第三百九十二話:猫の通訳
「ほら、ヒノモト帝国の」
「……ああ、ローリスさんとウィーネさん!」
エルの指摘で、ようやく合点がいった。
ローリスさんとウィーネさんは、普段はワーキャットの姿をしているが、それは【擬人化】により姿を変えているだけで、元々は猫であるらしい。
猫の姿を見たことはないし、いつもあの姿だったから、すっかり忘れていたね。
確かに、同じ猫で話が通じるなら、あの二人なら、わかるかもしれない。
「ちょっと連絡してみようか」
私は、さっそく通信魔道具を取り出し、ローリスさんに連絡してみることにする。
幸いにも、ローリスさんはすぐに応答してくれた。
『はーい、ハク。どうしたの?』
「ローリスさん、今暇ですか?」
『暇と言えば暇だけど、忙しいと言えば忙しいわね』
「どういうことですか」
どうやら、現在はゲームの真っ最中らしい。
以前、あちらの世界から、モニターとゲーム機を持ち込み、こちらの世界でもゲームをできるようにした。
当時は、電源の問題で、一日一時間程度しかできなかったけれど、ローリスさんも、あれから少し改良を加えて、それなりの時間できるようにしたらしい。
おかげで、今はよほどやり過ぎない限りは現代と遜色ないくらい遊べるようになり、ローリスさんもすっかりはまっているようだった。
特に、今はローリスさんはケントさんのチャンネルで動画配信を始めたということもあり、その練習に時間を割いているようだ。
だから、ゲームをやめれば暇ではあるけど、ゲームに忙しいってことらしい。
それは普通に暇って言っていいんじゃないだろうか。
「ちゃんと仕事してくださいよ」
『仕事はしてるわよ。ウィーネに呆れられたくないし』
一応、ゲームする時と仕事する時はちゃんと分けて考えているらしい。
ローリスさんも、仮にも一国の王なのだから、流石にゲーム三昧で公務を疎かにすると言ったことはないようだ。
それならいいけど、ローリスさんのことだから、ちょっと心配ではある。
『それで、どうしたの? 何か用事?』
「あ、はい。実は……」
私は、猫の言葉がわからずに困っているという旨を伝える。
ローリスさんも、まさかそんなことを頼まれるとは思わなかったのか、びっくりしている様子だった。
『な、なるほどね。確かに、私なら猫の言葉もわかるわ』
「なら、通訳してくれませんか?」
『まあ、それくらいなら。そこにいるの?』
「はい。今喋ってもらいますね」
私は、猫に通信魔道具を近づけて、喋るように促す。
この猫は相当賢いのか、すぐに意図を理解して、なにやら喋り始めた。
「にゃー」
『にゃー』
「にゃーん」
『にゃー? にゃにゃー』
鳴き声が交差する。
何を言っているのかわからないが、ローリスさんの鳴き声はちょっとレアかもしれない。
しばらく話していると、話が終わったのか、猫がこちらを見てきた。
「どうでした?」
『大体わかったわ。要約すると、こんな感じね』
そう言って、ローリスさんは猫との会話を説明し始める。
まず、ここに私を連れてきたのは、ある人物を探してほしいということだった。
その人物というのは、この広場で、猫達の世話をしてくれる人であり、町の猫達のボスの飼い主らしい。
本来、野良猫は駆除の対象だが、その人物は猫を可愛がるあまり、野良猫にも分け隔てなく接し、餌を与えていたようだった。
しかし、それがついこの前から来なくなってしまった。
今までは、その人がくれる餌があったため、表通りに出る必要がなく、駆除を免れていたが、餌がなくなったことによって、獲物を求めて出て行かざるを得なくなり、最近では仲間がどんどん捕まっているらしい。
このままでは、いずれ自分達もそうなるのは目に見えている。だからこそ、その人物を見つけ出して、また以前のように世話をして欲しい、ということだった。
『ハクのことは、ある人から聞いて信用に値する人物だと知ったらしいわ。だからこそ、ハクを連れてきたみたい』
「ある人、ですか……」
思い浮かぶのは、やはりウルさんだろうか。
猫を自在に操ることができるっぽいし、同時に慕われていたウルさんなら、私のことを猫に話していても不思議はない。
まあ、私としても、猫は好きだし、助けられるのなら、ぜひとも助けたいね。
「その人物の特徴とかはわかりますか?」
『ハクよりも大きな、人の言葉を喋る猫って話だったわ。多分、獣人のことだと思うんだけど』
「猫の獣人ってことですか」
この町には、獣人もたくさんいるし、それだけで特定するのは難しいな。
まあ、この量の猫達に餌を上げられるってことは、もしかしたら貴族って可能性もあるけど、貴族がわざわざこんなところに来るかって疑問もある。
裕福な冒険者とかの線もあるかもしれない。
「他にはありますか?」
『尻尾の形が特徴的らしいわ。途中で直角に曲がっているとか』
「なるほど」
一応、特徴があるなら、探しようはあるかな?
直角に曲がってるってことは、鍵尻尾みたいな感じだろうか。
どこに行ったかは全くわからないけど、ひとまず町の人に話を聞いてみて、地道に探してみるしかないと思う。
「わかりました。探してみます」
『お願いね。捨てられるって言うのは、とても苦しいことよ。その子がどういう経緯で野良猫になったかはわからないけど、どうか助けてあげて』
そう言って、ちょっと悲しそうな声を出すローリスさん。
飼うのはいいけど、それなら責任をもって寿命まで見守るのが飼い主だと思うし、途中で捨ててしまうのは私もよくないことだと思う。
特に、ペットを飼うなんて貴族くらいしかできないんだから、ますます責任を持てと思うよね。
これだけの量の野良猫がいるのだから、そう言った人がたくさんいたってことなんだろう。
この子達に罪はないだろうし、ぜひとも助けてあげたいところだ。
「進展があったら連絡しますね」
『ええ。それじゃ』
ローリスさんとの通話が切れる。
さて、ここは外縁部だし、まずは近くの人達に話を聞くのが先決かな。
「待っててね。すぐに探してきてあげるから」
「にゃー」
ひとまず、このままだと餌欲しさに表通りに出てきてしまうと思うから、【ストレージ】から適当に食料を餌箱に入れておく。
本当は、あんまりこういうことしちゃいけないんだろうけど、やっぱり、このまま見捨てるわけにはいかないからね。
凄い勢いでがっつく猫達を背に、私は裏路地を後にする。
「また厄介なことに手を出してしまいましたね」
「だって、放っておけないし」
「それがハクお嬢様の美徳だと思いますよ」
エルに少し窘められたが、これが私という人間だ。
最悪、全員家で飼うことも検討した方がいいかもしれないと考えつつ、町の人達に聞き込みを開始するのだった。
感想ありがとうございます。




