第三百九十八話:願いを叶えるために
「ヒノモト帝国に行くんですか?」
「はい。でも、ヒノモト帝国って、どこにあるんですか?」
「あ、そこからなんですね」
どうやら、詳しいことは知らないらしい。
ローリスさんが、自分は皇帝だと名乗ったかどうかはわからないけど、もし名乗っていなかったとしたら、実際に会ったらびっくりしそうだな。
いや、そもそも見た目でびっくりするかな? 見た目は魔物であるワーキャットに近いんだし。
「ハクさんは、何かご存知ですか?」
「まあ、知り合いですので、ある程度は」
「なら、色々教えてくれませんか? ローリスという人物について」
いつになく真剣な表情で聞いてくるものだから、私もとりあえず知っていることを話すことにした。
ヒノモト帝国がどこにあるかを知った時、バレットさんは目を丸くしていたけど、まあ、そんな遠くだとは思わないよね。
「こ、皇帝なんですか? そんな人と、話していたんですか、僕は……」
「そういうことになりますね」
「不敬罪とかになりませんよね……?」
「ローリスさんはそんなことじゃ罰しませんよ」
いくら貴族とは言っても、流石に格が違いすぎる。
そんな相手に啖呵切ったことを少し後悔していそうだけど、まあ、ローリスさんの方から交渉したいって言ってたんだから、特に問題はないと思う。
というか、もしバレットさんに何かするんだったら、私が割って入るし。
確かに、猫達をみんなヒノモト帝国に移動させれば、駆除問題は解決しそうだけど、それだとバレットさんが可哀そうな気がするしね。
やっぱり、これだけ餌を上げていれば愛着もあるだろうし、いきなり離れ離れになるのは嫌だと思う。
「でも、そんなに遠いんじゃ、猫達を移すなんて無理じゃないですか?」
「まあ、普通にやるなら難しいでしょうけど」
ヒノモト帝国があるのは、隣の隣の大陸。
隣の大陸ですら、船で何か月もかかる道のりだということを考えると、猫達を移動させるには、莫大なお金とリスクを伴うことになる。
船旅の途中で、万が一にも具合が悪くなってしまったら、なんてなったらどうしようもないし、だったら駆除のリスクがあっても、このままここに置いておくのがいいという考え方もある。
まあ、実際には転移魔法があるから、移動は一瞬なんだけどね。
私の転移魔法を大っぴらに披露するわけにはいかないけど、幸い、ヒノモト帝国は国だから、皇都には転移魔法陣があってもおかしくはない。
実際にはないし、そもそもあっても大陸を超えるような移動はできないけど、よく知らないのなら、あるという設定にして、私が転移魔法陣を描けば、その問題はなくなるだろう。
「なるほど、転移魔法陣を使うんですね」
「はい。それなら、比較的安全に行けますね」
「でも、そうなると、会いに行くのはなかなか難しそうですね……」
もし引き渡すことになったら、あわよくば会いに行きたいと考えていたようだ。
しかし、それだけ離れているとなると、容易には使えない。
元々、転移魔法陣は、満月の日にしか使えないという制約があるし、毎回利用するとしても、一か月に一度くらいが限度だろう。
そう考えると、憂鬱な気分になるのも頷ける。
何とかする手段はあるけどね。私の転移魔法陣なら、そんな制限ないし。
「もし、猫達の幸せを願うなら、その選択もいいとは思いますよ」
「わかっています。でも、やはり踏ん切りがつかなくて……」
「やっぱり、会えなくなるのは寂しいですか?」
「はい……。ここの猫達は、もはや僕の家族同然なんです。会えなくなるのは、寂しいです」
「その気持ちはわかりますよ」
「でも、僕がいない間に、犠牲者が出てしまって、このままではいけないってこともわかっているんです。僕は、どうすればいいのでしょう……?」
深刻な表情を浮かべるバレットさん。
私は、なるべくバレットさんの要望は叶えてあげたい。
猫達の幸せも大事だけど、それでバレットさんが不幸になるようなことがあってはならない。
だから、やるべきことはするつもりだ。
そのせいで、多少怪しまれるかもしれないけど、まあ、バレットさんなら、秘密は守ってくれるだろう。
「バレットさん。ここだけの話、いつでも利用できる、簡易魔法陣があるんです。それを使えば、いつでも会いに行くことは可能ですよ」
「ほ、ほんとですか!?」
「はい。実際に使ってみてもいいですよ。ちょっと用意に時間がかかりますが」
「本当に、いつでも会いに行けるんですか?」
「もちろん。これなら、少しは踏ん切りはつきますか?」
一応、まだローリスさんという人物を詳しく知らない以上、完全に頷けるかどうかはわからない。
けれど、バレットさんの不安は、私がある程度解消して上げられる。
ローリスさんと会い、きちんとした人物だとわかれば、多少は踏ん切りも着くだろう。
返答を待っていると、バレットさんは、葛藤するように唸り声を上げる。
まあ、今すぐ決めるようなことじゃない。
駆除問題があると言っても、今までばれていなかったんだから、そんなすぐになるわけじゃないだろうし、考える時間くらいはあるはずだ。
私は、バレットさんの肩を叩き、安心させるように言った。
「まだ時間はあるはずです。ローリスさんに会いたいなら、手配しますし、魔法陣の件も、実際に見てから決めても問題はないです。ラッセルさんとも相談して、うまく決めていただけたらと」
「そう、ですね。今すぐには決められないです。申し訳ないですが、少し待っていてくれますか?」
「はい。落ち着いて考えてくださいね」
そう言って、バレットさんは、猫達に餌を上げた後、ふらふらと去っていった。
なんだか心配ではあるけど、まあ、多分大丈夫だろう。
私も、軽く用意は済ませておくとしよう。
「にゃーん」
「あ、あの時の。無事に見つかってよかったね」
そう思って、去ろうとした時、私を裏路地へと導いてきた猫が、足元に近寄ってきた。
猫は、感謝するように頭を下げ、その後、甘えるように足元にすり寄ってくる。
確か、ここの猫達は、バレットさんが飼っている猫がボスだと言っていたけど、この猫もなかなかにまとめ役な気がする。
私は、猫のことを何度か撫でると、また来ると言い残してその場を去った。
「一匹くらい、貰ってもいいかな」
ローリスさんに任せるのはいいが、それとは関係なく、猫を飼いたくなってきた。
なんだかんだ、猫はいるだけで癒しとなるし、私がいない間も、お兄ちゃん達に癒しを提供してくれるかもしれない。
もちろん、まずは許可を得なくてはならないけど、もし許可が下りたら、バレットさんに打診してみるのもいいかもしれないね。
そんなことを考えながら、準備を進めるのだった。
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