第三百五十八話:懐かしいお店
結局、ワンピースタイプの水着なら、そこまで露出も多くないし、行けそうということで、それで納得してもらった。
私としても、普通の水着よりは、そっちの方が見ていられる。どうせだから、全員そのタイプにしようということで、決着がついた。
「ワンピースタイプですと、こちらなどいかがでしょうか」
そう言って、店員さんはいくつかお勧めしてくれる。
正直、私はどれでもいい。多少の違いがあることはわかるけど、私にとっては、どれも等しくただの水着である。
そこまでのこだわりはないし、好きな色とかで決めればいいんじゃないかなと思うくらいだ。
そう言う意味では、お姉ちゃんの感覚だけが頼りである。
お姉ちゃんは、どれを選ぶんだろうか?
『うーん……じゃあ、これで』
お姉ちゃんは、少し悩んだ末に、一つの水着を選び取った。
黒を基調とした少しシックな感じの水着である。
お姉ちゃんにしては、ちょっと落ち着いた色を選んだなと思ったけど、あんまり目立ちたくないと思ったのかな。
色だけで言うなら、青とか似合いそうだけど、まあ、特に何か言うことはない。
少なくとも、私よりはお姉ちゃんのほうがファッションには詳しいはずだし。
「それじゃあ、これと、後ここからここまでください」
「おお……か、かしこまりました」
とりあえず、お姉ちゃんが選んだものを含めて、お勧めされたものはすべて買っていくことにする。
サリアやユーリがどれを選ぶかわからないし、サイズも詳しいことはわからないからね。
とりあえず一通り買ってみて、好きなのを選ぶ形にしてあげたらいいだろう。
まあ、ちょっとお金がもったいない気もするけど、私にはローリスさんに換金してもらった貯金がかなりの金額ある。
あんまり豪遊しすぎるのはあれだけど、少しでも世の中に還元していかないとね。
『お兄ちゃんはどうする?』
『俺か? 流石に、俺にこれは似合わなそうだしなぁ』
お兄ちゃんが、お姉ちゃんが選んだ水着を見ながらそう言っている。
そりゃ女性ものだもの、お兄ちゃんには似合わないでしょ。
ちらりと店員さんを見たら、すぐに意図を組んでくれたのか、男性物の水着も用意してくれる。
この店員さん優秀だなぁ。もしかして、この店って結構お高い場所だったりする?
『いくつか選んでおく?』
『いや、そこまでしなくていいだろ。最悪、俺は護衛として待機してるから』
『夢がないなぁ』
まあ、無防備な格好になるわけだし、護衛は必要と言えば必要だが、それでも安全になるように配慮はするつもりだ。
というか、結界があれば、よほどのことがなければ普通の魔物に後れを取ることはないはずである。
あるとしたら、物を盗まれるとかだけど、それも私の【ストレージ】に入れておけば解決だし、問題らしい問題はないと思う。
お兄ちゃんにも、ぜひとも目いっぱい遊んでほしいね。
「じゃあ、これください」
「ありがとうございます」
そうして、無事に選び終わったので、お会計をすることになった。
なんか、水着を買っただけとは思えないほどの金額になってしまったけど、やっぱり服って高いよね。
ここまで大きな金額だと、素で持っているのは怪しまれそうだったけど、生憎財布を持っていなかったので、ポケットから出したように見せかけて、どうにかするしかなかった。
これだと、お金のことなんて気にも留めていないどっかのお金持ちって感じに映りそうで嫌だけど、仕方のないことである。
うん、偽装のためにも、財布は買っておこう。【ストレージ】があればいらないとはいえ、流石に素の状態でお札を出すのは不自然すぎる。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
わざわざ店の前までお見送りに来てくれた店員に別れを告げ、店を後にする。
なんか、妙に緊張したな。
案外、水着を見たくらいではそこまで動揺はしなかったけど、その後のやり取りがやばかった。
忘れないうちに、財布買っておこう。ついでに、他に欲しいものでもあったら買っておこうかな。
「……ん? あれは……」
そうして歩いていると、ふと、懐かしいものを見つけて足を止めてしまった。
そこには、出店の様な形で、駄菓子やおもちゃが売られていた。
雰囲気も、古い感じに装飾されていて、懐かしさを感じさせる造りになっている。
私は、ふらふらと引き寄せられるようにしてその店に寄ってしまった。
「おおー、懐かしいなぁ」
思わず手に取って見てみる。
ポン菓子やゼリー、チューインガムやジュースの素など、様々なものがあった。
私は、そこまで駄菓子屋に寄ったことはないけれど、それでも名前を知っているものがずらりとある。
思わぬ店に、私は目を輝かせてしまった。
『ハク、どうしたの?』
『これは、食べ物か? 色々あるんだな』
『あ、ごめんね。ちょっと懐かしくなっちゃって』
お姉ちゃんとお兄ちゃんも、しげしげとそれらを眺めている。
値段を見てみたが、流石に昔よりは値段は上がっているものの、それでも子供でも手を出せそうなラインだった。
これは、記念にいくつか買って行ってもいいかもしれない。綿菓子とか欲しい。
『お、武器も売ってるのか。これは、ナイフか? かなり小ぶりだし、刃ついてないみたいだが』
『あ、それはね……』
お兄ちゃんが目を奪われたナイフ。私はそれを手に取って、自分の腕に突き刺した。
ぎょっとするお兄ちゃんだったが、なに、心配することはない。
私はすぐにナイフを抜いて見せる。しかし、そこには傷一つなかった。
『どういうことだ?』
『これはマジックナイフって言って、刺すと刃が引っ込むナイフなんだよ』
そう言って、刃の部分を出し入れして見せる。
まあ、こんなところに本物のナイフが置いてあるわけはないよね。もちろん、おもちゃなので刃もない。
お兄ちゃんはしげしげとマジックナイフを眺めていたが、首を傾げて、これは何のために存在しているんだ? と聞いてきた。
あちらの世界だと、ナイフは武器として、あるいは解体用や料理用のものとして使うことが多いから、わざわざ刃を引っ込めるナイフなんて使わないよねぇ。
『これはおもちゃだからね。戦闘を目的としたものじゃないんだよ』
『おもちゃねぇ。面白いのか? これ』
『ナイフを刺したように見せて、実は無事でしたって言うのは、新鮮で面白いんだと思うよ』
まあ、何回もやってたら飽きると思うけど、そんなに高いものでもないので、数回遊べれば十分に使命を全うしたと言えるだろう。
お兄ちゃんはあまり納得していなさそうな顔をしていたが、こういうのは深く考えない方がいい。
私はその後も、懐かしい駄菓子やおもちゃを見繕いながら、店を回っていく。
店を出る頃には、結構な量が入った袋が握られていた。




