幕間:しばしの休息
異世界の神、ノームの視点です。
世界は今、静かに危機を迎えていた。
外宇宙からやってきた邪神どもによる、世界征服。それを阻止するために立ち上がった、世界の神々。
その戦いは、日常とはかけ離れた裏で行われ、人々は世界の危機にすら気づかずに、平穏に暮らしている。
別に、人々にも手を貸してもらいたいとは思わない。むしろ、手を貸すことによって、非現実の日常に入り込んでしまう方が問題だし、これは、わしら神々の手によって片づけられる問題だ。
時には、夢を通じて人々を巻き込んでしまうこともあるけれど、それでも、表舞台で戦うよりはよっぽど被害は抑えられているはずだった。
『まさか、このようなことになろうとは……』
転機が訪れたのは、ある邪神の突発的な行動だった。
奴は、敵味方関係なく、神々を巻き込み、異世界へと召喚したのである。
本来、召喚とは、人々がわしら神を呼び出すために使用する呪文であり、その内容は知っているとはいえ、自ら使うことはほぼない。
しかし、奴は何のためらいもなく、それを使い、あまつさえ異世界などという全くの別次元へと送り出したのである。
一体何が目的なのか。それを推察することは無駄だとわかっているのでしないが、これによって、戦いの舞台は異世界へと移ってしまったと言っていい。
自分達の世界が安全になったと考えれば、そこまで悪くないとも考えられるが、見ず知らずの世界とはいえ、他の神々が支配する世界を戦いの場にするのはかなり気が引ける。
できることなら、すぐにでも帰りたいが、生憎と、元の世界の場所がわからないし、信仰する人々もいないため、召喚の呪文によって送り帰してもらうというのは不可能だ。
それができる奴がいるとすれば、この状況を作り出した犯人、クイーン以外にいない。
全く、面倒なことをしてくれたものよ。
『どうやら、この世界の神々は、今は奉仕種族に管理を任せている様子。となれば、止められる者はそういないだろう』
幸い、クイーンが施した封印は、ハクという、現地人によって解かれたが、わし一人でこの状況をひっくり返せるとは思えない。
一応、ハクはただの人ではなく、神の領域に片足を突っ込んでいるような状態のようだが、協力するにしても戦力不足感は否めない。
いや、真正面から戦えるのであれば、十分倒すことはできるだろう。ただ、奴が真正面から戦うわけがないから、その対処を考えると、難しいというだけで。
『他の神と協力できれば、あるいはと言ったところか』
そこまで仲がいいというわけではないが、クイーンをどうにかしたいという思いは同じのはず。
実際、ハクはタクワと交渉し、クイーンを倒すまでの間、動かないようにと約束させたようだった。
あのタクワが、よく言うことを聞いたとは思うが、元々、奴は自分と配下の居場所さえ確保できれば何でもいいというような性格だった。であるなら、話を聞いてもおかしくはない。
『……徐々に力も戻りつつある。クイーンと戦う時は協力するとは言ったが、少しでも準備は進めておくべきだろう』
わしは、槍で空中に陣を描き、配下を召喚する。
自らは召喚できなくても、自分に付き従う配下を召喚することくらいは造作もない。
顔のない、真っ黒な人型。人々は、こ奴らを悪魔と呼ぶこともあるが、確かに、たまにいたずらで人々を空中に連れ去ることがあるから、その人にとっては悪魔かもしれない。
話せばいい奴なんだがな。思考は人に近いだろうし。
『お前達、世界各地を巡り、他の神の居所を調査せよ』
「ぎぃ!」
配下達は、元気良く頷いたと思うと、次々に空に舞い上がっていく。
これで、後はしばらく待っていれば、いずれ情報が手に入るだろう。
どうやら、この世界の神の奉仕種族の一つ、天使も、神の居所を見つけるのには苦労しているようだし、地上と天空から同時に調べれば、捕捉率も上がるはずだ。
『後は……そうさな、ハクについても少し調べておくか』
ハク、唐突にこの島にやって来て、わしの封印を解いてくれた、神もどき。
クイーンの揺さぶりにも動じず、月の獣にも怯まず、最後まで味方してくれた心優しき娘。
いや、助けてくれたという意味では、ハク以外にも、サリアやサフィなどもそうだったが、やはり、特別な力を持っているという点で、注目したいのはハクだ。
この世界では、わしらの元居た世界に比べて、魔法が発達している。
本来であれば、月の獣に対抗できる人間など、そうはいないはずなのだ。それなのに、あの時はハクを除いても、全員がある程度対応できていた。
やはり、世界が違うから、常識も変わるんだろう。月の獣が雑魚扱いされているのは正直面白いが、それをもってしても、ハクの力は異常である。
どうやら、複雑な過去があるようだが、一体、何がどうなったら神の領域へと足を踏み入れることになるんだろうか。非常に気になるところである。
「ノーム様で、お間違いないでしょうか?」
『む? そなたは?』
「あ、私天使をさせていただいている者です」
と、そんなことを考えていると、背中から羽を生やした奴が空から舞い降りてきた。
天使の存在は、ハクに教えられていたので、そこまで驚くようなことではないが、一体何の用だろうか。
いや、わしがこの世界からしたら異世界の神ということを考えれば、なんとなく想像はつくが。
「事情聴取と、今後の方針について、お話させていただきたく」
『うむ、よかろう。わしも、まだ聞きたいことはあるのでな』
この世界の神は、すでに地上から手を引いているようだが、それでも、異世界の神に我が物顔で居座られるのは嫌らしい。
まあ、わしとて彼の邪神どもに似たようなことをされているので、気持ちは痛いほどわかる。
だが、これは事故のようなものだ。クイーンが、気まぐれに神々を巻き込んで、異世界へ連れてきた事故。
帰る方法もない今、目障りだからとっとと消えろと言われても困る。
まあ、それは相手もわかっているのか、下手なことをしなければ、滞在は許可してくれるようだった。
「それから、ハク様にはあまり過度な接触はなさらないようにお願いします」
『うむ? なぜだ?』
「すでに色々目をつけられているから、というのもありますが、ハク様は創造神様のお気に入り。他の神にも注目はされていますが、その過程で、ハク様が他の神に現を抜かすことを、創造神様は良しとしません」
『なるほど』
つまり、自分のお気に入りに手を出すなと言いたいわけだ。
神の愛し子というのは、それなりにいる。神が特別に気に入った人間に目をかけることは、わしらの世界でも往々にしてあった。
だから、それを悪いこととは思わないし、わざわざ人のお気に入りを取ろうとも思わない。
だが、そうなると、クイーンが厄介な相手になりそうである。
ハクの性格は、クイーンにとって好みのタイプだろうから。
今後、この世界の創造神と、クイーンとの間で、妙なトラブルが起きなければいいのだが。
そんなことを考えながら、しばらくはこの島でのんびりすることにした。
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