第三百八十九話:下調べ
それからしばらくが経った。
ウルさんのことだけど、ルーシーさんが素早く神界に伝えてくれたおかげで、そうそうに接触する機会が設けられたらしい。
一応、今はクイーンは別のことに目を向けているらしいが、それでも慎重を期さなければならないということで、仲介は天使ではなくウルさんの猫が行っていくことになるらしい。
その気になれば、猫の下に現れることができるウルさんらしい手だと思う。
話し合い自体は、友好的な雰囲気で進み、今後は、ウルさんも対クイーンの切り札として協力していくことになったようだ。
今まで、すべてが謎に包まれていたクイーンのことをよく知る人物だから、仮に戦闘力がなかったとしても、それだけで有用な存在だろう。
これを機に、何か進展があるといいんだけどね。
「やっぱり、案内するとしたら、中央部になるのかなぁ」
ウルさんと神様がやり取りをしている間、私は来るべき時のためにあれこれ考えを巡らせていた。
確かに、クイーンのことも大事だが、今の私にできることは少ない。
いざという時のために、修行をしておくことは大事かとは思うが、ウルさんにも釘を刺されたように、私はあくまで、神々の思惑に巻き込まれた一般人である。
だから、やるべきことは、それに流されて狂気に陥らないこと。もちろん、できるんだったら修行はした方がいいとは思うが、今はウルさんと対応を考えているようで、結局呼び出しは受けていない。
だから、私はいつも通りに生活するべきだと思う。ちょっぴり不安ではあるけどね。
では、何を考えていたのかというと、一夜をこの世界に連れてきた時のことだ。
前回行った時、次こそはついて行くと息巻いていたし、私としても、これ以上一夜を留め置くことはできないと考えていた。
危険だからと、断固として拒否することも可能だが、できることなら、一夜の願いは叶えてあげたい。
で、そうなると、絶対的に安全な場所を案内する必要がある。となれば、案内できる場所など、王都くらいしかない。
一応、攻撃に対しては、防御魔法だったり、結界だったり、防衛アクセサリーだったり、色々と対策はあるし、私が常に隣にいれば、そうそう危険に陥るようなことはないとは思うが、何が起こるかわからない。
以前のように、家に帰ったらクイーンがお茶してました、なんて展開もあるかもしれないし、どれだけ準備していたとしても、絶対的な安全というのは難しい。
ある程度妥協するとしても、流石に本物の魔物を見せてやろう、とかは思わないし、結局、王都を案内するのが妥当なんだよね。
その中でも、治安がいいのは中央部だから、そこを中心に回ることになると思う。
「中央部って、何があったかな」
王都は、貴族などお金持ちが住む中央部と、平民が住む外縁部に分かれている。
それぞれ、役割はあるが、中央部と外縁部を隔てる城壁には、関所があり、中央部に入るためには通行料を払わなければならない。
必然的に、経済的に苦しい平民は中央部に入ることが難しく、入ることがあるとすれば、年に一度開かれる闘技大会の時くらいだろう。
一応、例外もあるっちゃあるけど、だからこそ、中央部の治安はいいと言える。警備隊も巡回しているしね。
まあ、治安とは関係ない危険もあると言えばあるけども。
「ぱっと思いつくのは、闘技場と……城、かなぁ?」
一応、他にも劇場とか商店とかもあるけど、そちらはあまり行ったことがない。
闘技大会はついこの前終わってしまったし、無人の闘技場に連れていくのは、どうなんだろうか?
まあ、見た目にも壮大だから最初は喜んではくれそうだけど、五分で飽きそう。
城に関しては、王様に掛け合えば入れてくれる気はするけど、緊張しちゃうかな?
入れるとなれば、少なくとも王様かアルトは出てくるだろうし、本物の王族を前にしたら、いくら一夜でも気後れしてしまうかもしれない。
外観を見せるくらいだったらいいかもしれないけどね。
「となると、別の場所がいいかな」
それ以外の場所となると、私はそんなに行ったことがない。
いい機会だし、ちょっと行ってみようかな。
劇場とか、どんな演目があるのか少し気になるし。
「ユーリ、ちょっと出かけてくるね」
「どこへ行くの?」
「ちょっと、中央部をぶらぶらしようかと」
「ふーん? まあ、遅くならないうちに帰って来てね」
「はーい」
私は、ユーリに出かけることを告げて、エルと共に家を出る。
この家を買ってから、割と経つ気がするけど、未だに中央部すべてを回ったことはない。
時たま、事件に首を突っ込んで、回ることはあるけど、それでも全体から見たらごく一部だからね。
むしろ、城の中とかの方がまだ回っている気がする。どうしてこうなったのか。
せっかくなので、事前情報は調べずに、適当にぶらぶらして探すことにする。
劇場はすぐに見つかるだろうし、それ以外にも、面白そうなところがあれば行きたいしね。
「中央部にあるお店って、ちょっと入りにくい雰囲気あるよね」
「別に気にする必要はないのでは? 素材が違うだけで、そんなに大差はないでしょう」
「いや、それが重要なんじゃないかな……」
そりゃ、外縁部にあるお店でもいいものは結構あるけど、ここにお店を出している人は、基本的に貴族を相手に商売をしてる。
それが食事にしろ道具にしろ、相応の材料を使っているし、それに恥じないような接客も心掛けている。
特に、この接客の部分が私にとっては気後れする原因なんだよね。
貴族を相手にする以上、お値段も結構高くなるわけだけど、そうなると、明らかにお金を持ってなさそうな人には尊大な態度をとる店もある。
特に、宿屋なんかはそれが顕著で、泊っている他のお客さんが不快にならないようにという意味もあるとはいえ、門前払いをされることもよくある。
一応、私は王都では割と有名だし、流石に門前払いはされないと思うけど、だからこそ、申し訳ない気持ちになる。
単純に、人を見た目で判断するのが嫌だって言うのもあるけどね。
「舐めた真似をされたら実力で分からせましょう」
「問題起こしちゃだめだよ」
確かに、私の感覚では、客を見た目で判断するのはあまりいい気持ちはしないけど、別にこの対応が異常というわけではない。
店側にも、高級店という意地があるわけだし、明らかに貧乏人に入られてしまっては店の評判も下がるかもしれない。
それを考えれば、多少厳しくなるのはしょうがない。むしろ、貴族からしたら、ちゃんと客を選んでることを良く思うんじゃないかな。
だから、不満に思うなら、きちんとした格好をして入るべきである。
エルの言うように、舐めた態度に対して実力行使なんてしたら、こっちの方が悪者になっちゃうからね。
「難しいものですね」
「エルだって、知らないわけじゃないでしょう?」
「むぅ……」
まあ、そう言うわけだから、中央部の店に連れていくのは、あんまりよくないかもしれないね。
せっかくだから、何かプレゼントしたいとも思うけど、連れていくとしたら、ちゃんとした服を買ってからかなぁ。
そんなことを考えながら、町を見て回るのだった。
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