第三百九十話:中央部のお店
こうして見て回っていると、結構いろんな店があることに気が付く。
貴族向けの商品となると、やはり服とかが一般的な気がするんだけど、その他にも、魔道具とか武器とか、冒険者用のものを売っている店も多々見られた。
貴族が冒険者? とも思うけど、よくよく考えれば、学園でも、冒険者登録をしている人はかなりの数いた。
学生が冒険者になるのは、仕送りだけでは生活できないからお金を稼ぐ目的だったり、あるいは研究室で必要な素材を自分で採りに行くためだったり、色々ある。
これは、若いうちから戦闘に慣れておくという意味もあって、訓練だけでは体験できない実戦というものを肌で感じるためというのも含まれている。
貴族たるもの、いざという時は前線に立って、指揮を執らなければならない場面もあるからね。自分の子供に剣術なりを覚えさせておくのは、割と普通のことだ。
恐らく、ここにあるのは、そう言った客を相手にしている店なんだろう。あるいは、お兄ちゃん達みたいな、高ランクの冒険者を相手にしているのかもしれない。
Bランク以上となれば、指名依頼も入るし、発言力的にも、下級貴族くらいの影響力があるからね。そう言った人達なら、こうした高級店に来てもおかしくはないだろう。
まあ、お兄ちゃん達は寄ったことないみたいだけど。
「どんなものが置いてあるんだろう?」
興味を惹かれたので、試しに店の一つに入ってみることにする。
どうやらここは武器屋のようだが、雰囲気が全然違う。
私の知る武器屋は、壁やテーブルにそこそこいい品質のものが飾ってあって、その他の量産品とかは樽の中に乱雑に詰め込まれているみたいな、そんな印象である。
元々、イメージしていたのもそんな感じだし、それに違和感はなかったんだけど、このお店は、かなり煌びやかな装飾が成されていた。
普通はそのまま置かれている武器達も、ショーケースに入れられて厳重に守られているし、その見た目も、本当に冒険者用なのかと疑いたくなるようなピカピカしたものばかりである。
あまりのイメージの乖離に、入り口でポカーンとしてしまった。
「おお、これはハク様ではありませんか! ようこそいらっしゃいました、何をお求めでしょう?」
「え? あ、えーと……」
どうやら、店主は私のことをよく知っているらしい。
凄く期待に満ちた目で見られていて、とてもただ覗いていただけなんですとは言えない雰囲気だった。
まあ、興味本位で店に入ったのは事実だし、せめて何か一つでも買って行ったらいいか。
見た限りでは、私も、お兄ちゃん達も、使いそうにない武器ばかりだけど。
「あまり近寄りすぎないで貰いましょうか」
「おっと、エル様もご一緒でしたか! これは失敬、つい興奮が抑えられず」
エルに窘められ、店主は素直に少し離れる。
エルのことを知っているというだけでも、私のことを良く調べているのがわかるね。
エルは、確かに竜だし、王様からの信頼もあるけど、表立って何かしたという実績はあまりない。
大抵は、私がやったことを噂で聞いて、そう言えば近くに誰かいたなぁくらいの認識であり、エルの名前を知っている人はそんなにいないのだ。
エルがいない時期に活躍したことが主な実績というのもあるかもしれないけどね。
まあ、それでも、有力貴族とかは、王様や大臣経由で聞いている可能性もあるけど、武器屋の店主が聞いている可能性は低いだろう。
ファンなのか、それとも客として狙っていたのかはわからないけど、あんまり下手なことは言えないかもね。
「それで、本日はどんなものをお求めでしょう? ここには魔術師用の杖も取り揃えておりますよ!」
「杖があるんですか?」
「もちろんです! こちらのケースに入っているものが見本となります」
そう言って、店主は店の一角にあるショーケースに案内してくれる。
確かに、そこにはいくつかの杖が展示されていた。
ロッドと呼ばれる短いものや、長いものまで、さまざま取り揃えているようだ。
ただ、やはりというか、みんな煌びやかな装飾が成されている。
魔術師が杖を持つ理由は、魔法の威力を上げたり、精度を向上させる目的がある。
魔力伝導率が高い杖を持っていると、何も持っていない時に比べて、少ない魔力で魔法を行使できることがあるし、その分、コントロールもしやすい。
私の持っている、世界樹の杖なんかは、魔力伝導率がかなり良く、まだ魔法に慣れていなかった初期の頃は、まだ活躍の機会があった。
と言っても、その当時ですら素手でも十分すぎるほどの火力が出せていたし、結局使うことはあまりなかったけどね。
王様からの贈り物だから、捨てはしないけど、【ストレージ】の肥やしになっている一つである。
「これはどういった効果があるんですか?」
「はい! こちらは吸魔の杖と言いまして、周囲の魔力を効率よく吸収することにより、魔法の威力を高めてくれる代物でございます」
【鑑定】もしてみるけど、確かにそう言った効果のようだ。
魔力を吸収するって言うのは、あまり聞いたことがない。
魔力伝導率が高いおかげで、効率よく魔法を使えるというのはあるが、周囲の魔力を吸収して、魔法の威力を高めるというのは、珍しい部類に入るんじゃないだろうか?
これがスペック通りの効果を発揮するなら、初心者とかにとっては割とよさげな杖である。
何がそれを成しているんだろうか? 魔石か、あるいは杖自体の素材なんだろうか。
色々と装飾品がついているせいで、どれが効果を及ぼしているのかちょっとわかりにくい。
「お値段はどれくらいでしょう?」
「こちら、金貨80枚となっております」
「へ、へぇ……」
わかっていたことだけど、相当高い。
高級店だから当たり前と言えば当たり前だけど、もうちょっと装飾品を外せば、安くなるんじゃないだろうかと思ってしまう。
でも、気になるんだよね。
元々、何か買うつもりはなかったんだけど、今更何も買いませんでは申し訳ないし、幸い、今の私なら、金貨80枚くらいなら余裕で払える。
魔力を吸収する機構を知りたいし、ここはこれにしておこうか。
「なら、これをください」
「お買い上げありがとうございます!」
店主はニコニコ顔で杖を取り出し、丁寧にこちらに渡してくれた。
オプションで、追加料金を払えば収納用の箱をつけてくれると言ったが、別にそんなものはいらないので丁重にお断りしておく。
別に、余裕で払えるとはいえ、私自身の感覚では、相当高い買い物をしているわけだから、これ以上冒険したくないというのが本音だ。
お金に溺れて、成金みたいにはなりたくないし、この感覚は大事にしていきたい。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
他にも何か買わないかと言われたが、特に思いつかなかったので、早々に退散することにした。
手には、煌びやかな装飾が成された杖が一本。
私の身長だと、ちょっと長すぎる気がしないでもないが、まあ、それは特に問題はない。
問題なのは、改めてみると、ちょっと趣味が悪いよなってところ。
こんな杖持った人がパーティメンバーだったら、ちょっと距離を置きたくなるかもしれない。
後で、装飾品の類は外してしまおう。外せなかったら、せめて吸魔の機構だけでも調べたいところだね。
「ああいう店に一夜を連れて行ったら、喜ぶと思う?」
「あの接客を続けるならもしかしたらがあるかもしれませんが、そもそも必要ないのでは?」
「だよねぇ……」
もし、一夜に何かプレゼントするとしても、武器は絶対にいらないと思う。
まあ、護身用として、という意味で、こちらの世界限定で使うのならワンチャンあるかもしれないけど、だとしてもこういう店ではなく、外縁部にある普通の店で買った方が良さげだな。
治安はいいかもしれないけど、誰かを連れてくるってなると、ちょっとハードルが高いかもしれない。
ひとまず、杖を【ストレージ】にしまいながら、再び町を巡るのだった。
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