第三百七十八話:消えた夢の妖精
ひとまず、状況を把握したいということで、まずはその屋敷に行ってみることにした。
中央部にポツンとある、それなりに大きな屋敷。
元々は、解体される予定だったが、相次ぐ行方不明者の増加に結局手が付けられず、そのままになっていたらしい。
今では、周りにも人は住んでおらず、中央部にあるまじき寂れ具合だが、今はカムイが手入れしているのか、最低限の外観は保っていた。
「アンナちゃん、入るわよ」
カムイがそう一声かけてから中に入る。
長年放置されていただけあって、最初はそこそこ荒れていたようだったけど、今はカムイの手が入り、普通の綺麗なお屋敷になっているようだ。
見たところ、そんな不自然な部分は見当たらない。けど、探知魔法を見てみても、アンナちゃんらしき反応は見当たらなかった。
いくら妖精が隠れるのが得意とは言っても、私の探知魔法はそのさらに上を行く。それなのに反応がないということは、この場には絶対にいないということになるけど……。
若干訝しみながらも、案内を受ける。
どうやら、部屋ごとにベッドが設置されているらしく、そこで寝ると、夢の世界に行けるようだ。
夢の世界では、その人の望みが反映されるらしく、恋人と甘い時を過ごしたいと願ったなら、そのようになるし、大金持ちになりたいと願ったなら、それが叶えられる。
ただし、夢であるので、目覚めればそれはすべてなくなってしまう。
中には、ずっと夢を見ていたいと懇願する人もいるようだが、それでは殺人とあまり変わらないので、何とか帰ってもらっているようだ。
まあ、そのせいで、依存者が多発し、毎日のように通い詰める人も出てくるようになってしまったというが。
今も、何人かはサービスを利用している状態らしい。
まだ朝だというのに、好きな夢を見られるって言うのは、結構有用なことなのかもしれない。
「……と、こんな感じなんだけど、何かわかる?」
「うーん、探知魔法で調べた限りでは、アンナちゃんらしき反応がないのが気になるけど」
夢を見せているのがアンナちゃんである以上、お客さんがいるならここにいないとおかしいわけだけど、なぜだかいない。
こうなってくると、一体誰が眠らせているのかって話になるんだけど、まさか、ここで夢を見過ぎて、ここならアンナちゃん関係なく、いい夢を見られるようになる、とかじゃないよね?
流石にそれはないと思うけど、そうでないなら、能力だけを残して、どこかへ行ってるってことになるんだけど。
魔法陣を応用すれば、それももしかしたら可能かもしれないけど、だったらアンナちゃんはどこに行ったんだって話だよね。
カムイの話では、最後に会った時も普段と変わらなかったらしいし、いなくなった理由が謎である。
そもそも、この屋敷はアンナちゃんにとって特別な場所だろうし、わざわざ離れるとも考えにくいよね。
「お客さんは何か言ってなかった?」
「いや、特には。いつも通り、幸せな夢だったとは言ってたけど」
ここ最近利用していた人も、特に変なことは言ってなかったらしい。
夢の内容をいじれている以上、アンナちゃんはいるってことになりそうだけど、一体どこにいるんだろうか。
「アリア、何かわかる?」
「さあ。そもそも、夢の妖精自体初めて聞いたけど」
「そうなの?」
「うん。まあ、妖精は本当に万物の数だけ存在するし、いてもおかしくはないけどさ」
妖精は、言ったように万物の数だけ存在する。
森の妖精とか、川の妖精とか、割とよくある場所で生まれる妖精の方が数は多いけど、例えば音楽祭の時に話が出た、音楽の精霊とかは、珍しい類に入るだろう。
私も、言うなれば竜の精霊で、唯一無二だろうし、聞き慣れない妖精がいてもおかしくはない。
「フェアリーサークルでも作ったとか?」
「この屋敷の中に?」
「どこかまではわからないけど、そこなら探知魔法でも探知できないよね?」
まあ、確かに、フェアリーサークルは、言うなれば次元の狭間という別空間である。
入り口が開いている状態なら、まだ探知できるかもしれないが、そうでないなら見つけられる可能性は低い。
別の空間にいるって言うのは、あながち間違いでもないかもしれない。
「それじゃあ、フェアリーサークルっぽい場所を探してみようか」
もし、フェアリーサークルを作って、そこに隠れているというのなら、見つからない理由にはなる。
カムイにも事情を説明し、手分けしてフェアリーサークルらしきものを探してみることにした。
屋敷の中や庭も含めて、くまなく探してみる。
しかし、それらしい場所は見当たらなかった。
「外れ?」
「かもね。さっきから探してるけど、全然手ごたえがないし」
「そっかぁ」
それらしき場所を探してみたが、結果は外れ。
まあ、もしかしたら見逃している可能性もなくはないけど、大きすぎて気づかないだとか、逆に小さすぎて見えなかっただとかでもない限り、私やアリアが見逃すとは思えない。
お母さんに調べてもらえば、より信頼性が増すと思うけど、この様子だと、フェアリーサークルという線は薄そうだ。
「フェアリーサークルでないとしたら、どこに……」
「あの、少しいいですか?」
悩んでいると、エルが意見を述べてきた。
「その妖精は、夢の妖精なのでしょう? ならば、夢の世界にいる可能性はないですか?」
「ああ、それは確かに」
夢の妖精なのだから、夢の世界に入ることもたやすいだろう。
夢の世界がどういう世界かはよくわからないけど、その人物の精神世界とか、そういうものだとすれば、探知魔法で確認できないのも頷ける。
夢の世界、確かに盲点だったな。
「カムイ、夢の世界には入ってみたの?」
「いや、私は管理側だし、その仕事をすっぽかすわけにはいかなかったから行ってないよ」
「なら、可能性はありそうだね」
夢の世界に、アンナちゃんはいる。と考えると、会うためには夢の世界に行かなければならない。
ただ、どうやって行くかだよね。
一応、現在もお客さんは夢の世界に旅立っているようだし、同じようにベッドで眠れば、行けるのかもしれないけど、夢の世界というのが一つの大きな世界なのか、それとも、その人個人の世界なのかによっても変わると思う。
もし、アンナちゃん個人の世界だとしたら、入り込むのは厳しそうだ。
でも、だからと言って行かないわけにもいかない。好きな夢を見ることができるのなら、アンナちゃんに会いたいと願えば、その世界に入れる可能性もあるし、やるだけやってみるべきだろう。
「カムイ、ここは行ってみるべきじゃないかな」
「……そうね。このまま帰ってこないのも困るし、何か事情があるなら、聞いておきたいしね」
カムイも、このままではいけないと思ったのか、一緒に夢の世界に行く決意をしてくれた。
さて、無事に会うことができるか。
私達は、さっそく夢の世界に行く準備を整えることにした。




