第三百九十五話:獣人の伝手
「もしよければ、私が探してきましょうか?」
ひとまず、可能性が全くないわけではないし、探すだけなら探してみようと思って、そう声をかけた。
ラッセルさんは、私からそんな提案が出ると思っていなかったのか、目を丸くしている。
しかし、すぐに目つきを鋭くさせると、それは難しいんじゃないかと言ってきた。
「この国では、人間も獣人も、分け隔てなく暮らすことができますが、そんな中でも、多少の差別はあります。ましてや、獣人の国ならば、それは顕著になるでしょう。仮に友好的な関係を築けたとしても、薬師が秘匿している秘薬を手に入れられるかと言われたら、そんなことはないと思いますが」
「落ち着いてください。一応、当てはあるのです」
そう言って、私は隣の大陸に、知り合いがいることを伝える。
獣人の国で最大の国と言えば、エルクード帝国だが、その王族と親しい仲である人物を知っている。
そう、ホムラだ。
ホムラは、エルクード帝国の竜脈を整備する関係で、よく城へ出入りしている。その過程で、王子王女や、王様とも親しい仲であり、ホムラの頼み事なら、十分聞いてくれる可能性は高いだろう。
王族であれば、その秘薬にお世話になることもあるだろうし、全く知らないってわけでもないだろうしね。
もしかしたら、城のお抱えにしている可能性もあるし、うまく交渉すれば手に入れることは可能かもしれない。
「な、なるほど。随分と広い伝手をお持ちで」
「はい。確実に手に入れられるかはわかりませんが、可能性はあるかと」
「しかし、いいのですか? 隣の大陸となると、船で何か月とかかる距離です。秘薬も高いでしょうし、かなりの額がかかると思いますが……」
「そのあたりはご心配なく。ラッセルさんに、負担はさせませんから」
どうせ、隣の大陸に行くまでは転移でパッと行けるし、秘薬を買うお金がかかるにしても、今の持ち金で足りないってことはないだろう。
ホムラのおかげで、お金の工面は特に問題はないし、これで猫達が救われるのなら、安い買い物である。
「なぜ、そこまで……」
「猫達に幸せになって欲しいから、じゃあダメですか?」
一応、ここでバレットさんを助けないという選択肢もある。
私がバレットさんを探していたのは、猫達の世話をする人がいなくなって猫達が困っているからという理由だ。
これを再開するには、バレットさんの病気が治る必要があるけれど、別に、ただ単に世話をするだけなら、私が引き継いでもいいわけである。
確かに、裏路地にいた猫達を全部家で飼おうってなったら部屋が足りないけど、だったら信用できる人に何匹か譲るでもいいし、最悪、猫専用の家を買って、そこに住んでもらうという手もある。
世話役として、誰かしらを雇っていれば、それは飼っていると言えるだろうし、これなら駆除の対象にはならない。
ただ単に、裏路地で餌をやり続けるって言う方法もなくはないし、バレットさんがいなくても問題ないっちゃない。
でも、国の方針に反してまで、猫達を助けようとした優しい人を、見捨てるのはあまりいい気分はしない。
猫に幸せになって欲しいのは事実だけど、その幸せを願う人が不幸のままでは不公平だろう。
どちらも幸せになるべきである。そのための方法があるなら、私は喜んで手を貸すよ。
「……わかりました。そこまで言うのなら、お願いしてもよろしいですか?」
「はい。必ずや、秘薬を見つけて来ますね」
さて、そうと決まればさっさと向かうことにしよう。
私は、屋敷を後にすると、人目に付かないところに移動し、転移で竜の谷へと向かう。
竜の谷を訪れると、すぐさまホムラが出迎えにやってきてくれた。
〈おう、ハク。来てくれたんだな〉
「うん。今日はホムラに頼みたいことがあってね」
〈頼みたいこと?〉
私は、簡単に今までの経緯を説明する。
ホムラは、獣人関連だということで合点が行ったのか、すぐに頷いてくれた。
〈なるほど、事情は何となくわかった。エルクード帝国の皇帝にその秘薬とやらを譲ってもらえばいいんだな?〉
「うん。対価はちゃんと払うつもりだから、うまく交渉してほしいな」
〈それくらいなら任せとけ。あいつとは、生まれた時からの付き合いだからな〉
ホムラは、エルクード帝国の竜脈を整備するために、Sランク冒険者という肩書を利用している。
しかし、それだとホムラという冒険者は、いつまで経っても年を取らないということが露見してしまうので、定期的に姿を消し、再びSランク冒険者となってを繰り返しているわけだ。
まあ、これに関しては、皇帝も何となく気づいていると思うけどね。
いくら何でも、そんな簡単にSランク冒険者が生まれるわけはない。しかも、その顔がどれも瓜二つって言うんだから、ちょっと考えればわかることである。
それでも、黙っていてくれるのは、皇帝が子供の頃からホムラを知っているからだ。
敵対しているならともかく、ホムラはエルクード帝国にとって切り札とも呼べるべき存在。自分に良くしてくれる強力な戦力なのだから、多少の矛盾は目をつむるだろう。
元々、ホムラの人柄がいいのもあって、揺らぐことのない信頼関係が築かれているのである。
だから、ちょっとお願いするくらいは、どうってことはないはずだ。
〈じゃ、ちょっくら行ってくるわ。ハクも一緒に行くか?〉
「私はここで待ってるよ。私が行って、妙なことになっても困るし」
一応、私も一度城に赴いたことはある。
その時に、王子王女とは顔を合わせているけど、皇帝とは会っていない。
私が行けば、ホムラの友達だってことがわかるだろうし、その過程で、私も人外であるとばれる可能性は十分あるし、変に警戒されるよりは、行かない方が身のためだろう。
ホムラなら、それでもフォローしてくれるとは思うけど、余計な心配はかけたくないからね。
〈わかった。そんじゃ、ちょっと待っててくれ〉
そう言って、ホムラは翼を広げて、空へと飛び立っていった。
早ければ、夕方になる前に帰ってくるだろう。それまでの間、私は竜の谷でのんびりさせてもらおう。
「せっかくだから、お父さんに会いに行こうか」
「ぜひ。ハーフニル様も喜ばれると思います」
特に用事はないけど、竜の谷を訪れることがそんなにないので、会える時に会っておいた方がいいだろう。
私は、谷に奥へ進み、お父さんが待つ洞窟へと入っていく。
奥まで進むと、そこには相変わらず巨大な銀色の竜が佇んでいた。
〈ハクか。何かあったのか?〉
「はい。と言っても、そんな大したことではありませんが」
私は、ここに来た経緯を軽く説明する。
お父さんは、威厳のある表情を崩さず、私の話を静かに聞いてくれた。
〈つまり、また厄介事に自分から首を突っ込んだと〉
「そ、そう言うわけでは……」
〈まあ、それくらいなら問題はなさそうだが、お前ももの好きよな〉
そう言って、窘めてくるお父さん。
まあ、確かにしなくていい苦労をしに行っているのは確かだけど、でもだからと言って、猫を放っておくわけにもいかないし、バレットさんを放置するわけにもいかなかっただろう。
トラブルと言えばトラブルだけど、別にそこまでやばいことじゃないと思うし、これくらいは普通だと思いたいんだけどな。
何となく、ジト目で見られているような気がして、少し慌ててしまう。
どうしてこうなったんだろうか。
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