第三百九十九話:ヒノモト帝国へ
後日。ひとまず、ローリスさんに会いたいということで、一緒にヒノモト帝国に行くことになった。
あれから、色々と考えたようだが、猫達が危険なく幸せに暮らすためには、このままではいけないと結論付けたようだ。
ただ、かといってローリスさんのことはまだ信用できない。
ヒノモト帝国の皇帝だという話はしたから、そう言う意味では信用はあるかもしれないが、それでも、初対面の相手である。
だから、まずは実際に会って、どんな人物なのかを見極める。それから、答えを出そうと考えたようだ。
まあ、賢明な判断だと思う。
私は、ローリスさんのことをよく知っているし、猫達のことも何とかしてくれそうだと考えているけど、バレットさんにとってはそうじゃないからね。
流石に、皇帝に直接会うというのは緊張するようだけど、それよりも、猫達のことが心配な様子だった。
「これに乗れば、ヒノモト帝国に行けるんですか?」
「はい。最新式の魔法陣ってところですね」
ヒノモト帝国へは、私の転移魔法で行くことになる。
ただ、転移魔法を大っぴらに使うのはちょっと問題があるので、以前にも作った、転移魔法陣を描く方式にした。
私が描く転移魔法陣は、従来の転移魔法陣と違って、満月などによって左右されない。
必要な魔力さえ確保できれば、いつでも使えるものだ。
まあ、大陸間を移動するとなると、それなりに多くの魔力を消費してしまうけど、そこらへんはウィーネさんとも協力して、軽量化を施してある。
簡単に言えば、決められた一か所にしか転移できない代わりに、消費魔力を抑えたって感じだね。
本来なら、ヒノモト帝国に容易に入り込める転移魔法陣を用意することは、国の秘密を守る観点からもあまり褒められた行為ではないけど、そこはローリスさんがごり押したらしい。
それだけ、猫達のことが心配だったってことだね。
まあ、いざとなれば、出入りを制限することはできるし、最低限の守りは何とかなるだろう。
そもそも、バレットさんが魔法陣を悪用するとも思えないしね。
「最近の魔法陣はこんなに小さいんですね」
「個人用ですからね。使い方はわかりますか?」
「えっと、確か、魔力を流すんでしたっけ?」
「そうです。魔法陣の上に立って、魔力を流してみてください」
私の説明に、バレットさんは恐る恐ると言った様子で魔法陣の上に乗る。
ちなみに、魔法陣を用意したのは、ラッセルさんの家の庭である。
ちょっと無防備かもしれないが、そもそも、こんな小さな魔法陣が転移魔法陣だと考える人はあまりいないだろうし、いくら門番がいないとはいえ、貴族の家の庭に勝手に入る輩がいるとも思えない。
一応、庭の中でも目立ちにくい場所に設置したつもりだし、問題はないだろう。
「わっ……」
魔力を流した瞬間、バレットさんの姿が掻き消える。
よかった、ちゃんと起動してくれたようだ。
実のところ、当初の魔法陣は、人間が使うことを想定して作っていた。
大陸間を移動するための莫大な魔力を、人間が持つ魔力程度でも扱えるようにしようと、色々と削減したわけである。
しかし、よく考えればバレットさんは獣人である。そして、獣人は人間よりも魔力の量が少ない。
そうなると、最低限の魔力すら用意できない可能性もあったわけで、だからこそ、一度魔法陣を作り直したという経緯がある。
ウィーネさんの手まで借りてしまったのはちょっと誤算だったけど、きちんと使えているようで何よりだ。
バレットさんが転移したのを確認してから、私も転移魔法で後を追う。
転移先は、町から少し離れた場所にあるとある小屋の中だ。
ここは、開拓区域であり、ひとまずの猫達の居場所として見繕った場所である。
今の時点でもそこそこの広さがある場所ではあるが、今後、受け入れるようなら、猫達のために開拓していくつもりのようだ。
ローリスさんもやる気満々だね。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと、めまいがして……」
転移した先で、バレットさんが蹲っていた。
どうやら、魔力を使いすぎたことによって、貧血のような症状が出ているらしい。
確かに、魔力がなくなると、意識が朦朧として、最終的には気絶してしまうけど、魔法陣に使う魔力だけでも、この症状になるとなると、自前の魔力で挑むのはやめた方がいいかもしれない。
魔石による補助を考えた方がいいかもね。毎回転移の度にこんな風になってちゃ、会いに来るのも大変だろうし。
「これをどうぞ。魔力回復のポーションです」
「あ、ありがとうございます……」
ひとまず、ポーションによって、一応の応急処置をしておく。
そんなすぐに回復するものではないけど、それでも少しは楽になったのか、表情が和らいだのを感じた。
「歩けますか?」
「は、はい。大丈夫です」
ただでさえ病弱というのだから、これでまた秘薬が必要な案件になったら困ると思ったけど、ひとまず持ち直したようで何よりである。
バレットさんのことを気遣いながら、小屋の外に出て、城を目指す。
と思ったんだけど、小屋を出た瞬間、ローリスさんが出迎えてくれた。
「ま、魔物……?」
「失礼ね。私は魔物じゃないわよ」
「魔物が喋った!?」
ローリスさんの姿を見て、バレットさんが驚いてしりもちをつく。
まあ、ローリスさんの姿は、一般的にはワーキャットと呼ばれる魔物だからね。
特に、ローリスさんの場合、胸に巻いたサラシと頭にかぶった王冠くらいしか装飾品がないから、余計にそう感じる。
せめて服着ればいいのに。
「ローリスさん、なんでこんなところにいるんですか」
「ローリス? それじゃあ、この人が……」
「ええ、そうよ。私はローリス。このヒノモト帝国の皇帝をしているわ」
バレットさんは終始目を丸くしていたけど、やがて現状を理解し始めたのか、だんだんと落ち着いてきた。
「こ、皇帝陛下、無礼な真似をお許しください……!」
「ああ、そう言う堅苦しいのいらないから。普通に接してくれていいわ」
「そ、そうなのですか?」
「ローリスさんに遠慮するだけ無駄ですよ。むしろ、遠慮してたら食われます」
「く、食われる……?」
「流石に誰彼構わずやらないわよ。相手がロリショタじゃなければ」
「そう言うところですよ」
相変わらず、油断も隙もない人である。
まあ、それは置いておいて、今は猫の話だ。
ひとまず、立ち話もなんだということで、小屋の中で椅子に座って話すことにする。
「さて、真面目な話をしましょうか。あなたの町にいる猫を、この国で引き取りたいって話よ」
「……はい。僕も、そのことについて話しに来ました」
お互いに、真剣な目で向かい合う。
私とエルは、邪魔にならないように小屋の外に出ることにした。
話し合いがどうなるかはわからないけど、私が望むのは、猫の幸せである。
ここで引き取ってくれるならそれを支援するし、そうでないなら、できる限り保護するだけだ。
まあ、バレットさんの負担とかを考えると、ヒノモト帝国に任せた方がいいとは思うけど、どうなるだろうね。
話が終わるまでの間、空を見上げながら待つのだった。
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