第三百七十一話:月の獣
戦況はノームさんの優勢だった。
流石は神様と言ったところだろうか、弱っている状態でも、華麗な槍捌きで化け物を倒して行っている。
ただ、あまりにも数が多い。
ノームさん一人に対して、化け物は数十匹以上いる。それも、どこからともなく追加されているのか、減らしているはずなのに、徐々に数が増えて行っているようにも感じた。
ノームさん自身も、徐々に傷を負うことが増えてきたし、そろそろ手を貸してあげないとまずいかもしれない。
『くっ、やはり今の力では分が悪いか。そなたらは森の奥へ逃げよ、殿はわしが務める』
「いえ、多分それは無意味かと思います」
『なに?』
さっきから、探知魔法で探っているけど、すでにかなりの数の反応がある。
どこから出てきているんだろうと思ったけど、多分、あの遺跡っぽいところかな?
特に魔力は感じなかったんだけど、もしかしたら、巧妙に隠されていて気づかなかっただけかもしれない。
流石に、無尽蔵に来るわけじゃないと思いたいけど、どちらにしろ、ここから逃げたところで逃げた先で出会うだけだ。
ノームさんは、どうにか私達を逃がしたいみたいだけど、あんまり意味のある行動ではないよね。
『おのれ、クイーンめ!』
「あの、こいつらって何か変な特性とかありますか? 倒したら呪われるとか」
『そなた、こ奴らと戦うつもりか? 確かに、わし一人でどうにもできない以上、生き延びるためにはそうするしかないが……』
「これでも、多少戦闘の心得はあります。何とかなりますよ」
というか、ぶっちゃけ今のノームさんより、私が戦った方がよっぽど殲滅力が高い。
任せていたのは、ノームさんがやる気だったというのと、万が一、妙な特性を持っていたら面倒だと思ったからだ。
メリッサちゃんの世界にいたような、倒したらカオスシュラームをまき散らすみたいな特性があったら、下手に倒したら余計に事態を悪化させることになりかねないからね。
こいつらも、異世界から来た化け物って言うのは間違いないだろうし、少しくらい慎重になってもいいと思う。
「それで、どうなんですか?」
『ふむ。こ奴らに倒したら呪われる、というような特性はない。多くの生き物と同じように、首を刎ねられれば死ぬし、心臓を穿たれれば死ぬ。こ奴らの脅威は、集団で拷問してくるという点よ』
「では、倒しちゃっても問題ないんですね?」
『うむ。しかし、本当に倒せるのか? そなたは子供のようだが……』
「子供じゃないですから安心してください」
神様であるなら、私が曲がりなりにも神様もどきであることくらいはわかっているのかと思ったけど、そう言うわけでもないらしい。
異世界の神様だから? それとも、弱っているから気づいていないんだろうか。
いずれにしても、ただの子供と思われているのなら、驚かせてあげよう。
私も、みんなも、戦闘力という意味では王都でも随一なのだから。
「それじゃあみんな、やるよ」
「おう!」
「任せとけ」
「こんな奴ら、すぐに片づけて見せるわ」
それぞれ武器を構え、周囲に散っていく。
こいつらの動きを観察していた限り、そこまで動きは素早くない。
槍の扱いに関しては、結構卓越した技術を感じるが、武器同士をぶつけあって戦うことに慣れているというよりは、一方的に刺しまくることに慣れていると言った感じ。
つまり、反撃されることをあまり考えていない。
だからこそ、回避はおざなりになっているし、それ故に、容易に首を刎ねられているのだと思う。
そう考えると、ここで最適なのは、命中率よりも広範囲を一気に殲滅できる魔法である。
私は、片手をあげ、周囲の化け物達をロックオンする。
イメージするのは荒れ狂う海。すべてを飲み込む嵐。
確定した情報を神力によって具現化し、この場に嵐を召喚する。
津波、雷、暴風、それらすべてに飲み込まれた化け物達は、成す術もなく宙を舞い、バタバタと地面に叩きつけられていく。
もはや原形を留めているものの方が少なく、時折飛び散る不気味な血の色が、波によって洗われていくのが見て取れた。
『まさか、これほどとは……』
嵐が収まった時、その場に残っているのは、無残にもばらばらになった死体だけ。
異世界の化け物ということで、ちょっと緊張したけど、耐久力自体はただの魔物と大差はなさそうで安心した。
一応、まだ島内には残っているけど、これは大本をどうにかしないと止まらない感じだろうか?
呼び寄せた嵐とは別に、自然の嵐も発生しているようだし、多分、あの遺跡に何かある気がする。
「ノームさん、こいつらって、瞬間移動とかできるんですか?」
『いや、そんな能力は聞いたことがない。あるとしたら、呪文による召喚だろう。どこかに、祭壇や魔法陣はなかっただろうか?』
「祭壇かどうかはわかりませんけど、それっぽいのはありましたね」
あの遺跡の中に設置されていた台座。あれが祭壇だとするなら、それを媒介にしてこいつらが召喚されているってことだろう。
もしかしたら、あそこの楔を取った時点で、起動していたのかもしれない。
もしそうだとしたら、性格が悪いと思う。あの本で、ノームさんを助けるべきか迷わされたというのもあるし、完全に封じ込めておきたいというよりは、適度に飴を与えて、より絶望させたいって言うのがよくわかる。
あんまり相手にしたくないなぁ……。
「とにかく、大本はそこでしょうから、まずはそこを叩きます。ノームさん、ついてきてくれますか?」
『どうやら、今はわしよりもそなたらの方が強そうだ。足手まといであることを許してくれるなら、そなたの意見に従おう』
ノームさんも、ようやく私達がただの人間ではないとわかってくれたようなので、まずは大本を潰すことにする。
森を移動し、道中で化け物をなぎ倒しながら、遺跡っぽい場所まで辿り着く。
先程までは、ただの森の中にある遺跡って感じだったのに、今では異界の門でも開かれたかのように禍々しい気配で満ちている。
一体何がどうなったらこうなるのやら。
『原因はあれだろう。クイーンの気配を感じる』
「壊しちゃえばいいですかね?」
『うむ。触媒がなくなれば、奴らも出てくることはできん』
「そういうことなら……」
私は、とっさに水の刃を作り出し、祭壇に向かって放つ。
特に結界のようなものは張られていなかったのか、それは何の抵抗もなく辿り着き、それを真っ二つに切り裂いた。
同時に、遺跡から噴出していた禍々しい雰囲気が消える。
化け物の気配も、唐突に消えてなくなった。
大本を断ったからこれ以上出てこなくなったのはわかるけど、すでに島にいた化け物の気配も消えたな。
もしかして、あれらは本物じゃなかったんだろうか。幻影みたいな?
だとしても、ノームさんを追い詰めていたからそれなりに強くはあったけど。
『これで、月の獣が召喚されることもないだろう。よくやってくれた』
「無事に乗り切れて何よりです」
気が付くと、空も晴れ間が見え始めていた。
あの嵐すら、クイーンが仕掛けたものだったのかもしれない。
姿を現さずに、ここまでやるとなると結構な準備が必要になりそうだけど、やはり、それだけノームさんは気を付けるべき神様ってことなんだろうか。
だったら初めから呼ばなきゃいいじゃんと思わなくもないけど、何か理由があったのかもしれない。
私は、今一度探知魔法を確認し、島に敵対反応がないことを確認する。
バカンスに来ただけだというのに、どうしてこうなったのやら。
ほっと息をつき、これからのことについて考えるのだった。
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