第百十一話:ドワーフの国へ
五日後、朝早くから転移陣に向かうと、そこにはすでに王子の一団が集まっていた。
王子を筆頭に護衛と思われる騎士が5人、官僚っぽい人が2人、従者と思われる人が3人。結構な大所帯だ。
それに加えて今回雇われた冒険者である私とお姉ちゃん、そしてアグニスさん。
アグニスさんは私を見つけるなり「久しぶりだな!」と気さくに話しかけてきてくれたが、その目には相変わらず闘志が漲っている。ほんと、隙あらば戦いたいって感じだ。
騎士の護衛がいるならわざわざ冒険者の護衛を雇う必要はないのではと思ったけど、今隣国では何やら問題が起きているようで、念には念をということらしい。
まあ、王子が私に指名依頼をしたのは多分個人的な理由なんだろうけどね。
「やあ、ハク。今日も美しいね」
「王子様はお変わりないようで何よりです」
私を見つけるなり、王子は私を口説いてくる。これはいつものことで、ここ最近は会う度に言われている気がする。
あわよくば私に振り向いてほしいと思っているのかとても積極的だけど、私はいつもそっけなく返すことにしている。
どうあがいても私と王子が結ばれるルートはない。友達として寄り添うくらいならいいけど、そこのところは履き違えてほしくないからね。
ほんと、友達としてなら凄く話しやすいんだけどな。毎回話題を振ってくれるし、気遣いだってできる。私から話すことはあまりないけど、その時は相槌を打って聞くことに徹してくれる。冗談だって言えるし、ああ、こんな友達欲しかったなぁと前世の記憶が嘆いている。
「それに姉のサフィだったか、ハクを私にくれないだろうか」
「んー、今はダメですねー」
会って早々とんでもないことを言っているが、お姉ちゃんもさらりと返す。
お姉ちゃんは基本的に何でも私の意志を尊重してくれるけど、こういうことに関しては許可してくれないらしい。まあ、結ばれるつもりはないからいいのだけど。
王子の方も冗談だったかのように、「そうか、残念だ」と素直に引き下がる。でも、その目が真剣なのは誰にでもわかる。
冗談じゃないんだろうなぁ……。
「おい、サフィ。ハクってお前の妹なのか?」
王子との会話を聞いていたのか、アグニスさんが割って入ってきた。
お姉ちゃんも結構背が高いけど、アグニスさんはさらに高い。180センチくらいはあるんじゃないだろうか。
乱暴な手つきで肩を掴むが、お姉ちゃんはそれを気にした風もなく「そうだよ」と簡潔に答える。
「ほぅ。サフィ、あいつは逸材だぞ。なにせこの俺に勝ったんだからな」
「知ってるよ。ハクはとっても優秀だからね」
「でも今までどこに隠してたんだよ。妹がいるなんて初耳だぞ?」
「ちょっとね。最近まで行方不明だったから」
お姉ちゃんが簡潔に私との出会いを話すと、アグニスさんは意外そうな顔で私の顔を見下ろしてきた。
「ま、何でもいいわ。そのうちまた勝負しような!」
「絶対お断りです」
そんな気さくな笑顔で言われても答えはノーだ。
一緒に鍛錬しようとかならまだ考えるけど、アグニスさんの場合はただの決闘だ。確かに実戦練習にはなるかもしれないけど、中級魔法を食らっても平然としてる人間なんて相手にしたくない。
例えば火属性の初級魔法のボール系魔法だって相手を火だるまにするくらいの威力はあるのだ。中級ともなれば黒焦げだろう。手加減していたとはいえ、無傷はおかしい。
身体強化魔法によって防御していたのか、あるいはお姉ちゃんのピアスの様に魔法威力を軽減する道具でも持っていたのか、いずれにせよ化け物だ。
確かにAランクは冒険者の間で化け物呼ばわりされることもあるけど、まさか本当に人間じゃないってことはないよね? お姉ちゃんも同じくらい硬かったりするのだろうか。ちょっと興味があるけど、流石にお姉ちゃんに攻撃するわけにはいかないから心の中にしまっておこう。
幸い、そこまでがっついては来なかったが、いつまた決闘に誘われるかと思うとやっぱりあんまり一緒にいたくないなぁ。
「よし、皆揃ったようだな。これより我々は隣国ゴーフェンの首都オルナスへと向かう。転移陣の中へ集まれ」
定刻となり、ざっと辺りを見回すと王子が声を張り上げた。
転移陣はかなり大型のためこの人数でも余裕で全員入ることが出来る。
ぞろぞろと集まり、一か所に固まると念のため人数を確認した後、王子がそっと地面に手をついた。
「準備はいいな? いくぞ、転移陣起動!」
王子が魔力を流した瞬間、地面に描かれた魔法陣に向かって周囲の魔力が吸い寄せられ始めた。
転移陣は満月の夜にのみ発動できる。転移陣で転移するためには周囲の魔力を取り込む必要があり、空気中にある取り込むべき魔力が最も密になるのが満月の日だからだ。
今はまだ日は高いから完全に密になっているわけではない。しかし、それでも通常の日に比べれば魔力の濃度が濃く、転移陣を発動させるには十分な量となる。
たっぷりと周囲の魔力を吸い取った転移陣は淡く発光を始める。やがてその光が強くなっていくと、私達の身体を包むように光の柱が上がった。
それと同時に浮遊感というか、地に足がついていないような感覚が襲う。今や地面すら光で覆いつくされており、周囲の人間以外に見える物はない。
何とも不思議な感覚を味わいながらしばらくすると、徐々に光の柱が収まっていった。あまりの眩さに眩んでいた視界が回復すると、周りの様子が見えてくる。
先程までは街中にいた。目印となるものは比較的近くにある中央部の外壁くらいなもので、目立ったものがあるわけではなかったが、ここが先程までの場所とは違うことはよくわかった。
まず建物の造りが違う。周囲には転移陣を囲むように建物が並んでいるが、その造りはどれも繊細だ。石造りの建物が主だが、いずれも大きく、土台がしっかりとしている。
それから臭いだ。王都では衛生管理もきちんとされていて特段臭うということはなかったが、ここでは何かが焼けたような独特な臭いがする。
別に不快というわけではない。ただ、王都では感じられなかった臭いにここが別の場所なのだということを理解させられただけだ。
「よし、無事に転移できたようだな」
王子が立ち上がりながら周囲を見回して言う。
騎士や従者の何人かは口元を押さえて蹲っていた。それを他の人が目配せすると、周囲に流れる水路に向かって走っていく。
多分、酔ったんだと思う。私も初めて体験したけど、あの浮遊感は慣れていないときついかもしれない。私はそこまで気持ち悪くはなかったけど、耐性でもあったんだろうか。
ちなみにお姉ちゃんもアグニスさんも酔っている様子はない。流石だ。
「お待ちしておりました。オルフェス王国使節団の方々ですね?」
落ち着いたところで街中からある一団が現れた。
無精ひげを生やし、背はそこまで高くないものの筋骨隆々の男達。程度の違いはあれど、皆筋肉質で逞しい見た目をしている。
中でも片目にモノクルを掛けたリーダーと思わしき人が一歩前に出てきた。
文官なのか、きちっとしたスーツのようなものを着ている。頭にはとんがり帽をかぶっており、筋肉質ではあるが、どことなく知的な印象を受けた。
「ああ。私はオルフェス王国第一王子、アルト・フォン・オルフェスだ。よろしく頼む」
「私は宰相のハーフェンと申します。こちらこそ、よろしくお願いします。さあ、早速城へとご案内しましょう」
ハーフェンさんに案内され、早速城へと向かう。
そういえば、なんで隣国まで来たんだろう? 結局聞かされてなかったな。まあ、後で聞けばいいか。
そんなことを考えながら、歩を進めていた。