第三百七十五話:待ち構える者
なんだか変な空気になってしまったが、とりあえず、話を整理する。
ノームさんは、しばらくここに滞在し、力を取り戻した後は、クイーン討伐に向けて動き出す予定だと言った。
しかし、戦力的に、全力のノームさんでも、クイーンに勝てるかは怪しい。
もちろん、ノームさんがクイーンを倒してくれる分には、私も楽でいいんだけど、もし勝てないのであれば、再び封印される可能性もあるわけで、そうなると、かなり痛い戦力減少に繋がることになる。
できることなら、ノームさんは私達と協力して、クイーンの討伐に当たって欲しいというのが本音だ。
どちらにしろ、クイーンの居場所はわからない。それどころか、他の神々の居場所もわからない。
天使達の監視をすり抜けるほどなのだから、何か特殊な魔法でも使っているのかもしれないね。
なので、ひとまずは、力を蓄えるためにも、待機してもらう選択を取ってもらいたかった。
『確かに、わし一人で相手にするにはいささが分が悪い。そなたも力を貸してくれるというなら、共に挑んだ方が戦力的にもいいだろう』
「では、しばらくの間、この島で待機してくれますか?」
『よかろう。わしはそなたがクイーンと戦う時まで、力を温存しておくことにする』
「ありがとうございます」
これで、ノームさんという戦力が手に入った。
ルーシーさんも、戦力的には欲しいのは間違いないのか、特に文句は言わなかったし、これでひとまずの問題はなくなったと言える。
「さて、この後だけど……また遊ぶ?」
「いや、そんな気分でもないだろ」
「そうだよねぇ……」
一応、浜辺にはテントなど一式が揃っているが、遊べる雰囲気かと言われたら、そんなことはない。
いやまあ、化け物共はいなくなったし、嵐も止んだから、環境的には遊んでも問題はなさそうだけど、さっきクイーンがどうこうという話をしていて、それなのにいきなり目の前で遊び始めたら、ノームさんだって微妙な気持ちになるだろう。
私も、今更泳ぐ気にはなれないし、それよりは、クイーンの寄生対策に、さっさと印を知り合いに配って回りたいというのが本音である。
サリアにとっては、ちょっと微妙なバカンスになってしまったかもしれないけど、それに関しては本当に申し訳ないね。
「いや、そんなに気にしてないぞ」
「そ、そう? こんな結果になっちゃったけど」
「次の楽しみができたと思えば、それでいいんだ。それより、ハクがまた長い間どこかに行っちゃうことの方が心配だぞ」
そう言って、心配そうな目でこちらを見てくるサリア。
確かに、今回の件で、クイーンに対する意識が高まったと言えばそうだ。
別に、今からクイーンを探し回ろうとか、そういうことを考えているわけではないけど、クイーンに対抗するために、神様達が私に修行を課してもおかしくはない。
まあ、時間の神殿を使えば、実質的な時間はそこまでではないかもしれないけど、だとしても、私にとっては相当長い間会わないことになる。
それは私もごめんだし、できることなら、修行するにしてももっと簡単なものにしてもらいたいところだ。
そんな簡単な問題ではないのはわかっているけどね。
「とりあえず、今回の旅行はこれでおしまいにしようか」
「次はどこに行くのか楽しみだな」
「うん、そうだね」
相変わらず前向きなサリアを微笑ましく見守りながら、片付けを始める。
いつの日か、また海水浴ができたらいいね。
『さらばだ。また会う日を楽しみにしている』
「ノームさんも、また封印されないようにお気をつけて」
片づけを終え、ノームさんに別れを告げる。
みんな私の周りに集まったのを確認して、転移魔法で自宅へと帰るのだった。
「もうすっかり夕方だね」
ノームさんへの説明をしていたのもあってか、すでに時刻は夕方過ぎだった。
夕闇に染まる空を見上げて、なんとなく憂鬱な気分になりながらも、夕飯の準備をしなければと家の中へと入っていく。
サリアも、また遊びに行こうと約束して別れた。
次いつ行くことになるかはわからないけど、楽しみにしておこう。
「ふぅ、ただいまっと」
「ふふ、お帰りなさい」
「……え?」
誰もいないはずの家の中から、私の独り言に返事をする者がいた。
目の前には、リビングの椅子に座る一人の女性。
赤いドレスを身に纏い、妖艶な笑みを浮かべるその女性は、見覚えがあった。
クイーン。この世界に無断で侵入した神様であり、それ以外にも多くの神様を巻き込んだ気まぐれ屋。
まさか、こんなところで出会うとは思わなかった。
「貴様、なぜここにいる!?」
お兄ちゃん達はもちろん、ルーシーさんもすぐさま姿を現し、臨戦態勢を取る。
しかし、クイーンは、どこから用意したのか、紅茶を飲みながらいたって余裕そうな雰囲気を見せていた。
「そんなに慌てない。ここで戦ったら、家が壊れてしまうことくらいわかるでしょう?」
「そんなこと……!」
「そんなことではないわ。家を直すのは大変なんだから、大事にしなきゃダメよ」
殺気は感じられない。いや、これはこちらのことを見くびって、蔑んでいるとでもいうべきか。
クイーンにとって、私達など、取るに足らない存在なのだろう。その余裕が、仕草にも現れているのだと思う。
悔しいが、今の私では勝てないであろうということも事実。
こんなことなら、きちんと修行してくればよかっただろうか。
「安心しなさいな。今争う気はないし、嫌がらせをする気もない。むしろ、私はあなたを褒めに来たのよ?」
「褒める?」
「そう。あなた、ノームを解放したでしょう? その功績を称えようと思って」
そう言って、クイーンは椅子から立ち上がる。
とっさに一歩下がったが、クイーンは気にした風でもなく、こちらに近づいてきた。
「ノームは、私のライバルの一人でもあるの。だから、厳重に封印しておいたんだけど、それをまさかこんなにも早く解放してくれるだなんて思わなかったわ。あなたには知恵と才能がある。素晴らしいことよ」
「……」
確かに、ノームさんを封印していたのはクイーンで間違いないようだ。
でも、だとしたら封印の仕方が雑過ぎる。
楔を用意したのはいいとして、わざわざ隠し場所を光らせる必要はないし、どちらかというと、解いてほしかったというのが正解じゃないだろうか。
正確には、封印を解いた上で、ノームが苦しんでくれたらいいとでも思っていたか。
あの本も、封印を解いた後に出てきた化け物も、そう言った意図を感じる。
クイーンにとって、封印は重要ではなく、むしろ、私達を弄ぶための遊び道具の一つだったのかもしれない。
そう考えると、手のひらの上で遊ばれていた気がして腹が立つが、クイーン自身も、ノームという大きな戦力をこちらに明け渡したというデメリットを背負っている。
果たして、それほどの価値があったとでもいうのだろうか。
妖艶に笑うクイーンを前に、私はどう対応すべきか思案していた。
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