第百十六話:魔石を求める少年
質問攻めから解放されたのは日もだいぶ落ちてきた頃だった。
失敗作だと思っていた私のポーションは低位ポーションとして見ればかなりの出来らしく、研究者たちの興味を引くには十分なものだったらしい。
とはいえ、元は中位ポーションを作ろうとしてできた失敗作。材料も中位ポーションの素材を使用している。魔力が足りないと言っていたが、あれをそのまま魔力を込めたところでただの中位ポーションが出来上がるだけだと思う。
比率に関しては【鑑定】を使いながらやっているから詳しいことはわからないけど、大体これくらいがいいのではないかという案と、加えた方がいいのではないかという材料については伝えておいた。
王都でもポーションを売っている店はあったけど、【鑑定】で見てみると面白いことに気が付いた。カラバの町のギルドで買ったポーションと王都で売っているポーションの素材が違うのだ。
基本的な材料は同じなのだが、微妙に異なっている部分がある。もちろん、さっき見せてもらったポーションも微妙に材料が違っていた。
一口に回復ポーションと言っても一つの組み合わせだけでなく、色々な組み合わせで同じ効果を期待できるものもあるようだ。
だから、私もポーションを作る時はその辺を考慮してたまに別の素材を使ってみることもある。その結果、これなら作りやすいという組み合わせもいくつか見つかった。
それを伝えただけなのだが、大いに興味を惹かれたらしく、より細かいところまで聞き出そうとしてきた。その結果、こんな時間になってしまったというわけだ。
まあ、本場のポーションがどのように作られているのかを知れただけでもよかったし、もしその気になったらいつでも歓迎すると言われたので良しとしよう。
「ハク、大人気だったね」
「みんな研究熱心なんだね」
ポーション作りは加える材料の組み合わせや混ぜ合わせるタイミングによって無限の組み合わせが存在する。その中から効果あるものを選別し、世に広めていくというのは中々に難しい作業だろう。
それだけのことを成そうというのだから、あれくらい研究熱心でなければやっていられないのかもしれない。
まるで餌に群がる蟻のごとく囲んできた研究者たちの事を思い出しつつ、小さく笑った。
「それにしても引退した後かぁ。何も考えてなかったなぁ」
「お姉ちゃんならまだまだ現役でいられると思うけどね」
「まあね。ハクがポーションの研究者になるんだったら、私はそのポーションを売るお店でもやろうかな」
何なら今すぐにでも研究者にならないかと誘われたが、それは流石に断った。今すぐ決められることじゃないし、将来を決めるには私はまだ若すぎると思う。
精神年齢こそお姉ちゃんより年上だけど、せっかく若返ったのだからもっといろんなことに挑戦してみたい。性格柄研究職に就くだろうなぁとは思っているけど、何もポーションだけがすべてではないしね。
今の時点で気になるものと言えば、魔石だってそうだし、魔法だってそうだ。せっかく冒険者なのだから、冒険者らしくいろんな場所を見てみたいというのもある。
まだまだ考える時間はたくさんある。その中で、自分のやりたいことをみつけられたらいいな。
「おっちゃん、例の魔石は……」
「悪いな坊主。そんなでかい魔石はねぇよ。他をあたってくれや」
そんなことを考えながら歩いていると、店先に見覚えのある少年を見つけた。
確か、ザックくんだっけ?
あの様子だとまだ目当ての魔石は手に入っていないらしい。
あの店にはもう何度も行っているのだろう、店主は態度こそ優しいが、うんざりとしたような顔をしている。
「あの、お困りですか?」
トボトボと歩いていく後姿がいたたまれなくて、思わず声をかけてしまった。
俯きがちに振り返った少年は胡乱な目で私を見つめてくる。
「俺?」
「はい、もしお困りなら相談に乗りますよ」
話を聞いた時から気になっていたのだ。その時はなんだかんだで何とかなるだろうと思っていたけど、どういうわけか鉱山が封鎖されていると聞いてからきっとこの子の問題は解決しないだろうと思った。
魔石を求めているというのは知っている。だけど、その魔石を入手する場所が封鎖されている。そして、そんな大きな魔石を持つ魔物を倒そうとなれば、相当な実力がなければいけないし、そもそも都合よく近くにそんな魔物が出るかもわからない。仮に出たとしても、期限とやらに間に合わないだろう。
魔石なら私もいくつか持っている。ザック君が求めるような大きさの魔石かどうかはわからないけど、そこそこ大きなものもあるにはある。
私がザック君の助けになれるかはわからない。だけど、少しでも力になれるのなら放っておくわけにはいかなかった。
「……お前、魔石を持ってないか?」
ザック君はしばし悩んでいたようだったが、やがてぽつぽつと事情を話してくれた。
話してくれた内容は魔道具屋の店主が話してくれた内容とほぼ同じ。入手困難な魔石を使った魔道具の作成を依頼され、作れなければ店を潰すと脅されている。期限はもう二週間後に迫っており、すぐにでも魔石を見つけなければもう間に合わないという状況のようだ。
ザック君が示した魔石の大きさは拳二つ分くらいだった。魔石の大きさは魔物によってまちまちだけど、拳二つ分ともなればB~Aランクはあるらしい。
それでも、鉱山からとれる魔石ならばそのくらいの魔石も取れないことはないという。しかし、肝心の鉱山に入ることが出来ず、他の店でもそれほどの大きさの魔石は持っていないとのことで途方に暮れているらしい。
私が持っている魔石にも拳大のものはいくつかあるが、流石に拳二つ分はなかった。
一応見せてみたが、これではやはり足りないらしい。
「二つの魔石を使用して作ることはできないのですか?」
「出来ないことはないけど、今回は向こうが設計図を用意してる。別々の魔石を繋げる回路を入れようと思ったら容量が足りないんだ」
魔道具を作る時に必要な魔力が魔石に含まれていない場合、別の魔石を一緒に組み込んで魔力量を増やすという方法がとられる。この時、それぞれの魔石の魔力を統一するために回路を組むらしいのだが、それにはそこそこのスペースを要するようだ。
今回は依頼者が設計図を用意し、この通りに作ってくれと言われていて、それには先程提示した大きさの一つの魔石が必要になるのだという。同じ魔力量になるように二つ以上の魔石を入れて回路を組もうとすると容量が足りず、形が変わってしまうからダメなのだとか。
もちろん、依頼者には多少形が変わってもいいかお伺いを立てたようだが、何かこだわりがあるのか却下されたようだ。
「確かにいい魔石だけど、必要なのは雷の魔石だ。うちに雷属性を持ってる奴はいないし、他の奴に頼むにしても時間が足りない」
「……その設計図、見せてもらってもいいですか?」
「えっ?」
私は魔道具作りなんてしたことがない。設計図を見たところでどうにもできない可能性の方が高いだろう。でも、もしかしたら何か解決の糸口を見つけられるかもしれない。
ザック君はきょとんとした顔で私の顔をじっと見ている。
「……お前、魔道具職人なのか?」
「いえ、違いますよ」
ザック君の顔が訝し気なものに変わる。それはそうだろう、魔道具作りに携わったことのない人間が魔道具の設計図を見たところで何かわかるわけがない。
しかし、ザック君の方も逼迫した状況にあることに変わりはなく、藁にも縋る思いなのは事実だった。
「……わかった。ついてこい」
不信感を抱きつつも、私に頼ることにしたようだ。
不安そうに揺れる背中を見ながら、私はザック君の後を追った。
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