幕間:猫達の幸せ
猫の世話をしていた獣人、バレットの視点です。
王都には、多くの野良猫が存在する。
その多くは、貴族がペットとして飼っていた猫を捨てたことが原因だ。
そこから、野良猫達が子供を産んで、さらに増え、駆除しなければならないという事態に陥ったのである。
人によって連れてこられ、人によって捨てられ、人によって駆除される。
随分と身勝手なことだけど、猫を飼うのも大変だから、捨ててしまう気持ちもわからなくはない。
特に、猫は気まぐれだから、時には高価な調度品を壊してしまったり、ひっかいて傷つけてしまったりといったこともあるので、それに怒って殺してしまう人もいるほどだ。
そう考えると、殺さずに捨てているのは、まだ温情があると言えなくもない。
まあ、どちらにしろ、猫にとっては迷惑極まりないことではあるが。
「こうして餌を上げるのも、いつまで続けられるかはわからなかったけど、引き取ってくれる人がいて本当によかった」
僕は、そんな猫達を救うべく、保護しようとしていた。
本来、野良猫を飼うなんて、貴族にとっては恥ずべきことであり、普通は保護しようなんて思わない。
猫は裕福なことを示す存在であり、愛でる目的で飼うこともあるが、どちらかというと、高価な品という意味で飼うことが多い。
中にはネズミを駆除する目的で飼う人もいるが、いずれにしても捨てられていた猫を拾って飼うなんてことは、恥ずかしい行為として忌避される。
もし、拾ってくれる人がいるとしたら、そう言ったことにこだわりがない人なんだろうが、そう言う人が猫を飼えるほど裕福かと言われたら、そんなことはない。
なので、結局野良猫を拾おうとする人なんていないわけである。
そう言う意味では、僕は変わり者なのかもしれないが、どうにも、猫は他人として見れない。
しかし、保護しようにも、野良猫の数は膨大過ぎる。
最初は全員保護しようと思ったが、あまりにも多すぎたため、結局見つかりにくい裏路地に猫達を集め、そこに餌を上げることによって、疑似的に保護しようとしていた。
だが、これは国の方針に逆らう行為である。
いくら、多額の献金とこれまでの功績によって貴族としての地位を手に入れているとはいえ、そんなことをすれば心証も悪い。
金銭的な問題もあるし、いつまでもこれを続けられるとは思っていなかった。
しかし、ここ最近、王都の野良猫達を全員引き取ってくれるという人が現れたのである。
それが、ローリスさんだ。
「まさか、一国の皇帝が提案してくるとは思わなかったけど」
その時、僕は病気で猫達に餌を上げに行けなかった。
そのせいで、餌不足に陥った猫達が駆除員に捕まり、だんだんと減って行っていた。
その状況に、心を痛めていたが、そんな時に、ハクという少女がやってきたのである。
ハクさんは、獣人の間でしか伝わっていない獣人の秘薬をすぐさま用意し、僕の病気を治してくれた。
獣人の秘薬は、薬師の間で秘匿されている技術だし、本来なら、獣人以外でそれを手に入れるのはほぼ不可能である。
それなのに、手に入れたどころか、そのスピードもたった数時間という短さ。
あらかじめ、手に入れていたんじゃないかと思うくらいの早さに、お父さんも驚いていたものだ。
おかげで、すぐに復帰することはできたんだけど、その時にハクさんが紹介してくれたのが、ローリスさんである。
ローリスさんは、ヒノモト帝国の皇帝であり、何と、元々は猫だったのだという。
初めて会った時は、見た目がそのまんま魔物だったので驚いたものだが、よく見れば、親近感が沸くし、話してみればとてもいい人だとわかったので、こんな人が保護してくれるのならと、僕も覚悟を決めたのである。
「さて、今はどうなってるかな」
猫達は、ヒノモト帝国で、丁重に保護されることになった。
ヒノモト帝国があるのは、ルナルガ大陸という、今いる大陸からするととても遠い場所だったけど、そこはハクさんが転移魔法陣という便利なものを用意してくれたおかげで、解決できた。
本当に、ハクさんにもローリスさんにも感謝してもしきれない。
「あら、バレット、よく来たわね」
「ローリスさん、また来ちゃいました」
現在、僕はさっそく転移魔法陣を使って、ヒノモト帝国を訪れている。
あれから、何度かに分けて猫達を送って行ったが、みんな、ちゃんと幸せに生活できているようだ。
猫達のためだけに作られた家々に、遊び道具の数々。土地も広く、今もなお、範囲を広げている最中なんだとか。
ローリスさんの猫への愛がとても強いのがわかる。
お腹いっぱい食べられているようだし、ここならば、猫達も安全に暮らしていけるだろうという確信があった。
「みんなバレットのことを待っているみたいよ」
「それは、嬉しいですね」
最初は、猫達を預けることに葛藤もあった。
きちんと保護はしてあげられなかったけど、それでも長い間共に過ごしてきた家族同然の子達なのである。
それを、いきなり離れ離れになってしまうと考えたら、とても悲しい気持ちになった。
でも、実際には転移魔法陣ですぐ来れる上、猫達も安全に暮らせるとなれば、特に反対する理由もない。
特に、ローリスさんの人柄を知った今では、むしろ預けるべきだとすら思えた。
ローリスさんは、僕以上に猫に近しい存在である。
話を聞いた時に、過去のこともいくつか聞くことができたけど、そりゃ猫に対して過保護にもなるよなと思った。
「みんなー、バレットが来たわよ」
「「「にゃー」」」
猫達がいる場所、いわゆる猫の村に入ると、猫達が一斉に近寄ってきた。
みんな、ここに来ても僕のことは忘れていないのか、甘えるようにすり寄って来たり、頭の上に乗っかってきたりする。
これだけでも、僕にとっては嬉しいことだ。これからも、みんなとは家族でいたいね。
「人気者ね」
「ローリスさんだって、結構懐かれているように見えますが」
「そりゃ、私は猫だもの。仲間なのは違いないわ」
確かに、仲間という意味では、ローリスさんは限りなく猫に近いだろうけど、猫達が集まっているのは、それだけではない気がする。
「そうだ、ちょっと紹介したい人がいるんだけど」
「紹介したい人、ですか?」
「ええ。私の妹なんだけど」
「妹がいたんですか!?」
まさか、ローリスさんに妹がいるとは思わなかった。
というか、ローリスさんって元は猫なんだよね? ということは、妹って言うのも猫なんだろうか。
それとも、妹のように可愛がっている人ってことなのかな?
どちらにしろ、気になる存在である。
「ええ。ウィーネ、いらっしゃい」
「はい、こちらに」
ローリスさんがちらりと後ろを振り返ると、次の瞬間にはその場に人が現れていた。
修道服のような服を着た、青い毛並みが美しいワーキャット。
ローリスさんと似ているから、やはり同じ猫なのかもしれない。
【擬人化】というスキルのおかげらしいけど、本当に便利なものだ。
「お初にお目にかかります。私はウィーネ、どうぞよろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
ローリスさんと違って、きちんと服を着ているのが若干違和感を感じるが、むしろ、人型なのだから、着ている方が普通なのかな。
猫達と戯れながら、ウィーネさんと話す。
町を見て回った時も思ったけど、この国は変わった人ばかりだけど、優しい人ばかりだ。
こんな出会いをくれたハクさんに感謝しつつ、交流を深めるのだった。
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