第三百九十六話:交渉は順調に
その後、近状報告をしながら話をした。
途中、クイーンについての話題も上がったけど、お父さんとしても、無視できない案件ではあるらしい。
異世界の神様であるクイーンは、もしかしたらこの世界を乗っ取ろうとしているかもしれない。それは、この世界の神様に地上の統治を任された竜達にとって、かなり由々しき事態だし、何としてでも、排除しなければならない存在である。
ただ、現在は、天使達によって、一部の動きを止められているようだった。
というのも、相手が神様である以上、いくら竜が強くても、単体では対処できない可能性が高い。
相手は、天使の目をもってしても見つけられないほど、巧妙に姿を隠している。そんな中で、下手に竜達が探し回っていたら、目をつけられて、排除されてしまう可能性がある。
もちろん、排除されるのなら、その近くに神様がいるってことだから、全く情報が取れないわけではないけど、そのためだけに、竜を消耗するのは割に合わない。
そう言うわけで、ある程度の情報がわかるまでは、竜達は待機するようにと言われていたわけだ。
と言っても、ウルさんの影響で、すでに地上では猫達が動いている。そんな猫達が堂々と偵察しても、排除されないのだから、竜達も探しても問題ないのではないか、という意見も上がっているようだ。
竜の仕事は、万が一にも竜脈を乗っ取られた時の復旧となるだろうけど、偵察もできるならその方がいい。
なので、近いうちに、竜達から報告が上がってくるかもしれないとのこと。
だんだんと、神様を探すための包囲網が構築されつつある。あとは、見つけた後にどう対処するかだね。
「この調子なら、そのうち神様の一人くらい見つかるかもね」
クイーン本体が見つかるかどうかはわからないけど、一緒に連れてこられた神様くらいなら見つかってもおかしくない。
どれほど強力な神様かわからないし、私の力が及ぶかどうかもわからないけど、もし見つけたら、どうにか説得しに行きたいね。
まあ、それより先にこの世界の神様が動くかもしれないけど。
「さて、後はホムラを待つばかりかな」
話を終え、洞窟を出ると、そろそろ夕方になろうという時間だった。
ホムラの交渉がうまくいけば、そろそろ戻ってくると思うのだけど、果たして。
そんなことを思いながら、空を見上げていると、遠くの空に、見慣れた姿が目に入った。
どうやら、予想通りに戻ってきてくれたらしい。
〈ハク、戻ったぜ〉
「お帰り。どうだった?」
〈ばっちりだ。獣人に伝わる秘薬が欲しいって言ったら、すぐに用意してくれたよ〉
「それはよかった」
皇帝は、ホムラからの要請に、すぐさま薬師に命じて秘薬を作らせたらしい。
本来なら、この秘薬は獣人にしか効果がないもの。ホムラは明らかに人外だし、そもそも見た目も獣人ではないのに、なぜそんなものを欲しがるのかという疑問はあると思うんだけど、皇帝は特に理由を聞くこともなく、すぐさま用意してくれたようだ。
なんか、ちょっと不用心な気がするけど、それだけホムラが信用されているってことだろう。
一応、秘薬を貰った後で、簡単に事情は説明したらしいのだけど、そうしたら、すぐに持って行ってあげてほしいと言われたようだ。
反応を見るに、ラッセルさん達の故郷は、エルクード帝国ではなさそうかな?
もしそうだとしたら、ワンチャン渋られていた可能性もあったかもね。
まあ、それはさておき、これで秘薬は無事に手に入ったわけだ。
「対価はどうだった?」
〈いらないってよ。今後とも、エルクート帝国を見守ってくれとは言われたけどな〉
「なるほど。確かに、国としてはそっちの方がいいのかな」
ホムラの存在は、エルクード帝国にとってなくてはならない存在である。
たとえ、人外の存在が、気まぐれに守ってくれているのだとしても、そのおかげで国が安定しているのは間違いない。
もちろん、ホムラがいなくても何とかなるように頑張ってはいるのかもしれないけど、いてくれた方がいいのは確かだ。
単純に、友人としてこれからも一緒にいてほしい、って意味もあるかもしれないけどね。
〈ほら、これが秘薬だ〉
「ありがとう。ホムラにもお礼をしなくちゃね」
〈いいっていいって。チビ達に会うついでみたいなもんだ〉
「そう? でも、ホムラにはいつもお世話になってるし……」
〈なら、今度一緒に冒険にでも行こうぜ。色々と面白そうな場所見つけてるしさ〉
「そう言うことなら、喜んで」
ホムラは、私が竜の谷に来た際には、色々と冒険譚を聞かせてくれる。
本当なら、竜脈を整備するエンシェントドラゴンとして、忙しい立場なんだろうけど、ここにはお父さんがいるからね。ホムラも仕事しているとはいえ、そこまで大変ではないようだ。
だからこそ、私への土産話として、いろんな場所を冒険しているのである。
普段は話を聞くばかりだけど、たまには一緒に行くのも悪くないだろう。
一体どこに行くのか、少し楽しみだね。
「それじゃあ、さっそく渡してくるね」
〈おう。ちゃんと治るといいな〉
ホムラに別れを告げ、転移魔法で戻る。
時間的に、まだ数時間程度しか経っていないので、どうやって手に入れたんだと問い詰められそうではあるけど、まあ、早い方がいいだろうし、別に問題はないだろう。
時間調整をしている間に、病状が悪化しちゃいましたじゃ困るからね。
というわけで、さっさとラッセルさんの家へと向かう。
すでに時刻は夕方過ぎ。遅い時間ではあるが、家を訪れると、すぐに中へと通された。
「……随分と早い訪問ですが、やはり、秘薬は手に入りそうにないのでしょうか?」
「いえ、無事に手に入れられたので、早い方がいいかと思いまして」
「……え? 今なんと?」
どうやら、あまりに帰ってくるのが早かったから、秘薬を手に入れるための交渉は失敗したと思っていたらしい。
まあ、本来は獣人に使われるものだし、それをただの人間が欲しいと言ったところで、普通は手に入らないだろう。
いくらコネがあったとしても、隣の大陸のことだし、手に入れられるにしても、もう少し時間がかかるはずだと、そう思っていたようだ。
普通に手に入れようとしたらその通りなんだろうけど、私には転移魔法があるからね。
それを言うわけにはいかないけど、まあ、現物があるのだからいいだろう。
「ちゃんと手に入れられましたよ。これです」
「おお……確かに、これは獣人の秘薬です!」
現物を渡してみると、ラッセルさんは信じられないものを見たような目でこちらを見てきた。
一応、偽物って可能性もあるとは思うが、何か判断基準があるのか、その心配はしていないようだった。
「この短時間で、いったいどうやって……」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。それより、早くこれをバレットさんに」
「……そうですね。どうやら本物のようですし、まずは回復させるのが先決ですか」
その後、失礼、と言ってラッセルさんは部屋を出て行った。
さて、これでバレットさんが治ってくれたら、猫達の問題も解決するだろう。
まあ、駆除対象に入っているという意味では、完全に解決できているわけではないと思うけど、流石に、ただ可哀そうだからという理由だけで、国の方針を変えさせるわけにはいかないからね。
できることがあるとしたら、少しでもうちで飼って上げることくらいか。
お兄ちゃん達に、猫を飼ってもいいか聞いてみるのもいいかもね。
そんなことを考えながら、その日は帰るのだった。
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