第三百九十四話:猫達を憂いて
しばらくして、応接室に二人の人物がやってきた。
どちらも猫の獣人であり、格好を見るに、一人は執事、一人はこの屋敷の当主ってところだろうか?
随分と待たされた気がするけど、あちらも、私のことについて調べていたのかもしれない。
まあ、警戒させてしまったのだから、しょうがない部分はあるけどね。
「初めまして。私はこの屋敷の当主、ラッセル・フォン・アルバスと申します。こちらは執事のライコル。ろくなおもてなしもできず、お待たせして申し訳ない」
「いえいえ、こちらこそ、急に押し掛けてしまって申し訳ありません」
お互いに頭を下げ、非礼を詫びる。
しかし、未だに警戒しているのは確かなようだ。あのメイドさんの反応といい、いきなり押し掛けたのはあんまりよろしくなかったかもしれない。
「して、猫のことについて話したいとか」
「はい。事の経緯をお話ししますね」
お互いに自己紹介を済ませた後、私はこの家に行きついた経緯を話す。
流石に、ウルさん関連は話せないけど、たまたま猫が近くにいて、それを追いかけたら裏路地に着き、餌箱などの人の痕跡を発見したから、その人物を探そうとなった。
ちょっと強引かもしれないが、大体事実なのだから、特に問題はないだろう。
ラッセルさんは、難しい顔をしていたが、私が再びこのことを注意する意図はないことを伝えると、少しは信用してくれたのか、表情が和らいだ。
「それで、ここ最近、裏路地に来ていた人物が来なくなり、猫達は餌が食べられず、餌を求めて表通りに出たところを次々に捕らえられているのだとか。私も、猫は好きですし、もし、なにか行かなくなった理由があるのなら、ぜひとも知りたいと思ったのです」
「なるほど。ハクさん、あなたは陛下とも親しいはずだが、それでもそれを許容するのかね?」
「本当はダメなんでしょうけど、猫に罪はありませんからね」
「そうか。あなたのような人がいて、私も嬉しいよ」
小さく笑うラッセルさん。
どうやら少しは信用してくれたっぽいけど、それで、行かなくなった理由は何なんだろうか?
「お話ししましょう。まず、猫達に餌をやっていたのは、私の息子である、バレットです」
ラッセルさんの息子であるバレットさんは、王都にやってきた際、猫が大量に捨てられている現状を見て、どうにか助けられないかと考えたらしい。
まず最初に思いついたのは、野良猫を拾い、自分の家で飼うことだった。
野良猫だから駆除の対象になるのであって、きちんと飼われているのなら、何の問題もないからね。
しかし、それには問題があった。
というのも、捨てられている猫は予想以上に多く、いくらこの屋敷が立派だとは言っても、猫を全員収容するのは不可能だったのだ。
ならばと、一部だけでも飼おうと考えたが、そうすると、今度はメイドさん達の負担が大きくなりすぎる問題があり、結局、飼えたのは数匹程度。王都の猫達を全員救うのは難しかった。
ならばと、せめて餓死しないように餌だけでもと思い、猫達が集まる裏路地に餌箱を用意し、そこに餌を与えることによって、疑似的に助けようとした。
裏路地であれば、国の駆除要員にも見つからないだろうし、周りの人達にもそこまで迷惑はかけないはずである。
場所が外縁部だったため、素性を隠すために平民に偽装し、ほぼ毎日のように餌をやりに行っていたようだ。
「しかし、ここ最近、バレットが病気にかかってしまいまして……」
元々、バレットさんはそこまで体が強くなかったらしい。
故郷だった国では、体の弱い者は生き残れない、厳しい環境だった。特に、ラッセルさんはそれなりに高い地位についていたこともあり、その息子には相応の期待がされていた。
それが、病気に屈するような弱い人だったとなった影響で、居場所がなくなってしまったらしい。
ラッセルさんも、その状況を憂い、地位を捨てて、こうしてオルフェス王国へと流れてきた。
多額の献金と地道な功績によって貴族となり、どうにか平穏に暮らせるだけの環境は整った。。
しかし、体が弱いのは相変わらずで、日頃から毎日のように動いていたこともあり、とうとう倒れてしまった、というわけだ。
「それで、急に来なくなったんですね」
「はい。今は薬によって多少落ち付いてはいますが、まともに歩ける状況ではありません。私や、ライコルが代わりに行こうという考えもありましたが、バレットはその場所を教えようとしないのです」
私はすでに場所を知ってしまっているが、バレットさんとしては、あの場所を知る人は最小限に留めたいらしい。
まあ、多くの人に知られれば、それだけ猫が発見されるリスクが高まるわけだからね。
近くの店の店主に話したのは、もしも自分がいなくなった時、意志を継いでくれるかもしれないと考えたからのようである。
そこは家族を頼れば、とも思ったけど、そう言うわけにはいかなかったんだろうか。
とにかく、バレットさんの病気が治らない限りは、また行くのは無理そうだ。
「教会の治癒装置は試しましたか? あれなら、大抵の病気は治せるはずですが」
病気だというなら、ヴィクトール先輩が開発した、治癒装置が役に立つはずである。
あれの効果は、実際に目で確認しているし、よほど難しい病気でもない限り、治せるはずだけど。
まさか、知らないわけはないだろうし、それではだめなんだろうか?
「もちろん試しましたが、効果は薄かったようです。ここだけの話、少し特殊な病気で、汎用的な手段での回復は難しいかと思います」
「特殊な病気、ですか?」
なんでも、獣人の間では、そう言った病気が昔からあるらしい。
詳しい理屈はわからないが、獣人にのみかかるもので、発熱や倦怠感、筋力の衰えなど、様々な症状が現れるらしい。
これを治すためには、獣人の間で伝わる秘薬を使う必要があるようだ。
この秘薬は、獣人の薬師の間で代々伝わるものであり、製法は不明。しかし、効果は確かで、これを飲みさえすれば、たちどころによくなると噂である。
現在は、熱冷ましを飲ませて、一時的な応急処置をしているに過ぎないので、どうにかその秘薬を手に入れなければならないのだけど、伝手がないらしい。
さっきも言ったように、故郷の国からは逃げるように去ってきたので、今更その伝手は使えない。
この秘薬の製法が、他の獣人の国にも伝わっているならまだ可能性はあるが、どちらにしろ、伝手はない。
なので、今はどうにか手に入れられないかと、獣人の国に行く行商人に交渉しているが、希望は薄いとのこと。
「どうにか、秘薬を手に入れられたらいいのですが……」
すぐさま命を落とすような病気ではないらしいけど、それでも体力の低下で危なくなる可能性はある。ましてや、元から体が弱いのだから、どうなるかわからない。
ラッセルさんとしては、早いところ薬を手に入れたいけれど、獣人の国の間でしか伝わってないようなものなので、手に入れるのは相当難しい状況。
どうにもできない状況に、ラッセルさんも困り果てている様子である。
獣人の国か……心当たりはあるけど、あそこなら手に入れられるだろうか?
私は、困り果てるラッセルさんに、どう声をかけようかと思案した。
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