第三百六十九話:楔と本
最後のバツ印は、森の奥にあるようだった。
奥と言っても、この島の森はそこまで大きいわけではないので、一直線に進めばそんなに時間はかからないんだけどね。
今までは、地図に描かれているバツ印から、大雑把な場所を割り出して探していただけだったけど、最後の場所は、その必要もなさそうだった。
なぜなら、そこには明らかな建造物が建っていたから。
「これは、何かの遺跡?」
特に装飾が成されているわけでもない、箱型の小さな建物。
壁には蔦が巻き付き、苔がびっしりと生えているから、かなり前からこの島にあったんだろう。
無人島と思っていたけど、以前は誰かが住んでいたんだろうか?
「……なんか、違う気もするけど」
仮に、誰かが住んでいたなら、もっと生活の痕跡があるはずである。
建物の残骸や、当時使われていたであろう道具類など、その欠片でもいいから見つかっていないと、ここに誰かが住んでいたと考えるのはおかしい。
一応、浜辺にあった小屋から、誰かがこの島に辿り着いていたことは確かだし、その人が建てたのではないかとも考えたけど、満足な道具もない状態で、こんな立派な建物は建てられないだろう。
実際、浜辺にあった小屋はかなり簡素なものだったし。
まるで、どこか別の場所から、建物ごと持ってきたかのような違和感がある。
今度こそ罠かとも思ったけど、やはりというか、魔力は感じられない。
一体何なんだろうか。楔を隠した人は、どんな目的でこんな隠し方をしたんだろうか。
「とりあえず、入ってみようか」
悩んでいても仕方ないので、ひとまず中に入ってみる。
中は閑散としていて、家具などが置かれている様子はない。
あるのは、部屋の中央にある台座だけ。
なんか、以前にもこんな台座を見たことがあるような気がする。
私は、少し警戒しながら近づいていく。
台座には、今まで集めてきたものと同様の奇妙な模様が描かれた石と、一冊の本が置かれている。
「楔は揃ったっぽいけど、この本は何だろう」
本自体は、特に目立った特徴のない普通の本のようだ。
タイトルなどは書かれておらず、奇妙な魔力なども感じない。
以前のように魔導書の類かとも思ったけど、そう言うわけでもないのかな?
ひとまず、中を読んでみることにする。
「これは……」
そこには、ノームさんについて書かれていた。
旧き神の一柱、ノーム。海を統べ、地底世界を統治する深淵の王。その信仰は深く、心から願った者には褒美を与える、善神でもある。
が、それは人々から見た神様像であり、実際のところは、そう言うわけでもないようだ。
ノームは試練を好む。褒美とは、試練を乗り越えた先に与えられるものであり、試練を乗り越えられない者は、手を差し伸べるに値しない。
地底世界に住まう住人達は、そうして救われなかった人々の成れの果てであり、すべての人々にとっての善神ではない。
時には、試練として自らの奉仕種族をけしかけてくる可能性もあり、乗せられるがままに試練に手をかけてしまえば最後、最悪死が待っている。
助かる方法は、全力で逃げ出すか、あるいは、ノーム自身を殺すこと。容易ではないだろうが、助かる道はそれしかない。
「なんというか、やっぱり神様なんだね」
いや、元々神様であることはわかっていたけど、性格もそうなんだなと再認識できた気分だった。
神様は、相手の事情などあまり考えない。考えているように見えるのなら、それは一時的に合わせているだけであり、最終的に自分の要望を通そうとすることに変わりはない。
神様が試練を与えるのも、その一つと考えればわかりやすいだろう。
試練を通して、神様はその人物の人となりを知ることができる。それで、気に入ったのなら歩み寄ればいいし、そうでないなら見捨てればいい。どちらにしろ、試練を乗り越える様というのは神様にとっての娯楽であり、よほどのことがなければ介入しないのも神様らしい。
今回の場合、恐らく試練というのは、この楔を探させることな気がする。いや、それだけではあまりに簡単だから、もしかしたらその後に何かやってくる可能性もあるかも。
あの配下の二人が襲い掛かってくるとか、あるいは嵐でも起きて帰れなくなるとか。
何が起こるかわからないけれど、ろくなことにならないのは確かである。
「この本を信じるなら、さっさと帰るべきなんだろうけど、どうかな」
一応、楔はすべて集まった。後は、これらを破壊して、結界の解けた石柱を破壊すれば、ノームさんを助けることはできるだろう。
しかし、果たしてそれは正解なのか。この本によって、ちょっとわからなくなってきたね。
「何が書いてあったんだ?」
「あ、うん、それがね……」
ひとまず、みんなにも情報の共有をしておく。
善神であることには違いない。けれど、だからと言って完全に人族の味方というわけでもない。
まあ、以前出会った、タクワよりはましな気がするけど、あえてここで助ける意味はあるんだろうか?
「試練ねぇ。一体どんな試練なのかしら」
「やっぱり、奴が襲い掛かってくるんじゃないか? 助けてくれた礼だ、とか言って」
「どこの悪役よ」
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、試練のことが気になって、このまま助けるのはどうなのかという意見なようだ。
ただ、だからと言って助けないかと言われたらそう言うわけではなく、迷っているという感じ。
まあ、世界が終わるような大災厄でもなければ、試練を受けても、と思わなくもないけど、下手に安請け合いして取り返しのつかないことになったら困るし、できれば試練は受けたくない。
本当に、この楔を集めることが試練だ、というなら楽でいいんだけど、その可能性はあるだろうか。
「多分だけど、あのおっちゃんはそんな酷いことはしないと思うぞ」
「どうして?」
「試練を与えるような状況じゃない、って言うのもあるけど、声が優しかったから」
「うーん……」
まあ、確かに、ノームさんは、恐らくクイーンにああやって封印されてしまったはずである。ノームさん自身の目的は、自分を封印したクイーンを退治することであり、人には一切危害は加えないと言っていた。
実際、やろうと思えば配下の二人に攻撃させることはできたと思うが、やらなかったしね。
ただ、それはあくまで、封印されている状況だからとも考えられる。
お兄ちゃんじゃないけど、封印を解いた瞬間に、襲い掛かってくる可能性もまだゼロではない。
ただ、状況的にそれはないという考えもある。だって、封印を解いてくれなければ、そもそも目的を達成できないのだから。
もし、この本に書かれているような善神なのだとしたら、感謝こそすれ、襲い掛かってくるとは考えにくい。
サリアの勘にすべてを託すのはあれかもしれないけど、私も、ここで逃げるのは違うと思っている。
ここは一度、ノームさんにも話を聞いてみるべきではないだろうか。
「楔は集まったし、ノームさんに聞いてみて、判断するというのでもいいんじゃないかな」
「まあ、そうだな。嘘つくかもしれんが、聞かないよりはましだ」
「最悪、逃げるだけなら何とか出来るだろうしね。それで行きましょう」
台座に置かれていた石と本を持って、その場を後にする。
さて、どうなることやら。
誤字報告ありがとうございます。




