第三百九十一話:猫の導き
その後、劇場を見に行ったりもしたが、劇を見るためには、あらかじめチケットを買う必要があるらしい。
まあ、よくよく考えれば当たり前のことだったけど、そのチケット代が結構高い。
確か、外縁部にも一応劇場はあるはずだけど、そちらもこんなに高いんだろうか?
いや、どちらかというと、ここにある劇場は、貴族向けだからこんなに高いってことなんだろう。
演目を見てみたけど、ほとんどはよくわからなかった。
恐らく、有名な劇団とかがやっているものなんだろうけど、そもそもこの世界の有名な話って言うのをあまり知らないんだよね。
時たま、吟遊詩人が食堂とかに来ることはあるけど、あんまり聞き入ったことはなかったし。
ただ、その中でも、一つ見覚えのある名前があった。
「……なんで私の名前があるの?」
私は別に、劇場関連に携わったことはないし、劇団などに話をしたわけでもない。
それなのに、なぜか私が主役の演目があるのである。
内容を見る限り、多分王都に特異オーガが攻めてきた時のことだろうか?
劇では、有名な話を基にそれを演じるのが普通のようだけど、まさか私が主役のものがあるとは思わなかった。
というか、勝手に名前を使われているわけだけど、どうなっているんだろうか?
それとも、この世界だとそう言うのに許可はいらないんだろうか。
確かに、王都の噂として、多くの人に知られていることではあるけど、なんとなくもやもやする。
「……中央部より、外縁部の方がいいかなぁ」
治安という意味では、確かに中央部の方が安全なのは確かだ。
しかし、親しみやすさという意味では、やはり外縁部の方がいい気がしている。
まあ、たまたま見た場所が悪かっただけで、いい店はあるかもしれない。
例えば、学生時代に寄ったケーキ屋なんかは、貴族平民問わず、学生に人気だった。
だから、そう言う店を中心に案内すれば、そこまで問題ではないような気もする。
しかし、中央部と外縁部の治安の違いって、言うほど気にする必要あるか? という考えもある。
そりゃ、外縁部にはいろんな人がいるし、中央部よりトラブルが多いのは確かだろうけど、私が隣にいる前提なら、そこまで問題にならないんじゃないかな。
物理的な脅威に対しては、様々な手を用意して、安全を保障しているし、どちらかというと心配なのは、権力などによる屈服である。
要は、貴族の機嫌を損ねたから打ち首だ、みたいな感じに理不尽な理由で罰せられることの方が問題である。
それを考えると、どちらかというと中央部の方が心配事は多いわけで、だったら外縁部の方がましだよねって思うのだ。
イメージ的にも、外縁部の方が、ファンタジーのイメージに合ってる気がするしね。そっちの方が喜びそうな気がする。
まあ、見た目だけなら中央部は立派な建物が多いし、そこを案内するのはいいと思うけどね。
後で、一夜にも意見を聞いておいた方がいいかもしれない。
「もう戻りますか?」
「まあ、劇はちょっと気になるけど、それはまた今度にしようか」
外縁部であれば、私も結構知っていることが多い。
おすすめのお店もいくつか知っているし、最低限口論とかにならなければ、問題はないだろう。
ギルドに連れていくのもいいかもしれない。ファンタジーでは定番の場所だしね。
「それじゃあ、家に……ん?」
粗方回ったと思うので、家に帰ろうと思ったら、ふと足元に一匹の猫がいることに気が付いた。
見た感じ、野良猫だろうか? 首輪もついていないし、飼われている感じではない。
猫は貴族のペットとして割と人気があるけど、それ故に、捨てられて野良猫になる子も多い。
町にいる野良猫は、景観を損ねるという意味で駆除対象になっているし、こうして大通りに出てくるのは珍しいことだ。
一体どこから来たんだろうか?
「にゃーん」
「ついてきてほしいの?」
「にゃー」
猫は、私が気が付いたことに気が付くと、ついてこいと言わんばかりに背を向けて歩き出す。
猫というと、夢の世界で出会ったウルさんを思い浮かべるけど、もしかして、その関係なんだろうか?
ウルさんが私を呼んでいる可能性もあるし、ここは素直について行くとしよう。
見失わないように、探知魔法を見ながら、後について行く。
しばらくすると、外縁部に続く城壁を飛び越えて、先に行ってしまった。
外縁部から来たってこと? ずいぶん遠くから来たもんだ。
関所を通り、さらに後を追いかけていく。
やがて、猫は裏路地に入っていき、先にある広場っぽいところまでくると、ようやく足を止めた。
「わ、猫がいっぱい」
そこには、たくさんの猫が集まっていた。
様々な毛色の猫が、そこかしこで自由にくつろいでいる。
私を連れてきた猫は、広場に着くなり一声鳴くと、他の猫の目線が一斉にこちらを向いた。
一体何なんだろうか。猫好きにとっては、天国みたいな場所だけど。
「にゃーん」
「いったいどうしたの?」
私は、しゃがみ込んで猫に何かあったのかを訪ねる。
と言っても、流石に猫の言葉はわからないので、完全に想像でしかないんだけど。
ただ、猫は賢いのか、簡単な受け答えはできるようで、広場の奥を指さした。
どうやら、この広場には多少なりとも人の手が入っているようで、餌箱や猫用の小さな小屋など、手作りと思われるものがいくつか並んでいる。
よく見てみると、餌箱にはすでに何も入っておらず、恐らくはこれが原因かと思われた。
「餌が欲しいの?」
「にゃー」
多くの猫は、それに対して頷いていたが、私を案内した猫は、わずかに悩んだ後、首を横に振った。
餌が欲しい子もいるはいるっぽいけど、本当のお願いはそれじゃないってことなんだろうか。
だったら、小屋の中に何かあるのかとも思ったけど、いくつか毛布が置いてあるくらいで、特に何もない。
強いて言うなら、汚れているから掃除して上げたらいいのかと思ったけど、それも違うようだった。
一体何を訴えかけているんだろうか?
「にゃー」
「うーん、私は猫じゃないから言葉がよくわからないんだよね」
いくら多くの言葉を学んだとは言っても、流石に猫の言葉を学んだわけではない。
姿だけなら、変身魔法で猫の姿になることもできるとは思うけど、それで猫の言葉がわかるようになるわけではないし、八方塞がりって感じがする。
猫もちょっと落ち込んでいる様子だし、どうにかしてあげたいのは山々だけど、流石にこれじゃなぁ……。
「何とかして猫の言葉がわかればいいんだけど……」
何か手はないかと思考を巡らせる。
猫の言葉がわかる方法。同じ猫なら、言葉はわかると思うけど、どうにかして猫になるとか?
こんな時、ウルさんがいれば、何とかしてくれそうではあるけど、いないんだろうか。
夢の世界で会うというような話をしていたし、見ていても手は出してこないんだろうか?
それはそれで困ったけど。
「うーん……」
「ハクお嬢様、猫なら一人、いや、二人心当たりがあるのでは?」
「え?」
そう言って、エルが助言をしてくれる。
猫の心当たり? いやまあ、さっき言ったウルさんがその一人と言えばそうだけど、二人?
そんなにいただろうか。
私は、誰のことかと、思考を巡らせた。
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