第三百九十七話:根本的なこと
後日、ラッセルさんから、バレットさんが無事に回復したという報告を受けた。
秘薬の効果は本物らしく、飲んでからしばらくして、すぐに歩けるまでに回復したらしい。
一体どんな成分が入っているのか疑問だが、とにかく、これで病気の心配はしなくてもよくなった。
もちろん、体が弱いという体質自体は変わっていないから、無茶をすればすぐにまた病気になってしまうかもしれないけど、本人も、再び猫達に餌を与えに行こうと意欲を示しているようで、これで猫達の願いは叶えられたと言っていいだろう。
「というわけで、多分解決できたと思います」
『そう、それはよかったわ』
猫達が待つ裏路地に行き、通信魔道具で、ローリスさんへと報告をする。
猫達のことを心配していたローリスさんも、とりあえず探し人が見つかったことに安堵したのか、嬉しそうな感情が伝わってきた。
「多分、明日にでも来るんじゃないですかね。やる気に満ちているらしいし」
『それは何よりだけど、でも、根本的な解決にはなってないわよね』
「やっぱりそう思います?」
私も懸念していたことだけど、これでは根本的な解決にはならないのは確かだ。
野良猫は駆除の対象であり、それに餌を与えて生き永らえさせたところで、その対象であることに変わりはない。
今は裏路地に留まっているけど、何かの拍子に表に出て行ってしまったり、そうでなくても、猫を良く思わない人がたまたま見つけて、国に報告などしたりすれば、結局猫は駆除されることになってしまう。
そうさせないためには、自らが飼うことで保護することだけど、数が多すぎて、それは難しい。
その気になれば、無理矢理飼うことはできるかもしれないけど、餌代の問題とか、いずれ自らの首を絞めて、他の貴族と同じように捨ててしまう可能性もあるだろう。
飼うにしても、慎重にならなければならない以上、猫達の本当の幸せを手に入れるのは、ちょっと難しいわけだ。
『猫を駆除させないようにするには、どうにかして保護しなくちゃならない。でも、単純に飼うには、数が多すぎるのよね?』
「そうですね。猫は世話も大変ですし、餌代も馬鹿になりません。飼えるとしても、結構なお金持ちでないと」
『そう言う意味ではハクも結構なお金持ちだと思うけど?』
「多少なら飼えるかもしれませんけど、全部は無理ですよ?」
『わかってるわよ。……そうね、そのバレットって人と、話させてくれない? ちょっと交渉したいことがあるの』
「交渉、ですか?」
ローリスさんは、何かを決意したような、少し硬い声でそう言った。
一体何をする気かは知らないが、猫達の幸せを願うのなら、このまま裏路地に閉じ込めておくわけにもいかないし、何かしら対策は必要。
私も、バレットさんとは話したいと思っていたし、明日また、ここに来てみるとしよう。
猫達に見送られながら、家に帰るのだった。
翌日。私は朝から、裏路地へとやってきていた。
私もすっかり覚えられてしまったのか、猫達が集まってくる。
一応、バレットさんが回復したことは猫達にも伝え、恐らく今日来るであろうことも伝えてある。
だから、みんなワクワクしているんだろう。何となく、浮足立っているように感じる。
「あ、あなたは……」
しばらくして、裏路地に一人の男性がやってきた。
途中で直角に折れ曲がったのが特徴的な尻尾を持つ、猫の獣人。
一応、変装してきたのか、見た目は平民ぽいけど、その肩に下げているバッグは、【アイテムボックス】の効果があるお高いものだとわかる。
偽装するなら、もう少し頑張った方がいい気がしないでもないけど、まあ、今はそれはどうでもいい。
私は、軽く会釈をすると、話しかけた。
「あなたが、バレットさんですね。初めまして、私はハクと言います」
「ハク……では、あなたが、秘薬を取ってきてくれたという?」
「はい。無事に回復されたようで何よりです」
「やはりそうでしたか! その節は、どうもありがとうございました!」
見る限り、結構若い印象を受ける。
猫に対する思い入れが強いのは、自分が猫獣人だからなんだろうか。
獣人の中には、動物の特徴を持っていることを指摘すると、誇りに思う人もいる反面、侮辱されたと感じる人もいるようだけど、この人は、どちらかというと、同族としての意識が強いのかもしれない。
猫達も、凄く懐いているようだし、色々頑張ってきたんだろうな。
「礼には及びません。それより、少し話したいことがあるのですが……」
「はい! 僕にお応えできることなら何なりと!」
とりあえず、予想通りに来てくれたので、ローリスさんと繋げた通信魔道具を渡す。
バレットさんは、若干訝しげな表情を浮かべたが、すぐに手にとって話し始めた。
最初こそ、明るくはきはきと喋っていたが、だんだんとその表情が暗くなっていき、歯を食いしばるような表情を見せていく。
ローリスさんは、一体何を話しているんだろうか。
私も、詳しい内容は聞いていないので、よくわからないんだけど。
「……どうしても、ですか?」
「……いえ、猫達の幸せを願うなら、それが一番なんでしょうね」
「でも、僕はまだあなたのことについてよく知らない。いきなり任せるわけにはいきません!」
だんだんと、調子を取り戻してきたのか、再び明るい、いや、決意に満ちたような表情を浮かべるバレットさん。
しばらくして、大体話し終わったのか、通信魔道具をこちらに返してくる。
バレットさんは、こちらのことを少し苦々しげな表情で見ていた。
「貴重なお話、ありがとうございました。僕も、決断しなくちゃいけないのはわかってますけど、なかなか勇気が出なくて」
「私も詳しいことは聞いてないんですけど、どんな話をしていたんですか?」
「猫達を、うちで管理させてくれないかと」
バレットさんが言うには、ローリスさんが、このままではいずれ国によって駆除されてしまうのなら、その前にうちにすべて移して、管理させてほしいと言ってきたとのこと。
つまり、王都に存在する野良猫達を、ヒノモト帝国が引き取ると言っているわけだ。
確かに、ヒノモト帝国なら、広さ的には十分だろう。
元々、魔物の転生者が多く住む場所であり、それぞれ住み分けされた環境が整っている場所である。
未だに未開拓の地域も多いし、それらを少し開拓してやれば、猫達の区画もすぐに作ることができるだろう。
財政面に関しても、ヒノモト帝国は、結界魔道具や通信魔道具など、様々な魔道具による強固な市場があるし、今では竜達とも取引しているから、特に心配する必要はない。
猫を駆除されないようにする、という意味では、理に適った行動に見える。
しかし、バレットさんもそれはわかってはいるものの、踏ん切りがつかないらしい。
猫達の幸せを願うのなら、それが一番いいのかもしれないけど、バレットさんにとって、ローリスさんは未知の相手である。
見知らぬ相手に猫達を任せるのは不安があるし、そうでなくても、今まで共に過ごしてきた猫達と離れ離れになるかもしれないというのは、精神的にもつらいそうだ。
だから、まずはローリスさんがどんな人物なのかを実際に知り、任せるに値する人物なのかを判断したいらしい。
だから、まずはヒノモト帝国に行ってみたいとのこと。
「これは僕の我儘だってわかってます。でも、見極めなければいけないと思うんです」
「確かに、それには同意ですね。知らない相手に任せて、酷い扱いをされましたじゃ困りますし」
私は、ローリスさんのことをよく知っているから、何の抵抗もないけど、バレットさんからしたら、やはり抵抗があるんだろう。
ヒノモト帝国は、隣の隣の大陸である。普通に行くには、時間がかかりすぎるし、道中の危険も大きい。
となれば、私が手を貸してあげた方がいいかな。
なんだか肩入れしすぎな気がしないでもないけど、猫を助ければ、自然とウルさんとの信頼も築けるだろうし、悪い話でもない。
私は、どうやって連れて行こうかと、思案していた。
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