幕間:猫を飼おう
主人公、ハクの視点です。
今まで、猫を飼ったことは一応ある。子供の頃、実家で二匹ほど飼っていた。
猫を飼うことになった経緯は、一夜が捨て猫を拾ってきたところから始まる。
実家は、都会から若干離れているせいもあって、地域に猫が根付いていた。
それ故に、人々も猫と共生することに抵抗はなく、時には親切な人が餌を上げたりしながら、地域全体で面倒を見ていた。
しかし、一夜が拾ってきた猫は、そう言った地域の猫とは少し違う様子だった。
明らかに、捨てられたであろう段ボールの中に閉じ込められていた上、どちらもカラスか何かに襲われていたのか、傷が目立った。
本来なら、捨て猫なんて拾ってくるべきではないんだろうけど、お母さんは猫のことを心配し、病院に連れて行って、治療を施してもらった。
そして、その後なし崩し的に飼うことになり、という感じである。
どちらも子猫だったため、一夜も可愛がっていたのだが、それから数年ほど経ったある日、旅立ってしまった。
元々、体がそんなに強くなかったようで、医者からも、そう長くはないと言われていた。
それでも、数年も生きていられたのだから、長生きした方なのかもしれないけど、それでも、猫を失った悲しみは深く、一夜も、お母さんも、もう二度と動物は飼わないと決めたほどだった。
それを考えると、私が猫を飼おうとしているのは、ある意味無謀なことなのかもしれない。世話のノウハウなども知らず、飼おうとしているわけだからね。
「でも、猫が癒しなのは間違いないよね」
それでも飼おうと思ったのは、保護する目的もあるが、癒しを求めていたというのもある。
ただその場にいるだけで愛らしく、時にはこちらを振り回してくる存在。
そこまでストレスが溜まっているというわけではないが、いるのといないのとでは、いた方が断然いいよねって話である。
まあ、最悪何とかならなかったら、ローリスさんという猫の言葉がわかる人がいるわけだし、不満点を聞きだすことくらいはできるだろう。
保険があるっていいことだよね。
「それで、来てくれたのは君か」
「にゃーん」
その気になれば、数匹くらいなら飼うことも可能ではあるが、やはり、ノウハウがあまりないので、ひとまず一匹だけということになった。
そして、裏路地の広場で、誰かうちに来るかと聞いたところ、真っ先に名乗りを上げたのが、この猫である。
薄青色の毛並みに、深海のような青い瞳。あの時、私を裏路地まで案内してくれた、あの賢い猫である。
まさか、そんな賢い猫が来てくれるとは思わなかったが、あちらにも考えがあるのか、何かを訴えるように見つめてきたので、そのまま飼うことにしたのである。
「うまく要望に応えられるかわからないけど、よろしくね」
「にゃー」
猫を飼うにあたって、まず用意したのは、トイレだ。
流石に、家の中に無差別にされたら堪ったものではないので、そこらへんは最優先だ。
本来なら、ここがトイレだと教え込むために、少し時間がかかるのかもしれないけど、この猫は、本当に賢くて、一回教えただけですぐに理解したようだった。
その他にも、餌の場所や入ってはいけない部屋など、教えればすぐに実行してくれるので、猫の世話とはこんなにも簡単なものだったかとちょっと困惑する。
この猫、本当にただの猫なんだろうか? 中に人間入ってたりしない?
「ま、まあ、教えることはこのくらいかな。基本的には自由にしてていいけど、あんまり外には出ちゃだめだよ」
「にゃーん」
一応、首輪をつけていれば、外出していても駆除の対象にはならないが、それでも万が一ということもある。
一番いいのは、家から出さないことなんだろうけどね。別に、家が狭いわけではないし、外に出て散歩しなくても、そこまでストレスはかからなそうではあるし。
「後は、名前を付けないとか」
ここまで、家の中を案内してきたけど、そろそろ名前を考えないといけない。
名前、あんまり考えるの得意じゃないんだよなぁ……。
ゲームで主人公に名前を付けるってだけなら簡単だけど、某ポケットに入るモンスターのゲームでは、それぞれに名前を付けるだけで、相当な時間がかかったのを覚えている。
何かモチーフがあればいいんだけど……。
「うーん……」
青色の猫ってだけなら、いくつか心当たりがあるけど、その中から決めてしまうか?
いや、そのままつけるとあれだから、少しくらいは変えた方がいいのかな。
私は、どれがいいかと思考を巡らせる。そして、考えるより、ぱっと思いついたものをつける方がまだましな気がしてきた。
「……よし、君の名前は、ルークだ」
チェスのルークのことではない。ただ、同じ青色の毛並みの猫で、それに近い名前を持った子がいたから、ちょっとだけ変えてルークってことにした。
この名前がいいのかはよくわからないけど、ルークは承知したと言わんばかりに返事をしたし、多分大丈夫だろう。
猫のルーク。どうか、この家の癒しとなって欲しい。
そんなことを考えながら、頭を撫でた。
それから数日。ルークは、元気よく家の中を駆けまわっていた。
あの時の凛々しい雰囲気はどこへやら、無邪気に走り回って、私の前では、お腹まで見せて構ってアピールをしてくるほどである。
どちらかというと、裏路地の猫のまとめ役って感じで、落ち着きのある子だと思っていたし、実際、家のことを教えている最中は、そんな感じの雰囲気だったのに、どうしてここまで変わったのやら。
猫じゃらしにじゃれたり、物を落としたり、猫らしい猫と言った一面が見えてきている気がする。
この数日で慣れたんだろうか?
確かに、お兄ちゃん達もルークのことはめちゃくちゃ可愛がっているし、裏路地と違って、危険な人物が入り込んでくる心配もない。
野良猫として警戒しなくてはならないことがなくなって、少しはっちゃけているように見えているのかもしれない。
あるいは、私が癒しとなってくれと望んだから、そうあろうとあえて猫らしい行動をしているんだろうか?
もしそうだとしたら、どれだけ律儀なんだと言いたいが。
「まあ、よかったのかな」
あれから、バレットさんも、ヒノモト帝国に何匹かの猫を譲渡した。
一緒に様子を見に行ったけど、すでにいくつかの建物が建てられていて、中は猫達のための遊び道具がたくさん置いてあった。
仕事が早すぎると思わなくもないが、ローリスさんのことだから、あらかじめ作らせておいたんだろう。
猫達も、新しい環境に少しおっかなびっくりと言った感じだったが、しばらくすれば、元気よく遊んでいたので、恐らく大丈夫だと思う。
後は、様子を見ながら、残りの猫達も送り届ければ、駆除の問題は解決するだろう。
バレットさんには、転移魔法陣を渡してあるし、魔石に関してもある程度の量を渡してある。
後々は魔石は自分で何とかしてほしいけど、これで会いに行けなくて寂しいとはならないだろうし、万事解決と言っていいだろう。
それぞれの居場所を得て、猫達を救うことができた。
まあ、世界中に視点を広げれば、まだまだそう言った猫はいるかもしれないけど、流石にそこまでは手が届かないのでどうしようもない。
せめて、自分達の手が届く範囲くらいは、幸せでいてほしいね。
はしゃぎまわるルークの姿を見ながら、そんなことを思っていた。
感想ありがとうございます。
前回、章終わりの報告をしていなかったので、あとがきを追記しました。




