第三百八十五話:猫の楽園
その後も進んでいくと、同じような部屋にいくつもぶち当たった。
誰もいない、薄暗い図書室。本が抜けた本棚、そして隠し通路。
だんだん下に降りていくにつれて、なんとなく空気が重くなっていくような感覚はしていたが、今更戻るわけにもいかず、こうして進み続けている。
アリアが数えていたが、すでに10階くらいは降りただろうか。
この無限に続く図書室は一体何なのか。この先に、本当にアンナちゃんはいるのか。だんだんと不安になってくる。
「この本で開くかな」
「もう作業になって来たわね」
「だって、同じような景色ばっかりだし」
もはや、降りたらさっさと本と本棚を探して、さっさと隠し通路を出そうと考えている自分がいる。
本当なら、もっとくまなく調べていくべきなのかもしれないけど、流石に、何度も何度も同じような景色の場所を探すのは精神的に疲れるのだ。
いつものように本を見つけ、抜けた本棚に嵌める。同じように本棚が動き、下に続く階段が出現した。
「そろそろ何か変化があるといいんだけど」
もはや、祈るような気持ちで階段を降りていく。
そんな祈りが通じたのか、次の場所は、いつもと違う空間だった。
「これは……」
そこは、リビングのような、生活感のある部屋だった。
ソファやテーブル、テレビまで置いてあり、奥にはキッチンもある。
部屋と言っても、こちらの世界ではなく、あちらの世界にあるような、現代に使われている家具の数々。
それも驚くべきことではあるが、何より目を引いたのは、そこにいた、猫である。
猫。様々な毛色の猫達が十数匹、思い思いにくつろいでいる、
こんなところに、猫? 意味不明な状況に、頭が混乱してくる。
「ここが終着点、なのかしら?」
「さあ……」
ひとまず、部屋の中に入っていく。
猫達は、私達のことに気が付き、目線を送ってくるが、特に何か抗議したりはせず、むしろ甘えるように近づいてくる。
特に、私によく集まって来て、撫でろと言わんばかりに顔を擦り付けてくるのが愛らしい。
猫獣人だから、猫に好かれているんだろうか?
猫は好きだから、まんざらでもない気はするけど。
「あら、あら、カムイがやってきたのだわ」
「その声は……アンナちゃん?」
不意に、そんな声が聞こえてきた。
目線を向けると、ソファの上で、猫に埋もれるようにして寝転がっている少女がいる。
カムイの言葉からして、あれがアンナちゃんなのだろう。
ようやく会えたのはよかったが、なんでこんなところにいるんだろうか。
「アンナちゃん、こんなところで何してるの?」
「ここは猫の楽園、ここは猫の楽園、お友達から頼まれて、みんなを待っていたのだわ」
「待っていた? 私達を?」
「ええ、ええ。特に、そこの猫ちゃんを待っていたのだわ」
「私?」
私を待っていたという言葉に、違和感を覚える。
そもそも、アンナちゃんは私のことを知らないはず。私だって、今ここで初めて出会ったのだから。
カムイを待っていた、というならわかるけど、私は、カムイから相談されなければそもそもここに来てすらいなかった存在である。
それを、待っていたというのは、どういうことなんだろうか。
「私を待っていたって、何か用があったの?」
「ええ、ええ。でも、私ではないわ。お友達があなたに用があると言っていたの」
「そのお友達というのは?」
「彼女は猫の妖精、彼女は猫の妖精、すべての猫に愛される者。夢の中で、語りかけてきたのだわ」
どうやら、アンナちゃんは、友達に頼まれて、ここで待っていたらしい。
その友達は、私に用があるらしく、アンナちゃんが夢の世界に引っ込めば、必ず来るだろうと踏んでいたらしい。
それって、私とカムイの関係を把握していたってこと?
アンナちゃん自身とは関係はないけど、カムイとならある。そして、カムイが友達のアンナちゃんがいなくなったら、心配して私に相談しに来ると読んでいたってことだ。
猫に愛される者、って言うのはよくわからないけど、なんだか嫌な予感がする。
そもそも、ただ会うだけなら現実世界で会えばいいところを、わざわざ夢の世界で会うようにしたというのがちょっと怖い。
もしかしたら、この巨大図書館は、その人物の差し金の可能性が出てきたし、一体何を企んでいるのやら。
「そのお友達はどこに?」
「慌てないで、慌てないで。彼女は猫の妖精、猫のいるところに必ず現れる。ここで待っていれば、そのうち現れるのだわ」
「待ってればいいってことですか」
わざわざ呼び出しておいて、本人がいないのはちょっと気になるが、まあ、目的のアンナちゃんは無事っぽいし、本来の目的は解決している。
であるなら、多少待つくらいは問題ないだろう。
この部屋のことも、少し調べたいしね。
「そういうことなら、待たせてもらいますね」
「ええ、ええ、ゆっくりしていくといいのだわ。ここは私の夢の中、幸せになってくれると嬉しいわ」
アンナちゃんの許しも出たので、とりあえずこの部屋を見て回ることにする。
見た限り、猫がたくさんいるという以外は、ごく普通の部屋に見える。
まあ、ごく普通と言っても、こちらの世界ではなく、現代社会にあるような部屋っぽいけど。
テレビもあったので、テーブルに置いてあったリモコンで電源をつけてみる。
すると、どこから電波を受信しているのか、パッと画面が映った。
アンナちゃんは、少し驚いたように目を見開き、興味深そうに画面を注視している。
もしかして、知らなかったのかな。
「これはなに? これはなに? 黒い板に絵が映ったのだわ」
「これはテレビって言って、遠くの場所の景色を映せるものなんだよ」
「まあ、まあ、それは素敵なことなのだわ」
その後も、ずっと画面を注視しているので、リモコンを渡してみたら、色々と番組を回していた。
何となく、猫の内容が多く含まれているような気がするが、夢の中だし、猫に愛される者だというなら、それが反映されているのかもしれない。
アンナちゃんがテレビを見ている間、キッチンを覗いてみると、冷蔵庫には様々な食材が入っていた。
中には、レンジで温めるだけで食べれる状態の料理もあり、結構充実している印象を受ける。
なぜか、猫缶やら鰹節やらが冷やされていたけど、あれは猫に上げろということなんだろうか。
猫達は、何か期待するような目でこちらを見ているけど、なんかちょっと怖く感じる。
部屋には、出口と思われる扉もあったが、そちらは開かない様子だった。
この部屋で完結してるってことなのかな? なら、扉自体なくせばいい気もするけど、まあ、それはいいや。
後は猫達だけど、本当に様々な種類が存在する。
私は猫は好きだけど、別に種類をたくさん知っているわけではないので、どれがどの種類かはよくわからないけど、中には見たこともないような姿の猫もいるので、珍しい種類なのかもしれない。
みんな、私の足にすり寄ったり、肩に乗ったりしてくるものだから、ついつい構って上げたくなるけど、それよりもお友達というのが気になる。
早いところ、出てきてくれないだろうか。
そんなことを思いながら、しばし待つのだった。
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