幕間:余興を楽しむ
異世界の神、クイーンの視点です。
最後に一部別の視点になります。
薄暗い部屋の中。飲みかけの紅茶を飲み干しながら、先ほどの出来事を振り返る。
誰もいないと思っていた家の中に、平然と存在する私。それを見て放心し、その後、驚きながら敵意を向けるハクの姿。
その場面だけ思い出しても、いい仕事をしたなと思えてくる。
人の不幸は蜜の味、というけれど、私の場合、人の苦悩は蜜の味、と言い換えるべきだろう。
人を不幸にすることは簡単だ。恋人や家族を化け物に変えたり、偽の記憶を植え付けて襲わせたり、どちらかしか助からない部屋に放り込んだり、そうすれば勝手に人は不幸になってくれる。
でも、ただ不幸になるだけじゃつまらない。
私が見たいのは、不幸になって絶望している姿ではなく、不幸になりそうで絶望しかけている姿だ。つまり、結果ではなく、過程が大事なのである。
まあ、中には結果が出た後も楽しませてくれる人はいるけれど、やはり、過程の方が大事だと考える。
「そう言う意味では、ノームの救出劇はそこそこってところかしら」
ノームを封印していたのは、ただの偶然だけど、それを助け出すために、ハクが奮闘するのは面白かった。
わざわざ、ノームが悪く見えるように書いたり、封印を解いたせいで襲われるようにしたりと、できる限り絶望してくれるように仕組んだつもりだったけど、それをやるには、ハクは強すぎた。
多分、途中で私が黒幕だとノームを通じて知ってしまったせいもあるんだろう。
私が信用されてないのはわかり切っているから、本の内容もあまり響かなかった。
いや、一応、悩んではくれていたみたいだけどね。それすら悩まなかったら、この試みは失敗と言ってよかっただろう。
そう言う意味で、そこそこってところだ。
「あのまま、ノームが無様にやられてくれるのでもよかったけど、流石にそれじゃあ面白くないし、ハクにはこれを機にやる気を出してもらって、さらなる苦悩を期待するとしましょうか」
ハクは、典型的なお人好しだ。たとえ相手が悪人であろうとも、同情の余地があれば助けるだろう。
力がある故に、今のところはそこまで困っていなさそうだけど、色々と苦悩してくれる性格には間違いない。
一番手っ取り早いのは、知り合いにでも憑りついて、裏切らせるってところだけど、それをするには、ちょっと遅すぎた。
ノームが印の作り方を教えてしまったようだからね。
別に、印があってもやろうと思えば憑りつけるけど、流石に常に異臭がしているところにいたいとは思えない。
厄介なものを作ってくれたと思うけど、それくらいしてくれなければ、ゲームとして面白くないから、ちょうどいいのかもしれない。
「さて、次はどうしましょうか」
自分の下に辿り着かせるには、まだ早い。
今のハクは確かに強いけれど、それはあくまで普通の生物としての強さだ。
神の力を持っているのだとしても、その力はあまりに未熟。私の足元にも及ばない。
だから、今来たところで、すぐに片がついてしまう。
一応、あえて引き延ばさせることはできるけど、あまりに弱すぎて、嬲るのも難しいとなったらそれはそれで困る。
だから、できればハクには強くなってほしい。
この世界の神が、自主的にハクを鍛えてくれるって言うならそれが一番だけど、もし、何もしないなら、どうにかして強くする方法を模索しなければならない。
お友達に鍛えてもらう? それとも、直接力を授ける? いや、あくまでハク自身が、自分から強くなろうって思ってもらわなくては困る。
もっと追い詰めてやれば、そう思い立ってくれるだろうか。この世界が闇で染まるくらい、勢力を拡大すればあるいは?
「……いえ、何もハクだけが遊び相手というわけじゃないし、それは早計かしらね」
ハクや、ハクを取り巻く人々が注目どころなのは間違いないが、この世界には、あの世界にはいなかった、様々な生物がいる。
魔物もそうだし、人間以外の人族もそう。せっかく、新しいものがたくさんあるのだから、少しくらいは楽しまなければもったいない。
どうせ、この世界を去ることになったら、二度と戻ってくることはないだろうし、万が一のためにも、遊べるだけ遊んでおいた方がいいのは確かだろう。
「くわー!」
「あらあら、どうしたの?」
ふと、すり寄ってくる影があった。
象ほどの大きさがある、翼の生えた馬。私の可愛いペットであり、時には足にもなってくれる優れた種族。
いつもは部屋の外に置いているんだけど、私の気配を察してきたのかもしれない。可愛い奴ね。
「せっかくだし、しばらくは別のところを見て回ってみようかしら」
首元を撫でながら、少し思案する。
どのみち、今自分の下に来られても困る以上、ハクと遊べるのはかなり先の話だ。
ハクが強くなるために、何かしてあげたいというのはあるけれど、それは本来この世界の神がやるべきことだし、わざわざ私が手を下さなくても、何とかしてくれる可能性は高い。
それに、仮に神が手を出さなくても、ハクなら他の神を相手にしているうちに強くなっていきそうだし、問題はないだろう。
だから、私は別の場所の観察をするというのでもいいと思う。
ちょうど、見繕っていた場所があったしね。あそこで何かしら種を蒔いて、いい感じに狂ってくれたらそれはそれで面白いし。
「たっくん、あなたも一緒に行く?」
「くわー!」
私の問いに、大きすぎる声で答える。
いつもなら、門を使って移動してしまうけど、たまにはゆっくり空の旅をするのも悪くない。
私は部屋から出ると、たっくんの背に座る。
今はドレス姿だから、ちょっと乗りにくいけれど、まあ、これくらいなら問題はない。
背中を軽く叩いて合図すると、翼を広げて、空へと舞い上がる。
どんなことをしようかと考えながら、空の旅を楽しむのだった。
「……」
誰もいなくなった庭。そこに、一対の視線があった。
夜の闇に溶けるように、真っ黒な体。小柄で、物陰に隠れていた故に、クイーンも気づかなかったのだろう。
その黒い生き物は、しばらく飛び立ったクイーンを眺めていたが、しばらくして、その身を翻してその場を去っていった。クイーンの次の目的、その情報を主に伝えるために。
誰もいなくなった空間では、寂しく風が吹き抜ける音だけが聞こえていた。
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