第百十二話:町へ繰り出す
辿り着いた城はとても立派なものだった。規模こそそこまで大きくはないが、細部に渡って施された彫刻はこの城を作った職人の繊細さを物語っている。
内部に至っては城そのものが芸術品かと言わんばかりに美しいもので、そこにそっと添えられている調度品も精巧な造りのものが多い。
オルフェス王国もなかなか大きな国ではあるが、ここはそれ以上だ。
思わずため息を吐くような廊下を抜け、一室へと通される。そこは会議室のような場所で、何人かの人物が座っていた。
「よくぞ参った。余が皇帝のバルト・フォン・ゴーフェンである」
そのうち最も奥に座っている人物が名乗りを上げる。
今まで出会ってきた人達は皆身長が低く、無精ひげを生やした筋骨隆々の男ではあったが、この人に関してはその上を行く。
ライトプレートに身を包み、紺色のマントをはためかせる男は見るからに武人というか、威厳に溢れている。見ただけで委縮してしまうような、威圧のようなものが放たれているのだ。
思わず「おお……」と感嘆の息を漏らしてしまう。
オルフェスの王様が腑抜けだったというわけではないけれど、この皇帝は自らが戦場に立って皆を率いるようなそんなカリスマに溢れている。
王族を相手にするのは苦手ではあるけど、ここまで皇帝らしい皇帝も珍しいだろう。その点においては一目見れてよかったと思える。
「初めまして、バルト陛下。私はオルフェス王国第一王子アルト・フォン・オルフェスです」
ともすれば委縮してしまいそうな空気の中、王子は臆することなく自己紹介をし、それに続いて連れている人達の紹介もしていく。
ここに来ているのは王子と官僚の二人、騎士が三人。そして私達だ。従者と残りの騎士達は別室に案内され、待機している。
騎士達は皇帝の威圧に当てられたのか若干落ち着かないようだった。官僚の二人は努めて皇帝と目を合わせないようにしている。大丈夫だったのは王子と、私達冒険者組だけだ。特に、アグニスさんに至っては強そうな奴を見つけたと言わんばかりに闘争心をむき出しにしている。
流石に無節操に襲い掛かることはしないようだったが、さっきから目がギラギラしてるから油断できない。
皇帝の方も他の者達を紹介する。どうやらここにいるのは軍関係者や政治の中枢を担う人達のようだった。
「今日は遠いところからきてお疲れだろう。詳しい話は明日にして、今日はゆっくり休むがよい」
「ありがとうございます。それでは、また後程」
早速話し合いが始まるのかと思ったけど、今日はどうやら顔合わせだけだったようだ。
客室へと案内され、今日は休むことになった。
転移陣であっという間に来たため特に疲れは溜まっていなかったが、用意されたベッドの柔らかさにすぐに眠ることが出来た。
あれは前世の記憶にある地球のベッドにも匹敵するかもしれない。村にいた頃は布を敷いた床の上で寝るのが普通だったし、初めて宿で体験したベッドでも十分贅沢だと感じていたが、これを体験したらもう他のベッドで寝られないかもしれない。
朝食に関しては芋類が多く、味付けは結構大味だったが、これはこれで悪くないと思った。
さて、今日は皇帝と会談する予定のはずだったのだが、私は呼ばれていない。
せっかく護衛として付いてきたのに意味ないのでは? とも思ったが、城の中に関してなら護衛の騎士だけで事足りるし、個人的な理由で私が一緒に行くと集中できないかもしれないからとお断りされた。
王子なら私となるべく一緒にいようとする気がしたけど、公私混同はしないようだ。しっかりしている。
じゃあ私達は何をすればいいのかと言えば、特に何もしなくていいらしい。それどころか、街に遊びに行ってもいいと言われた。
護衛として付いてきてるのにそれはどうなんだと思ったけど、元々冒険者に依頼するまでもなく護衛は騎士だけで十分だったし、友好国の城の中でそうそう何かが起こるはずもないためそれほど心配はないのだとか。
ただ、今この国では何かしら問題が起こっているらしく、その対処のために万が一に備えての戦力が私達というわけだ。
今後、王子が町に視察に行くとかなった場合は護衛として付き添うことが義務付けられているけど、それ以外だったらそこまで気にしなくてもいいらしい。なんだかちょっと拍子抜けした。
まあ、あの皇帝の下で何かやらかそうなんて人はいないだろうし、護衛の騎士だって無能ではないのだから下手に人数を連れて行って邪魔になるよりはいいのかもしれない。
一応重要なお話らしいので冒険者という立場の人間にはあまり聞かせられないとかもあるかもしれないし、あまり気にしないことにした。
万が一がないとは言い切れないけど、アグニスさんが「心配なら俺がついてるからお前らは遊びにいってていいぞ」というのでそこまで言うならと私は町に出ることにした。
アグニスさんがそんなことを言うなんて意外だったけど、あれは恐らく何か問題が起こって戦闘になったら真っ先に介入したいからだと思う。また、私達を案内してくれたハーフェンさんの一団や顔合わせの時にいた軍関係者もアグニスさんにとってはいい感じの戦闘対象らしく、ゴロゴロ強い奴がいる城に留まっていればそのうち戦う機会もあるのではないかと狙っているようだ。
なんというか、ほんとに戦闘狂だな。
ふとしたきっかけで襲い掛かるんじゃないかという心配が新しく増えるけど、その辺りは王子が何とか取りなしてくれるだろう。
というわけで、お姉ちゃんと共に町に繰り出すのだった。
昨日、城に向かう途中に見て思ったが、この町は鍛冶屋が多い。通った道がたまたま職人街のような場所だったのかもしれないが、あちこちで煙が上がっているところから見るに町の大半は鍛冶屋なのではないだろうか。
ちらっと覗いた限りだと、魔道具やポーションなんかも多く売られている。
これはこの町がドワーフの町であり、ドワーフという種族の特性らしい。手先が器用で力が強いことからそういう職に就く人が多いのだとか。特に、鍛冶や錬金術という技術に長けていて、ドワーフが作る道具は皆品質が良く使い勝手がいいため高値で取引されている。
とはいえ、ここは原産国なので他の町で買うよりはかなり安い。これを機に何か道具を買い揃えるのもいいかもしれない。
今のところ早急に欲しいものはないけど、そろそろポーション作りに使っているすり鉢が壊れそうなので欲しいところ。
あれは土魔法で作ったものだからまた作ればいい話なんだけど、買えるのだったらそっちの方が楽なのに変わりはない。せっかく品質がいいと評判の国に来たのだからここで買うのも悪くはないだろう。
それから武器をちょっと見ておきたい。私は魔術師だから武器は必要ないけど、どんなものが置いてあるのかが気になる。
「ハク、ちょっと楽しそうだね」
「そうかな?」
お姉ちゃんに指摘され、自然と歩みが軽くなっていたことに気が付く。
まあね。そりゃ少しはテンション上がりますとも。
なんたってドワーフと言ったらファンタジーではおなじみの種族。鍛冶の達人と言われ、その技術が込められた品が数多く並ぶ街の中だ。正直もの凄く興味がある。
この調子でエルフとかにも会えないかな。なんて妄想をしつつ、店を見て回ることにした。
感想、誤字報告ありがとうございます。