句くらいは言わせてもらうぞ?」
「は、はい……」
住むのは構わないけど、貰った能力を使って大きな問題を起こせば、その時は文句を言うと。
文句程度で済むならいいんだけど、下手に怒らせて、存在を抹消されるとか、二度とこの世界に来られなくすると言った処置をされると、私も困る。
この世界には、私にとって大切な人がたくさんいるのだ。来れる手段が見つかったのに、それを転生者の件で潰されては堪ったものではない。
転生者達には、本当に問題を起こさないように注意しなくては。
「あ、その、問題を起こすなというのは重々承知なのですが、一つ看過できない問題がありまして……」
この際なので、私は今転生者達が抱えている問題についても相談することにした。
魔物に転生したが故に、魔石を欲するという症状。
あちらの世界であれば何の問題もないその制約が、この世界では重くのしかかる。
今はまだ問題はないけど、これが今後も続くとなれば、問題が起こることは間違いない。
そのあたり、何かいい案はないだろうか?
「魔石、ああ、あの石のことか。それがないと、転生者達は衝動を抑えられなくなって暴れてしまうかもしれんと」
「はい。どうにかならないでしょうか?」
「ふーむ。この世界で魔石を得る方法のぅ……」
カガリ様は、扇を額に当てて何やら考え込んでいる。
もし、この問題が解決できるのなら、一気に前進するんだけど、果たして。
「……その、魔石というのは、魔物を狩ることで手に入れることができる代物じゃったな。であるなら、この世界でも似たようなものを狩れば、手に入るのではないかえ?」
「似たようなもの、そんなものいるんですか?」
「一応な。妖怪、と言えば、そなたも見当がつくのではないかや?」
妖怪、確かに、ファンタジー世界の魔物の立ち位置を考えれば、この世界で言う魔物は妖怪が当てはまるのかもしれない。
でも、妖怪なんているんだろうか?
昔は、そう言った者がいたって話はよく聞くけど、現代において、妖怪の仕業だ、なんて言われるようなことはほとんどない気がする。
「見当はつきますけど、現代に妖怪なんているんですか?」
「おるよ? ついでに言えば、妖怪を退治する組織も存在する。退魔士協会って奴じゃな」
「そんなものが……」
まさか、そんなものまで存在するとは思わなかった。
なんか、だいぶファンタジー寄りになってきた気がするけど、もしかしてこの世界も、裏ではそういったものがたくさんあるんだろうか?
「そ奴らと協力して妖怪を狩れば、もしかしたら魔石とやらも手に入るかもしれんの」
「でも、妖怪なんて見たことありませんけど、どこにいるんですか?」
「そこらへんは協会の者に聞くがよい。渡りくらいはつけてやろうぞ」
「あ、ありがとうございます」
なんかよくわからないけど、退魔士協会というところに行くことになりそうだ。
一体どんなところなのかはわからないけど、もし、妖怪を狩ることによって魔石が手に入るのなら、この世界でも暮らすことはできそうである。
まあ、妖怪なんて見たことがないし、いたとしてもとても少数だった、とか言うのなら話は別だけど、ひとまずやってみるべきだろう。
カガリさんは、手を鳴らして巫女さんを呼び、私に退魔士協会への書状を認めてくれた。
これを持っていけば、協力してくれるとのことだけど、果たして。
期待半分、不安半分な気持ちで、本殿を後にするのだった。
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