第百十五話:研究の現場
まず見せられたのは外からも見えていた巨大な樽が並ぶエリアだった。
工場は天井まで結構な高さがあるが、その天井に届きそうなほどに巨大な樽だ。樽の上では岩の塊を人型にしたようなゴーレム達が樽の中に何かを投入しており、それを見た別のゴーレムが大きな棒で中身をかき回している。
「あれは何を入れてるんですか?」
「魔石を砕いた粉だ。材料の効果を結び合わせるための繋ぎのようなものだ」
見た限り、ゴーレム達がやっていることは私がいつもやってるポーション作りと似たようなものだ。材料を加え、水を加え、混ぜ合わせる。ただ、その規模が大きいだけで。
しかし、魔石の粉を加えるという発想はなかったな。魔石は魔力を内包しているから、魔力が何か関係しているのだろうか。
もしかしたら、王都に来てからポーションの出来が悪かったのはそのせいかもしれない。
以前ポーションを作っていた時と王都にいた時で変わったことと言えば、泉の水を使ったか否かだ。材料は同じものを同じ量だけ使ったし、それは間違いない。王都の水と泉の水で何が違うかと言われたら、魔力の有無だろう。
あの泉はアリアも気に入るくらい魔力に満ちていた。恐らく、水に魔力が滲み込んでいたんだと思う。それに対して王都の水はただの水、当然魔力なんて込められているはずもなく、その結果ポーションの効果に影響が出た。
確かにおかしいとは思ってたんだよね。同じ量で同じタイミングでやってるのに効果が違うんだもの。なるほど、魔力のせいか。
そういえば、ポーションは上位になるにしたがって魔力の濃度が高くなっていたような気がする。
今度試してみよう。魔石なら一応持ってるし、何なら買えばいいし。
「次はこっちだ」
樽エリアを抜け、工場の奥へと足を進める。案内されたのは独特な香りが漂う一室だった。
様々な種類の薬草や茸、それに魔物の部位の一部などが種類別に分けられて木箱に収められている。奥にある机にはいくつかのすり鉢が置いてあり、それに向かっているドワーフ達の姿があった。
「ここは研究室だ。日夜ポーションの効果を高めるための実験を行っている」
「お、なんだカイゼル、お客さんかい?」
机に向かっていたドワーフの一人が話しかけてきた。
眼鏡をかけ、カイゼルさんと同じく白衣を着ている。まだ若いのか、髭はあまり濃くない。配合の途中だったのか、すり鉢の中には潰された薬草らしきものがぐちゃぐちゃになっていた。
「ああ。ポーション作りに興味があるらしい。実際に実験してるところを見せてやったらどうだ?」
「へぇ、そっちの人はともかく、まだ小さい子が興味があるとは驚きだ。いいよ、見せてあげよう」
眼鏡のドワーフさんがちょいちょいと手招きする。どんなものか気になったので素直に近づくと、私にも見えるように横を開けてくれた。
「今やってるのは回復ポーションの改良だよ。こうして混ぜ合わせて、ある程度潰れて汁が出てきたらもう一つの薬草を混ぜるんだ。低位ポーションでも割と配合はシビアでね、適当にやってると品質が悪くなるんだ」
そう言いながらゴリゴリとすり鉢で混ぜ合わせていく。薬草の独特の匂いが鼻を衝くが、慣れているので特に気にはならない。
そして、ある程度混ぜ合わせたところで木箱の方に手を伸ばし、別の薬草を手に取った。
「で、今度はこれを混ぜる。なるべく均一になるように混ぜ合わせるのがコツだ」
「うーん?」
そこで私は違和感を覚えた。
せっかくポーション作りを見せてもらえるのだから、盗める技術は盗もうと思い、配合の仕方も含めて私は【鑑定】を使ってみていた。
すり鉢の中にあったのは私もいつも使っている薬草で特に問題はなかったのだが、新しく手に取った薬草を見た時にうん? となった。
なにせそれは毒草だからだ。回復ポーションにはいずれも使われない素材だ。
解毒ポーションであれば使うこともあるけど、これは回復ポーションの改良だと言っていたし、解毒ポーションのつもりで入れようとしているわけではないだろう。
それとも、これも研究の一環なのだろうか? 確かに、普通なら合わせないようなものを混ぜ合わせることで新たな発見があるかもしれない。でも、このままでは多分普通の解毒ポーションか、組み合わせが悪ければ毒薬になってしまうんじゃ?
「回復ポーションの改良なんですよね?」
「うん? そうだよ?」
「それなのに、毒草を入れるんですか?」
「え?」
気になったので聞いてみると、眼鏡のドワーフさんは手にした薬草をしげしげと眺め始めた。そして、目を丸くして声を荒げる。
「おい、誰だヒクテ草混ぜた奴。混ざらないように気を付けろっていつも言ってるだろ!」
その声に他のドワーフ達はざわざわと騒ぎ出す。
先程取った材料は部屋の中央に置かれている机の上に置いてある木箱からとられたものだ。木箱には一応蓋がついているようだが、よく使うからなのか開けっぱなしのままだ。
眼鏡のドワーフさんが取ろうとした箱には通常の回復薬に用いられる薬草が入っている。その隣には毒草があるが、眼鏡のドワーフさんが間違えて取ったわけではないようだ。
ではどういうことか。何らかの方法で毒草が隣の箱に混じってしまったからだ。
この二つの薬草は非常によく似ていてパッと見ただけでは区別がつかない。そのまま気づかずに使っていれば、知らずのうちに毒薬を生成していたかもしれない。
ドワーフ達は俺じゃない私じゃないと騒いでいたが、結局犯人は見つからずじまいだった。
この作業はかなり日常的に行われているもので、箱を見ないで手だけを伸ばして薬草を取る人も多かったため知らずのうちに混ざってしまったのだろうということで落ち着いたが、今後こう言うミスを減らすためにも蓋はしっかり閉めようと厳重注意がなされた。
「ふぅ……。騒がせて悪かったな」
「いえ、気が付けてよかったです」
もしかしたら研究の一環なのでは? と思い言わなかったら危ないところだったかもしれない。
毒薬を作ってしまったとしても事故が起きるかどうかはわからないが、完成したポーションは実際に飲んで効果を確認することも多いらしく、そういう事故は過去にも起こっているらしいので止めてよかったと思う。
「それにしても、よく気が付いたな。ぱっと見じゃ見分けつかないのに」
「私もポーション作ったことがあるので」
「え、君がかい? それは……」
ぎょっとしたような表情で私の顔をまじまじと見てくる。
そんなに変なこと言っただろうか。確かに手作りで一からポーションを作るのは珍しいらしいけど、この人達はそういう職場の人で見慣れているはずだ。そうおかしいことでもないと思うけど。
「……なあ、もしよかったらお前さんの作ったポーションを見せてくれないか?」
「え? はい、構いませんが」
後ろに立っていたカイゼルさんがそういうのでポーチからポーションを取り出す。実際には【ストレージ】から出しただけだけど、わざわざそれを見せる必要はないからね。
回復ポーション、スタミナポーション、解毒ポーション、魔力回復ポーション。とりあえず店に売っていた物はあらかた作ったと思う。
中位ポーションを作ろうとして低位ポーションになってしまった失敗作だけど、今持っているポーションはこれくらいだ。
机の上に並べてみると、他のドワーフ達も興味深そうにじろじろと見てくる。カイゼルさんは一本一本持って色を確認しているようだった。
眼鏡のドワーフさんは私に許可を取ってから少量のポーションをフラスコのようなものに入れて何かしていた。なんだろう、あれ。
「……若干不純物が混じっているが、確かにちゃんとしたポーションだ。これをお前さんが一人で?」
「魔力の濃度は低いが、効果はちゃんとあるようだ。むしろ魔力の濃度から言えば高いくらいだぞ」
どうやらあれはポーションの効果を調べる物らしい。
まあ、【鑑定】でちゃんと効果があるのは実証済みなんだけど、本職の人はこうやって調べるらしい。まあ、【鑑定】もレアスキルだしね、当たり前と言えば当たり前か。
「どうやって作ったんだ? 配合比率は? 薬草の種類は?」
「これなら魔力濃度を高めれば今の低位ポーションの性能を超えるかもしれないぞ!」
「ポーション作りができて、その上可愛いなんて……完璧すぎる!」
さっきとは別の意味でざわついている研究室。好奇の目を向けられながら、私はドワーフ達に質問攻めにされたのだった。
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