第三百七十話:信じるべきは
ノームさんは、相変わらず石柱の中心で石像と化していた。
ちゃんと目が見えているのかと思うけど、私達が近づくと反応するので、何らかの方法で感知はしているんだろうね。
『どうやら、楔をすべて集めたようだな』
「はい。恐らくはこれで全部でしょう」
『ありがたい。後はそれを破壊し、この封印を解いてくれると助かる』
「そのことなんですけどね……」
私は、台座に置いてあった本について話す。
ノームさんは、しばらく黙りこくっていたが、特に変わらぬ声色で答えてくれた。
『確かに、その本に書かれていることは真実だろう。わしは時折、人々に試練を課すことがある。そして、それを乗り越えた暁には、呪文を与えたり、加護を与えたりすることもある』
「まさかとは思いますが、私達にも試練を課したりしませんよね?」
『いつ何時も、人々を見極めるためとあらば、試練を課すのはわしの癖だ。しかし、今はその時ではない。わしとて、見境なく人に手を出したりはしない』
「ならいいんですけど……」
ノームさんの言葉に、嘘はないように思える。
そもそも、こんなガチガチに封印されて、それから解放するためにわざわざ試練を課すとか、下手したら逃げられてせっかくのチャンスを不意にしてしまうかもしれないのだから、ある意味では当然のことと言える。
しかし、その当然のことが通じないのが神様だ。
今までの話し方を見る限り、ノームさんはとても真面目な人のように感じる。恐らく、試練を課すことはないというのも本当だろう。
もしあるとしたら、それはクイーンが仕掛けた何かしらってことになりそうである。
何が出てくるかはわからないけど、ここで助けないという選択肢はなくなった。
「わかりました。では、今からこれ、破壊しちゃいますね」
「おい、いいのか? ハク」
「私も、ノームさんの言葉に嘘はないと感じた。もし何かあったら、それはノームさんではなく、別の誰かの仕業だと思う」
「別の誰か。クイーンって奴のことか?」
「うん。だから、何もないって保証はないけど、助けないわけにはいかないよ」
私は、懐から四つの石を取り出す。そして、そのまま握りつぶした。
パリン、と何かが割れるような音がする。
石柱を見てみれば、先ほどまで感じていた壁がなくなっているように感じた。
今ならば、攻撃もやすやすと通るだろう。
私は、水の刃を構えながら、ノームさんに今一度問う。
「もし何かあったら、守ってくださいね」
『無論。できる限りのことはしよう』
その言葉を聞き、私は水の刃で石柱をぶった切った。
円を描くように放たれたそれは、すぱすぱと紙でも斬るかのように石柱を切り刻み、地面にその残骸を横たえさせていく。
そして、すべての石柱が破壊されたところで、中央にいたノームさんの姿に変化があった。
石像だったそれは、色を取り戻し、動きを取り戻し、活力を取り戻す。
封じられていた神様は、今ここに封印を解かれた。
『ふむ、だいぶ力を消耗しているが、動きに問題はない。封印を解いてくれたこと、感謝する』
「お役に立てたならよかったです」
『封印を解いてくれたことを称え、そなたらには何か褒美を、と言いたいところだが、それより前に、やるべきことがあるようだ』
「ああ、やっぱりそうですか」
先程から、探知魔法に反応が増えているのを感じていた。
しかも、ずっといい天気だったのに、今は若干暗くなり、風も強くなってきている。
嵐の予感。それに加えて、何かよくないものが出現したのは間違いなさそうだ。
「敵は何かわかります?」
『恐らく、クイーンが配下である、月の獣だろう。数まではわからないが、こちらよりは多そうだ』
「どんな奴なんです?」
『カエルに似た醜い獣だ。槍を武器とし、相手をいたぶるのを趣味とする拷問狂い。見つかったら最後、その四肢を引きちぎられ、恐怖と絶望のままに死ぬことになるだろう』
「えげつないですね……」
助けを乞われて、助けたと思ったらそんな化け物が出てくるとか怖すぎる。
そいつがどんな強さを持っているかはわからないけど、もし、私達が普通の人間だったとしたら、多分勝てないんだろうな。
槍を武器にしていると言っていたけど、果たしてどれほどの腕前なのか。
気にはなるけど、あんまり悠長に構えている暇はないかもしれない。
『すぐにでもこちらにやってくるだろう。そなたらは、わしの後ろに隠れておれ』
「一人で戦う気ですか?」
『人の子には手に余る相手よ。なに、力を取り戻しきっていなくとも、月の獣如き、軽く屠ってくれる』
そう言って、ノームさんは腕を振るう。すると、次の瞬間には、その手に槍が握られていた。
先端が三叉に分かれた特殊な槍。ただ、力が戻り切っていない影響なのか、その一部は少し欠けていた。
私から見る感じ、確かにノームさんはそれなりの魔力を持っている。いや、神様だから神力なのかな?
どちらでもいいけど、普通の人間よりはよっぽど強そうではある。ただ、神様レベルかと言われたらそんなことはなく、ちょっと強い戦士、くらいの印象だ。
恐らく、封印されていた影響で、力の大部分が失われているままなんだろう。
多分、しばらくすれば力を取り戻すとは思うけど、今この状況においては、私達よりも弱いかもしれない。
そんな状態で、一人で戦う気満々なのは、ちょっと心配だな。
相手が何体いるのかもわからないし、援護してあげないと普通に負ける可能性がある。
大丈夫かなぁ。
「何か来る!」
少しして、がさがさと草をかき分ける音が聞こえてくる。
そこから現れたのは、醜い奇妙な化け物だった。
カエルを巨大化させたような体、しかし、顔はなく、代わりに不気味な触手が何本も蠢いている。手には赤い槍を持っており、こちらの姿を認めたのか、気味の悪い笑い声をあげていた。
普通に怖い。本能的な恐怖を感じる。
でも、私はこれよりも酷い恐怖を知っている。これくらいであれば、耐えられないことはない。
「な、何あの化け物……」
「魔物ではあるんだろうが、あまりにも異質だな。異世界から迷い込んできたって感じがするぜ」
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、武器を構えつつ化け物を見据える。
以前のように、発狂しておかしな行動をとるとかじゃなくて助かった。
ただ、不気味なのは事実。いつまでも見ていたら、吐き気を催しそうだ。
『来たな、月の獣よ。封印を解いた者を拷問し、虐殺し、わしを絶望させようという魂胆だろうが、そうはいかん。その首、もれなく全員刎ねてやろう』
そう言って、ノームさんは軽快な足取りで化け物共の方に突っ込んでいった。
ひとたび槍を振るえば、宣言通り首が刎ねられ、化け物は力なく地に伏せる。
流石、神様だけあって、衰えていてもその力は健在らしい。
だが、相手もそれで黙っていることはなく、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
ノームさんは、それらを槍で受け止め、時には躱し、戦闘に身を任せていく。
今のところ順調そうだけど、果たしてどうなるか。
私は、いつでも援護できる準備を整えつつ、その様子を眺めていた。
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