第三百六十五話:結界の楔
『わしは何としてもここを脱し、彼の邪神を討ち滅ぼさなければならないのだ。どうか、助けてほしい』
「……封印を解いた瞬間に、襲い掛かったりしません?」
『そんなことは絶対にありえない。わしは人々の味方である』
「それを証明することはできますか?」
『証明することは難しい。封印を解かれない限り、ほとんど何もできんのでな』
「うーん……」
困った。この人が絶対に安全かどうかなんて判断できない。
まあ、クイーンがわざわざ呼び出して封印したって言うのは、単なる嫌がらせで、それ以上の意味はないという考え方なら、無害ではあるんだろう。
だけど、そうでない可能性もあるわけで、会話だけでそれを確定させるのは難しい。
嘘を見抜ければいいのかもしれないけど、この人の言葉はパッと聞いた限りでは嘘には聞こえなかった。
どれも自信たっぷりに返すものだから、嘘を吐く時の後ろめたさというか、そういうものが感じられないのである。
そう言う意味では信用してもいいのかもしれないけど、うーん……。
「なあ、助けてやってもいいんじゃないか?」
「サリア、どうしてそう思うの?」
悩んでいると、サリアがそんなことを言ってきた。
まあ、もしクイーンの嫌がらせでこんなことになっているんだとしたら、私としても助けてあげたいけど、何か根拠でもあるんだろうか?
「なんとなくだけど、このおっちゃんは悪い人じゃないと思うぞ」
「勘ってこと?」
「うん」
「勘かぁ……」
なんとも頼りない根拠だけど、でも、サリアの勘は結構馬鹿にできない。
元々、サリアは人に対して、結構疑心暗鬼に陥ることが多かった。
どんな人が相手でも、この人は後に裏切るんじゃないか、裏では悪事を企んでいるんじゃないかと、想像することが多く、現在のように、人を完全に信用して遊ぶなんてことはほとんどなかった。
そんなサリアが、初対面の人相手に、この人は安全そうだって言うのである。
それは、よっぽどこの人の物言いから悪意を感じなかったか、あるいはオーラ的なもので感じ取ったのかもしれない。
「ハク、何とか助けてやれないか?」
「うーん、お姉ちゃん達はどう思う?」
念のため、他の人にも話を聞いてみることにする。
意見としては、お姉ちゃんは、多分大丈夫だから助けてもいいんじゃないかというもの。お姉ちゃんも、サリアと同じく、この人の言動にはそこまで悪意を感じなかったようだ。
お兄ちゃんは、助けるのは早計じゃないかというもの。安全かもしれないというのはあるが、万が一がある。それで私達の誰かが怪我でもしたら大変だからと、慎重な姿勢だった。
ユーリとエルは、私に任せると言った感じ。どちらを選んだとしても、何とかするって感じだね。
アリアとミホさんもどちらかというと助けてもいいんじゃないかという意見だった。
多数決で決めるなら、ここは助けるべきなんだろうな。
「うーん、わかった。助けよう」
最悪、この人が悪者で、封印を解いた瞬間襲い掛かってくるようなら、私が竜神モードで対応するとしよう。
勝てるかはわからないけど、声を聞く限り、多分結構弱っている。であるなら、まだ勝てる可能性もあるというものだ。
もしダメそうなら、ルーシーさんに頼んで、みんなを逃がしてもらうことも考えておこう。
「それじゃあ、助けますけど、ほんとに襲い掛かってこないでくださいね?」
『無論だ。誓って、危害を加えないと約束しよう』
「じゃあ、行きます」
私は、水の刃を出現させ、石柱に向かって放つ。
水の刃は容易に石柱を切り裂き、封印は無事に解かれる、はずだった。
「……え?」
思い描いていた未来と違い、水の刃は石柱に当たった瞬間、砕け散った。
威力が足らなかった? そう思って、今度はウェポン系魔法で攻めてみたが、それでも結果は同じだった。
確かに、この石柱には結界のようなものが張られている。並の攻撃では壊せないのは確かだろう。
しかし、私はその結界越しでも容易に壊せる威力で攻撃したつもりだった。にもかかわらず、結果はこれである。
一体どういうことだろう?
『ふむ。どうやら、封印を解くには、ただ壊すだけでは無理なようだ』
「どういうことですか?」
『恐らく、この石柱を破壊するための楔があるはず。それを破壊すれば、石柱も破壊できるやもしれん』
つまり、結界が強固過ぎて、そのままでは壊せないから、その結界を維持している楔を破壊しろってことかな。
まさか、ここにきてそんな強力な結界が来るとは思わなかった。
空間魔法を応用して、無理矢理解除できないかとも考えたけど、下手にいじるとノームさんがどうなるかわからないし、ここはちゃんと楔を破壊すべきかもしれない。
「その楔というのは、どこにあるんですか?」
『詳しい場所はわしにもわからん。ただ、恐らくこの島にあるとは思うぞ』
「その根拠は?」
『特に根拠はない。ただ、結界を維持するにあたって、その楔は近くになければならないのではないかと思う』
「まあ、それは確かに」
結界を維持するのに、全く別の場所に楔を置く必要はないし、効率の面でも、近くに置く方が無難だろう。
となると、この島のどこかに楔があるのは間違いなさそうだ。
なんか、面倒なことになってきたけど、ここまで来たら、ちゃんと助けてあげないといけないだろう。
クイーンのことも知りたいし、せめて情報だけでも取りたい。
「わかりました。楔を探してみます」
『頼む。補助として、配下を貸し出そう。空も飛べる故、何かに役立ててやって欲しい』
ノームさんがそう言うと、配下の二体は私の下に近づいてきた。
まあ、確かに普通の人間は空を飛べないから、空を飛べる手段を用意してくれるのはありがたいけど、私達には不要だよなぁ。
でも、好意を無碍にするのもあれだし、ここは素直に受け取っておこう。
「それじゃあ、よろしくね」
「ぎぃ!」
見た目は不気味だけど、仕草が人間臭いから、なんとなく愛嬌がある気がする。
使うかはわからないけど、まあ、何とかしよう。
『恐らく、楔は一つだけではない。一つでも見つけられれば、残りの数はおおよそ把握できるだろう。どうか、頼んだぞ』
「何とかしてみますよ」
私達は、楔を探すために、ひとまず浜辺まで戻ってくる。
さて、まずはこの島の地理を把握することが大切かな。
そこまで大きな島ではないのはわかっているけど、どこに何があるのかまではわかっていない。
ひとまず、空を飛んで、上から大まかに確認してみよう。
私は、背中から竜の翼を出す。
その様子を見ていた配下達は、何やら騒いでいたけど、やっぱり竜の翼は珍しいんだろうか。
気にしていても仕方ないので、そのまま空に飛び立ち、島の状況を把握する。
島はほとんどが森になっていて、特にめぼしいものは見つからない。強いて言うなら、島の反対側に、切り立った崖があるくらいだろうか。
流石に、これだけで楔がどこにあるのかはわからないけど、まずは島をぐるっと一周してみるのがいいかもしれない。
私は、ある程度島の様子を記憶した後、下に降りていく。
さて、どこにあることやら。
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