第三百六十一話:バカンスに向けて出発
それから、店を回ってみたが、案外売っているところには売っているものだなという印象だった。
望んでいた品はほぼすべて手に入ったし、なんならシーズンではないから少し安く手に入れられたほどである。
私のような子供が、大量にアウトドア用品を買っていくのが不思議だったのか、店員さんにはちょっと変な目で見られてしまったけど、大人モードでいけばよかったかな。
若干、ちゃんと払えるのかと不安なようにも見えたけど、私が買ったばかりの財布からポンとお札を出すと、すぐに会計してくれた。
「使い方に関しては、まあ説明書を読めば大丈夫かな」
後は食材とかを買っておけば、大丈夫だろう。
せっかくなら、花火とかもしたかったけど、この時期ではどこも売ってなかった。ちょっと残念。
まあでも、大体のものは手に入ったので、転移魔法で帰還する。
サリアには、ひとまず家に帰ってもらった。
水着を握り締めて、とても嬉しそうだったけど、行く前から着てきたりしないよね?
服の下に着てくるのは、まあ、ありっちゃありだけど、あれを普通の服と同じ扱いで来るのはちょっと反応に困るからやめてほしいところだけど。
まあ、流石のサリアでもそこまではしないだろう。うん。
「明日が楽しみだね」
ちょっとドタバタしてしまったけど、今度こそ準備は整った。
念のため、説明書を読みながら、明日に備える。
さて、無事に思い出を作れるといいけど。
翌日の早朝。私達は、家の庭に集まっていた。
今回参加するメンバーは、私、エル、ユーリ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、アリア、ミホさん、そしてサリアである。
その気になれば、他にも誘うことはできたかもしれないけど、水着で泳ぐという、この世界ではあまり馴染みのないことをすることになるので、今回はお試しという意味も込めて、親しみ深いこのメンツで行くというわけだ。
もし、うまくいったら、他のメンバーを誘っていくのもありかもしれない。せっかく、水着もたくさん買ったしね。
「みんな、準備はいい?」
「ええ」
「オッケーだぞ」
念のため、みんなの持ち物を確認した後、私は竜の姿に変身する。
お父さん譲りの銀の鱗が美しい竜。この姿になるのも久しぶりな気がすると思いつつ、みんなが乗りやすいように地に伏せる。
エルの介助の下、みんな乗り込んだのを確認し、私は翼を広げた。
〈それじゃあ、しゅっぱーつ〉
隠密魔法と結界をかけ、空へと羽ばたく。
ぐんぐんと高度を上げ、雲と同じくらいの高さまで上がると、目的地に向けて、ゆっくりと進み始めた。
「ハクの背中に乗るのも久しぶりだな」
そう言って、サリアがポンポンと背中をさすってくる。
旅行の際に、割と背中に乗せていたことはあったけど、確かに最近はそうでもなかったかもしれない。
そもそも、竜の姿になること自体そんなになかったしね。
神様もどきとなったせいか、神力には困ってないし、なんなら飛ぶだけなら飛行魔法や、翼だけ出すことで事足りる。
以前出会った、タクワのような神様を相手にするんだったら必要な力かもしれないけど、それも竜神モードがあるからそっちが優先されるし、竜の姿になることが少なくなった気がするよね。
こうして誰かを背中に乗せて飛ぶのは割と楽しいので、誰かを運びたいってなったらありだけど、転移魔法が気軽に使えるようになった今、それもあんまりないよねぇ。
「たまにはこうして空から景色を眺めるのもいいわよね」
「そうだな。いつもと違った景色で面白い」
お兄ちゃんとお姉ちゃんも、久しぶりの空の旅に満足している様子。
あの小島までは、普通に飛んでいくとなると約五日ってところだろうか。
五日間ずっと飛びっぱなしでも問題はないけど、やはり夜は野営するのがいいだろう。
できれば町を見つけてそこで休みたいけどね。
私はともかく、空という不安定な場所で寝るのはちょっと大変だし。
「それにしてもハク、こんな服どこで手に入れたんだ?」
〈えっ?〉
ふと、サリアがそんなことを聞いてきた。
どこで手に入れたと聞かれたら、あちらの世界の店で手に入れたというけれど、よくよく考えると、サリアにはあちらの世界のことを話したことはないんだよね。
元々は、ダンジョンの魔法陣によって事故のような形で行った世界だし、その時にあちらの世界のことについて知ったお兄ちゃん達はともかく、サリアにはあまり関係のない話だった。
あんまりいろんな人に話すと、自分も行ってみたいと言い出す人が絶対出てくるだろうしね。
別に、今なら連れていく分にはそこまで問題はないけど、あんまり増えすぎると、説明が面倒くさい。
だから、あんまり話したくはないんだけど……。
〈て、手作り?〉
「絶対嘘だぞ」
エルを通じて、言葉を伝えてもらったが、サリアはジト目で私の後頭部を見ている。
さ、流石に無理があったか。そもそも、この世界と比べたら、水着もかなり繊細に作られていることがわかるし、裁縫素人の私がここまでの物を作れるわけがないのはサリアもよくわかっていることだろう。
仮に、専門の店に持ち込んだとしても、それでも出来が良すぎる。
これは、話さざるを得ないかなぁ……。
〈えっとね……〉
仕方なく、私はあちらの世界のことをサリアに話す。
それに伴って、私が元々は別の世界の住人だったということも話す羽目になったけど、サリアは案外驚くことはなく、普通に受け入れていた。
「まあ、ハクならそれくらいあり得るかなって」
〈みんな私のことなんだと思ってるの?〉
お兄ちゃん達もそうだったけど、私ってそんな何でもありだと思われてるの?
まあ、それだけ信頼されていると思えばいいのかもしれないけど、なんか複雑な気分だ。
「僕もその世界に行ってみたいぞ」
〈う、うん、また機会があったらね……〉
私は、曖昧に頷いておく。
なんか、一夜をこちらの世界に連れてくるかどうかって話と似ている気がする。
いや、サリアの場合、別に連れて行っても問題はなさそうだけど、今は封印しているとはいえ、うっかりぬいぐるみにする能力を使われたら堪ったものではない。
だいぶ軽減されたとは言っても、サリアの本質は、お気に入りを逃がしたくないってところだと思うし、下手にあちらの世界で気に入ったものができてしまうと、帰りたがらなくなる可能性もある。
それはサリアのお母さんに申し訳ないし、できれば連れて行きたくはないなぁ。
まあ、行くとしたら多分一年後とかになるだろうし、それまでに忘れてくれたらいいんだけど。
〈サリア、ここにいる人達はいいけど、これは秘密だからね?〉
「わかってるぞ」
あちらの世界のことが広まって、もし聖教勇者連盟とかに知られたらちょっと面倒なことになるし、ほんとに頼んだよ?
私は、若干不安を感じながらも、目的地を目指して飛び続けるのだった。




