第三百六十二話:海での遊び
出発してからしばらく。途中で、町を見つけて休んだり、野営をしたりしながら、ようやく目的地である小島まで辿り着いた。
この小島は、本島からも見えるくらい近い場所にあるが、無人島であるらしい。
最初に下見しに来た時、探知魔法にもほとんど反応がなかったから、もしやとは思ったが、完全に独立した島のようだった。
まあ、この近くには町もないようだし、わざわざ開発するほどの場所ではないってことなんだろう。
私としては、こうして遊びに来れたのだから、文句はない。
「結構綺麗な島だな」
「これで魔物がいないってほんと?」
「探知魔法で見る限りは、ほとんど反応はないし、いたとしてもかなり奥の方だと思うよ」
「島だからか? それでも珍しい気はするが」
未開拓地域には、魔物が住み着いているというのが通説である。
人が開発した土地は、必然的に魔物の駆除が行われるため、人に対抗できるような強い魔物以外は、住処を追われて、人のいない場所に逃げていく。
だから、新たに土地を開拓する時は魔物の駆除から始めるというのが定石であり、だからこそ、今でも未開拓地域が多い理由ともなっているわけだ。
人に狩られないということは、それだけ野生で生き延びた期間が長いということでもあり、それ故に魔石が肥大化していて、強い魔物が多くなるからね。
下手に人気のない山にでも入ろうものなら、Aランク級の魔物が出てくることも少なくない。
だからこそ、未開拓の島であるのに、魔物がいないのは若干不思議ではあるんだよね。
たまたまなのか、それとも何かあるのか。まあ、今はそんなに気にしなくてもいい気はするけど。
「それより、準備をしようか。ちょっと手伝ってね」
「おう、なにしたらいい?」
ひとまず、こんなに綺麗な砂浜があるのだから、まずは休める場所を作ろう。
レジャーシートを広げ、パラソルを差し、ビーチチェアを置く。
後は念のために、日焼け止めも塗っておこう。サリアの白い肌が日焼けしたら大変だ。
「泳いで遊ぶんだったよな?」
「うん。後は、砂遊びとか、追いかけっことか」
「ハクも一緒に泳ぐぞ!」
「あ、うん」
粗方設営も終わったので、さっそく泳ぎに行くとしようか。
念のため、探知魔法で再び確認してみたが、周辺に魔物の気配はない。多少沖に出ても、問題はないだろう。
まあ、あちらの世界の海水浴場と違って、ライフセーバーもいなければ、遊泳禁止区域も設定されていないので、あんまり調子に乗って泳ぎまくって、変なところに行かないようにしないといけないけどね。
「お兄ちゃん達はどうする?」
「ま、せっかくだし俺も泳ぐか。海の中でも動けるようにしておいた方が今後役に立つかもしれんし」
「私はこの、ふろーと? って言うのを使おうかしら。乗ってるだけで浮けるなんて便利よね」
「ユーリは?」
「私は少しここで休んでるよ。楽しんできて」
それぞれ、思い思いに行動を開始し、夏のひと時を満喫する。
サリアは、泳ぐと言われたからなのか、がっつり泳ごうと沖の方に行っていたが、あんまり奥に行きすぎると流されそうなので、ほどほどのところで引き返しておいた。
別に、泳ぐだけが遊びじゃない。波打ち際で、波と戯れているだけでも立派に遊んでいると言えるだろう。
元々は、涼を求めてやる遊びだし、遊び方は人それぞれだ。
「ハク、競争するんだぞ」
「いいよ。どこまで?」
「あそこの端っこまで!」
テンションが上がっているのか、サリアは競争を持ちかけてくる。
泳いであそこまでとなると、結構遠いけど、まあ、休憩場所から見える範囲だし、問題はないか。
話を聞きつけたユーリが、スタート役をやってくれて、合図とともにスタートする。
泳ぎに関しては、私はそこまで得意ではない。泳げないわけではないけど、そんな速くは泳げないって感じだね。
もちろん、それは前世での話だから、今ならもうちょっと泳げるんじゃないかとも思ったけど、そこまで変わっていなかった。
なんだろう、確かに泳ぎやすくはなってるんだけど、サリアと比べると、身長の差でそこまで差が生まれていない気がする。
まあ、本気じゃないからって言うのはあるかもしれないけど、ここで本気を出すのはなんか違うし、おかげでだいぶ出遅れてしまった。
サリアは、割と泳げてる方だと思う。いや、フォームとしては素人そのものなんだけど、魔法でも使ってるのか、案外前に進んでるって印象。
ただ、流石にこの距離は長かったのか、だんだんと速度が落ちてくる。これなら、私も追いつける可能性が出てきたね。
「負けないぞ!」
「こっちこそ」
最終的には、サリアが僅差で勝ちとなった。
もう少し、泳ぎの練習しておけばよかったかな。
「ふふん、僕の勝ちだぞ」
「おめでとう」
「でも、泳ぐのってなかなか難しいんだな」
そう言って、足首をぐりぐりと回しているサリア。
サリアが言うには、貴族はあまり泳ぐことに慣れていないらしい。いや、正確には、貴族に限らず、ほとんどの人は泳げないそうだ。
やはり、水辺で遊ぶことが少ないせいか、海に落ちたら死、というのが共通認識となっているらしい。
サリアは、どこかで泳ぎ方を学んだのか、ある程度は知っていたようだけど、実際にやるのは初めてだったようで、魔法で少し補助していたようである。
そう考えると、海で泳ごうって提案はちょっとぶっ飛んでたのかな。いくら安全だとはいえ、溺れてしまっては危険だろうし、命がけのスポーツと思われたかもしれない。
「なんかごめんね?」
「何を謝ってるんだ? 楽しいぞ?」
もしかしたら気を使わせてしまったのかと思ったけど、サリアは特に気にした風もなく、笑顔を見せる。
まあ、楽しんでいるようなら、気にしなくてもいいか。
最悪、溺れそうになったら私が助けるし、何なら結界を使えば水の中でも息ができるようにすることは可能である。
あんまりにも泳ぐのが大変なら、砂遊びとかに切り替えてもいいし、まだ失敗したと決まったわけではない。
とりあえず、飽きるまでは遊んでいてもいいだろう。
「今度は波打ち際を走って勝負だぞ」
「オッケー」
お次は走っての勝負。
さっきのことを考えると、多少本気を出してもいいかもしれない。
私は身体強化魔法を足にかけると、スタートダッシュを決める。
一歩で遅れたサリアは、負けじとペースを上げてくるが、私もどんどん速度を上げて突っ走っていく。
先程のスタート地点まで戻る頃には、そこそこの差がついていた。
「今度は私の勝ちだね」
「むぅ、まさか負けるとは」
「本気を出せばこんなもんだよ」
「次は負けないぞ!」
その後も、追いかけっこしたり、砂浜で遊んだりと、旅行を楽しんでいく。
こうしてがっつりと休暇って感じなのは久しぶりかもしれない。大抵、何かのついでだったりしたからね。まあ、いつも休みっちゃ休みだから、これを休暇と呼んでいいのかはわからないけど。
お姉ちゃん達も、なんだかんだ楽しんでいるようだし、ここに来てよかった。
私は、サリアが疲れて動けなくなるまで、目いっぱい遊ぶことにした。
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